31.「行きなさい。私に騎士よ。存分に働くのです」
アンヌとの会話から一週間経った。
午前の授業中、教室の片隅でジャックは一人落ち着きない時間を過ごしていた。
明日、グラントモントへ行ってクエストを受ける。その決心はしたものの、不安ばかりが募ってきた。
クエストを受ける冒険者の平均寿命な一年にも満たないという。その中で4年間生き抜いているレイという生ける伝説を目の当たりしているが、
自分がその域に届いていないことは身に染みるほどわかっていた。
そんな自分がクエストに行き、そして生き返ってくることができるのか。
わからない。
それでもこのままでは完全にギヨームの思い通りになってしまう。
自分が単に学院に去ればいいというわけではない問題なのだ。
自分がすべてが投げ出したところでアンヌという一人の少女がごみのように殺されるだけだ。
学院にいるうちはせいぜいこうして心の準備をするしかない。
もう魔法も剣の鍛錬も全然身に入らなかった。
落ち着かないまま、眠りにつき、そしてそのまま朝を迎えた。
グラントモントへは数時間かかるので、早朝から学院を出る必要がある。
まだ日が完全に登りきる前にジャックは学院の門に立っていた。
門に思いもよらぬ人物が佇んでいた。
「アンジェ?」
アンジェが不安そうな顔をしていた。
「どうしてこんなところに?」
「むろん、あなたを止めに来たのですよ。クエストに行くのでしょう。自分の騎士をむざむざ死なせるわけにはいきません」
「何度も言いますがね。アンジェ、私はあなたに騎士にはなりません」
「あなたに拒否権はありません。これは王族の命令ですから。それにあなたにも悪い話ではありませんよ」
「私は別に権力が欲しいわけではないのです」
「あなたの家を襲撃した犯人を知っているとしても?」
「え?」
ジャックは自分の体がこわばったのを感じた。
「本当にご存じなのですか」
「具体的に誰というのは言えません。単刀直入に言います。主犯は王族でしょう」
「どういうことですか」
「今の王位井継承者、私の他に誰がいるか知っていますか」
「・・・・・・皇太子殿下」
アンジェリークには一つ上の腹違いの兄がいることは知っていた。
「皇太子殿下が私の家を襲った、と?」
「兄上が直接手を下したわけではないでしょう。しかし、命令を出したはずです」
「というと?」
「貴族は基本的に平民と貴族が融和的に生きていくことを快く思っていません。それはあなたもよくご存じのはず」
「グレイヘイブンが目沢氏だった、と?」
「そういうことです。兄上はすでに王政に関わっておられる。魔法使いを動かすことも難しくない」
「そんな」
そんなことって。
「ならいくら私が頑張ってもグレイヘイブンの地は帰ってこないということですか」
「王政が今のままだったら、ね」
「・・・・・・あなたの側に着けと」
「こう言っては何ですが、私には何の人望もありません。魔法だって特別得意なわけでもない。それでもあなたは私の騎士にならなければならない」
「私の目標を達成するために、ですか」
「その通り。もちろん私の目的にも協力してもらいますがね」
アンジェリークの目的?皇太子に変わり、自分が王位に就くことだろうか。
この国はたしか紹鴎を認めているはずだった。
改めてアンジェリークは言った。
「だから私の騎士をここで見殺しにするわけにはいかない。あなたにはおとなしくしてもらいます」
「私が行かなければ、アンヌが殺される、としても?」
「そんな」
「ギヨームはそのつもりのようです。彼女を殺すことはできない」
「確かに、そうですね」
ジャックは意外な思いがした。王族であれば自分の願いをたった平民一人に妨害されるのであればあっさり見捨てると考えたのに。
「やはり私は行かないといけないようだ」
「アンヌの件は私が手を回して何とかします。私の侍女として雇うこともできます」
「それでも、ですよ」
「どういうことですか」
結局自分が行くしかないのだ。
「アンジェだって実際問題、何の功績もない人間を当然騎士にすることはできないでしょう」
「それはそうですが」
「ギヨームたちだってクエストに行き、名を挙げた人間をそうそう無碍にもできないでしょうしね。あなたの力を増すにはそういう人間が一人は必要だ」
アンジェはぽかんとしたあと、ふふふと上品に笑い始めた。
「ふふふ。それがあなたのやり方というわけですか」
「私にはこれしかできないだけです」
不安はすでに払しょくされたようだった。
晴れやかな顔でアンジェは言った。
「よろしい。行きなさい。私に騎士よ。存分に働くのです」
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