9.「ジャック、紹介しよう。この方は私の師匠だ」
ブックマーク・いいね・評価お願いします!制作の励みになります!
あの日、父の執務室で見たマスケット銃のことが頭から離れない。
自室でレオンから出された課題をしながら、ジャックはあの日のことを思い出す。
自分だけがマスケット銃の使い方を知っていたのは、あれがまぎれもなく自分がかつて生きた世界のものだからだ。
父とレイに怪しまれたときにとっさに誤魔化したが、まだ怪しまれているのだろうか。
それよりも大事なことがある。ジャックには誓ってあんなものを作る能力はない。
つまり
自分以外にもあの世界からやってきた人間がいるということだ。
かつて生きた世界の記憶をジャックは頭の中から追いやろうとしていた。
だってそれはジャックに何一つ与えてはくれないからだ。
生み出すのはこの世界と周囲の人間への違和感だけだ。
しかも結局記憶はあいまいで何一つわからないときている。
どう考えても己の妄想と考えることが合理的で、忘れるべきことだとジャックは思っていた。
しかしそれがあの日、根底から覆った。
あの記憶は明らかに本物だった。しかも自分が気づいていないだけで膨大な量が頭の片隅に眠っており、
あの日ジャックにマスケット銃をよどみなく使わせたのだ。
あの銃の出元を追いかければ、いずれは銃の制作者にたどり着けるのだろうか。
そうすれば、この記憶の正体に出会うことができるのだろうか。
自分はどんな世界に生き、何をして、どうして死んだのか。
どうしてこの世界に記憶を持ったまま生まれ変わったのか。
「やっぱり、レイについて行ったほうがよかったのかな」
課題を終え、ジャックは誰もいない部屋でひとりごちた。
そのとき、扉がノックされた。
ジャックは応答すると、扉向こうから現れたのはレオンだった。
「ああ。レオンか。課題はちょうど終わったよ」
「ちょうどそのころではないかと思いまして」
「お前には全部お見通しだな」
「それほどでもございませんよ。では課題の採点をいたしますから、少々お待ちを。それと」
「どうした。何かあるのか」
「旦那様がこのあとこちらにいらっしゃいます。何やら嬉しそうにされておりましたが」
「どういうことだ。こちらからうかがうと伝えてくれ」
父はたまにこういうよくわからないことをする人間だった。
「私もそう進言したのですが、聞き入れてくださらなくて」
どういうことだろう。ジャックは考えた。この部屋ではないとできないことなどないだろうに。
「どうせ父上のいつもの気まぐれだ。こちらはいつでもよいと伝えておいてくれないか」
「承知いたしました」
課題の回答を持って、レオンが部屋を出ていった。
ジャックには心当たりがひとつだけあった。
自分の魔法が覚醒する方法。おそらくその準備が整ったのだろう。
自力で魔法を覚醒させるのと同じくらいつらいというそれ。
あれから何度かシャルルに質問したが、秘密としか言わなかったので気になっていたのだった。
「なんか急に緊張してきたな」
それなら事前に伝えておいてほしいものだ。
厳格な領主としてのシャルル・ド・ヴァンドームと違い、父としてのシャルルは相当おちゃめな類に入るだろう。
それだけ家族愛が強いということだと思うが、こういう大事なことをサプライズとして伝えてこないことがあった。
母上にそのせいでなんどか怒られているはずなのに、なぜこの癖は治らないのだろう。
再び扉がノックされたのは、緊張が高まり居ても立っても居られなくなったころだった。
「父だ。入るぞ」
「はい」
シャルルは一人ではなかった。その横には初めて見る男が不服そうに立っていた。
男はシャルルよりも年上に見えた。頭髪はすでに白く、同じくらい白いあごひげを豊かに蓄えていた。
対して服装は決して豊かとはいえなかった。所々穴の開いた真っ黒なローブ。手には見るからに魔法の杖っぽい長尺の棒が握られていた。
「この子です。師匠」
「ほう」
「ジャック、紹介しよう。この方は私の師匠だ。名はルシアンとおっしゃる」
シャルルは誇らしげにそう言った。
「そういえばそんな名前だったかな」
自分の名前にどんな反応だそれは、と突っ込みたくなるが、父の師匠ということでこらえる。
「それでシャルル。この子にわしは何をすればいい」
「魔法を使えるようにしてほしいのですよ。事前に手紙に書いたでしょう。あなたほどの魔法使いを私は知らない。こんなことを頼めるはあなただけだ」
「そうか。そういえばそんな話だったな」
とだけ言ってルシアンはジャックの目の前に立った。そして即座に周囲に魔力を張り巡らせたのがジャックにはわかった。
「今、わしが何をしたのかわかるか」
「ええ。魔力を張り巡らせた」
「ふむ。魔力を感じる力はあると。ちょっと魔法を使ってみい」
「はい」
手のひらの炎を生み出す。これまで小指の先ほど大きさだったそれは鍛錬によって人差し指くらいに成長していた。
「なるほど。これはなかなか」
顎に手を当てながらルシアンは言った。
「師匠。どうです」
シャルルが期待のまなざしでルシアンを見ている。
「まー。この場でできることはないな。魔力は十分あるし、魔法を感じる力も並み以上に育っとる。順調に鍛錬してきたのだろう」
「ではどうすればいいのです」
ジャックは思わず聞いた。
「すでにシャルルから聞いたかもしれんが、そう焦るな。魔法ができんからと言ってすぐに死ぬものでもないだろう」
「魔法のできない貴族など死んだも同然です」
ルシアンはため息をついて
「シャルル。これは本当にお前の子か。昔のお前もこれくらい真面目であれば」
「母親がいいのですよ」
「のろけなんぞ聞きとうないわ。シャルル、しばらくこの子と二人にしてくれ」
「どうして。私が聞いてはいけないのですか」
「これくらいの年頃には悩みの一つは二つくらいあるもんだ」
何かがある、ジャックはそう直感した。
「そうですよ、父上。ここは二人にしてください」
「・・・・・・そうか」
寂しそうな顔をしてシャルルは部屋を出ていく。おそらく母にこのことを愚痴りに行くのだろう。
「さて」
ルシアンは手ごろな椅子を挽きよせて言った。
「お前、前世の記憶があるだろう」
自分の心臓が跳ね上がる音がする。
ブックマーク・いいね・評価お願いします!制作の励みになります!