5.「ほう。さぼってたわけじゃなさそうだな」
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グレイヘイブンの街、城門前の広間には大勢の見物客が詰めかけていた。
人々の輪の中には2つのものがあった。ひとつは人間を丸のみできそうな竜の死体。
けれどもこちらにはだれ一人見向きもしていない。そのもうひとつに観衆の視線が注がれている。
ジャックとレイがともに木剣を握り、静かに向き合っている。
2人を完全に囲み、広間を埋め尽くすほどの人数が一言も発することなく2人の一挙手一投足を固唾をのんで見守っている。
先に踏み込んだのはジャックの方だった。竜をも屠る一撃を持つ相手だ。自由なタイミングで先制攻撃されればもうそれだけで詰んでしまうことはこれまでの戦いからわかっている。
初撃は決めに行かない。あくまで相手の行動を縛り、少しでも意表を突くために必要だ。
ジャックの持てる技で最も出の早い低姿勢から首元への突き。それをレイは一歩下がるだけで完全に躱す。
レイの返し。低い姿勢を咎めるように放たれる大上段の一撃。真上から受ければ即刻木剣は真っ二つになる。
突き状態の剣を切り上げてレイの太刀筋を斜めから受ける。刀身に添わせるようにその剛力を受け流す。
「っつ」
それでもきつい。木剣がミシリと音を立てる。太刀筋に刃を入れるのが数舜遅れたのだ。
右からの剛力をそのまま利用し、ジャックは左にステップ。体勢を立て直す。
こうしてレイと剣を交えるようになったのはいつ頃だっただろうか。レイに会ったのは2年ほど前、彼女たちがシャルルへの召命に応じて屋敷を訪れた時だった。
その時も今回のようにモンスターを討伐し、その褒章を与えるためだったと記憶している。
ジャックはその時も屋敷の中庭で魔法の練習をしていて、その不甲斐ないところをレイに見られたのだ。はじめは大いに笑ったレイだったが、落ち込むジャックを見かねて今の同じように木剣を投げて渡したのだ。
ジャックにとって剣はしっくりくるものだった。魔法と違って剣は振れば振るだけ己にこたえてくれる。鍛錬を続けるうちにいつからか中庭のカフェテリアの柱を折るほどの力まで身に着けてしまったのだった。
今度はレイの番だった。常人には見えないほどの小さな踏み込みからまるで瞬間移動したように間合いを詰めてくる。
その斬撃を受ける。刹那、衝撃波が2人を中心に生まれ、果物を満載した荷車を揺らした。果物が大量に転がり落ちる。しかし、そんなことその場にいる誰も気にしていなかった。
「ほう。さぼってたわけじゃなさそうだな」
レイが不敵な笑みを浮かべていった。
「今日こそは勝つよ」
レイを押し返してジャックは叫んだ。さらに踏み込んで一撃を浴びせる。いともたやすくかわされ、同じ刹那に数倍の斬撃が飛んでくる。一撃たりともかすってはいけない。それだけで十分この勝負は終わってしまうから。
レイへの尊敬は単に剣の腕だけが理由ではなかった。自らの才能だけでこの世界を自由に生きる彼女にジャックは己の対極を見ていた。
権力のある両親の愛にめぐまれ己だけでな何もできない自分。どこかの街を追放されただろうにそこから力を得て今や誰をも無視できない存在になったレイ。
冒険者はただでさえ地位が低い。基本的に街を追放されたならず者たちによって構成されるからだ。その出自のせいで街によっては補給のために立ち寄ることすらできない。そのため彼らは権力の及ばない辺境に彼ら独自の町を作っていることが多い。
シャルルは冒険者を基本的に歓迎した。彼らは自分たちの持っていない有形無形のものをたくさん持っていたからだ。外国の珍しい文物。周辺のモンスターの情報、周辺の地理情報。
冒険者たちにとってもこれは悪い話ではなかった。彼らは常に補給に問題を抱えていたからだ。冒険者の町の産業はいまだ脆弱でちょっとした問題で簡単に物流が滞り、物が不足する。
シャルルの威光に表面的にひれ伏しておき、悪ささえしなければ街の中で好きなように商売し過ごすことができる。閉鎖的になりがちな城塞都市としては全く異例のことだった。
これもまたグレイヘイブンがシャルル一代の内に大都市へと成り上がった原動力の一つだった。
ほぼ不可視の斬撃が次々とジャックを襲う。かろうじて返し、防ぎ、いなせているのはもはや技能を超えた本能のなせる業だった。いちいち考えていては次の瞬間には真っ二つになっているはずだった。
レイに勝つ。はじめはそれが一生かかってもできないように思えた。彼女に一撃を与える。それだけで勝てる勝負なのに、はじめは彼女を前にするだけでまともに剣を握ることすらできなかったのだ。
剣をふるうだけで半年、はじめて剣戟をらしきものが成立するまで一年はかかった。
それが今ではこうして数分間生き延びている。
でも今はもうそれだけじゃ足りない。神が自分に魔法を与えてくれないのなら、剣でくらい何かを成してみたい。
攻める。ギリギリでレイの間合いから外れていた己の身をその斬撃の範囲に置く。身の凍るような寒気に負けず、その歩みを止めないように心を奮い立たせる。
レイとの上背の差を埋めるためにジャンプ。これまで一度も狙わなかった顔面を狙う。
それだけでどうにかなるわけではない。ジャンプの体重の載った一撃すらも紙を払いのけるように弾かれる。そのままの勢いで再び下がり、もう一度突っ込む。
先ほどジャンプした地点。そこでもう一度足に力を入れる。太ももがわずかに動くだけ。それでもレイの目にはそれがジャンプの予兆に見えるはずだ。
レイの体にしみ込んだジャンプへの対処。足を開き、体を安定させる。
その足の間に体を滑り込ませる。レイとジャックの体格差があるからこその動き。
後ろをとった。
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