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6.「ジャック、あたしと一緒にこい」

人ごみに囲まれた決闘場。


ジャックは完全にレイの背後をとっていた。しかも一突きでその切っ先が背中に届く。


その直前。


ジャックは体が動かないことに気付く。自分の体に異常はない。ジャックは即座に状況を分析する。


疲労もない。ケガもない。


それでも体は動かない。何かに固められている感覚がある。


それはレイの背中から放たれている。強烈な何かが押し付けられている。


自分はそれを全身に浴びているのだ。


指の一本まで動かない。


レイがゆっくりと振り返る。より一層プレッシャーが強くなる。


知らず呼吸が荒くなる。すぐに立っていられなくなる。腰が抜けた。その場に座り込む。


「っひ」


声が漏れた。まいった、と言葉を作ることもできない。


赤髪の奥から覗く目。その瞳の暗さ。


殺される。そう直感した。


「よっと」


レイの木剣がジャックの額にこつんとぶつかる。


その瞬間、ジャックは正気に返る。レイはレイだ。自分を殺すわけがない。冷や汗がさっと引く。


「悪かったな」


レイは腰を抜かしたジャックの前に座り込んだ。


「本当はこんな風にするつもりはなかった。つい本気出しちまった」


ジャックはまだ口を開けないでいる。レイは努めて笑顔であったが、それに合わせて微笑むことすらできない。


今のは単なる殺気か。いや違う。もっと粘着質でとめどなく、足元から忍び寄るように空間に満ちるそれ。


魔力。レイは魔力を使ったのだ。


「ま、魔力」


やっとのことでジャックは話すことができた。


「そう。魔力だよ。ドラゴンのことで柄にもなくテンション上がっちまっててそれがこの勝負にもはねちまった」


レイが抱き起すことでジャックはぎりぎり立ち上がることができた。


「あたしが保証しよう。あんたの剣は本物だよ、ぼっちゃん」


「で、でもまたレイに負けた」


「剣技では勝ってたさ。あたしのアレはそうだな、事故みたいなもんさ。それで、その」


レイが急に言いよどんだ。見れば、周りの例の仲間たちがそろいもそろってニヤニヤしている。


「とうとうあれを言うんだな、姉さん」


「うひひひ」


「うるさいよ、あんたたち!」


振り返ってレイが怒鳴る。


「その、ウチのパーティーに来ないか」


「え」


レイのパーティの一員になるということ。それは一流の冒険者になるということだ。


「あんたならあたしがそばについて実戦をこなせば、すぐにあたしに追いつける」


「そうかな」


悪くない話だった。今この街から出て、己の力だけで自由に生きる。それはどれだけ魅力的なことだろう。


前世の記憶含め物語で何度も夢見たその光景がすぐそばにある。


レイが手を差し出す。


「ジャック、あたしと一緒にこい」


「悪いけど、できない」


そう。


「どう転がっても自分はシャルル・ド・ヴァンガードの息子で、いずれはこのグレイヘイブンの土地を継ぐものなんだ。きっと素敵な生活だけど、それはできない」


「そ、そっか。ま、そんならしょうがねえ」


レイがゆっくりと手を下ろした。


「でもよ、お貴族様ってのは魔法使えなきゃダメなんだろ」


「うん。でも今日で何かつかんだ気がする」


魔力を手触りある塊で感じるという体験。それが自分の中で何かを変えたような気がするのだ。


「ま、ならいいか」


にっこりと笑うレイ。


群衆の中から声が聞こえた。


「跡取りが流れの冒険者に負けるようじゃグレイヘイブンの将来も怪しいねえ」


別の声が聞こえる。


「しかも聞いたか。魔法が使えないんだってさ。本当に貴族様なのか」


当然だ。ジャックは思った。魔法とは貴族の証であり、このグレイヘイブンの地を治める直接的な力の源だ。


跡取りである自分にそれがない。さらには単なる冒険者に一対一の勝負で負ける。レイの実力を知らない人が見ればこう考えるだろう。


ヴァンガード家の将来は暗い、と。


「今ふざけたこと言ったやつは誰だ」


塊のような魔力が再び周囲に立ち込めた。その中心には当然レイがいる。


こぶしを振り上げる。


「誰だ」


それが竜の体に突き刺さる。勢いよく血しぶきがあがる。


引き抜かれたこぶしは一切傷ついていない。


「この竜はあたしがやった。こいつでは」


竜のたもとにあった自分の身の丈ほどもある大剣をレイはいともたやすく振り上げる。


「ふんっ」


軽く息を吐いて大剣を振りぬく。それだけで嵐のような斬撃が竜の死骸を襲う。はじめはちょっとした山のように見えたそれが、今や抱きかかえられるほどの塊までにバラバラにされてしまった。


群衆が息をのむ。


「おめえらのとこのぼっちゃんはあたしの強さをよく知ってたぞ。それでも毎回毎回こうして挑んできたんだ。はじめはまともに立つことすらできなかったんだ。それでもあきらめなかったんだぞ」


「レイ......」


「どうしてその努力を素直に認めねえ。その果てにこいつは純粋な剣技で確かにあたしを上回ったんだ。本当にそれがわからなかったのか。だとすればこの土地ふさわしくないのはそっちのほうだぜ」


水を打ったような静けさの中、レイは続ける。


「こいつはあたしが放った魔力を感じた。この中でお前らが一切感じられなかったものだ。こいつには確かに魔法の才能があるんだ。いつか絶対に花開く」


「レイ」


「文句があるなら出て来いよ、あたしが相手になってやる」


「レイ、もういいって本当に。恥ずかしいよ」


レイはにわかにジャックを腕をつかむ。そのままジャックを引きずるように歩き出す。


「ジャック、行くぞ。こんな奴らのこと守ることはねえ。モンスターでも軍隊でも襲われちまえばいい」


「えなに」


報酬を半減されたパーティーの一人が駆け寄ってきて、耳元でささやいてくる。


「ぼっちゃん。姉さんはこのままあんたを連れ去っちまうつもりだ」


「何それ困るよ」


「俺らとしても誘拐犯にはなりたくねえ。なんとかあんたから言ってくれねえか」


「そう言われても」


必死に考えるジャック。腕力では当然レイには叶わない。どうすれば。


「レイ」


「んだよ。こんなとこさっさと出るぞ。ああ? 忘れもんか。大丈夫。必要なもんは全部あとでそろえちまえばいい」


ジャックは立ち止まる。


「僕、強引な人は嫌いだな」


レイはぱっとジャックの腕を放す。


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