3.自分は神のいない世界から来た
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大貴族、シャルル・ド・ヴァンドーム辺境伯の子らしく、ジャックには自身の大きさに釣り合わないほど大きな自室とさらにそれを埋め尽くさんとする天蓋付きのベッドがあった。ベッドのデザインは母がこだわりぬいたらしく、年頃の男の子にしてはかなりファンシーだった。
湯浴みを済ませたジャックはその上に転がっていた。
今日も魔法は発現しなかった。父上と母上はいろいろとフォローしてくれたものの、ジャックにとってはそれが厳然たる事実だった。
十分に満たされているから今を変える必要がない。だから魔法を使ってでもかなえたい願いがない。だから神は自分に魔法を使うことを許してくれない。父が言っていたのはそういうことだった。
ジャックは神を信じることができない。少なくとも父や母やレオンほど敬虔にはなれない。もしかしたら、この世界には本当に神がいるのかもしれないが。
何年か前、まさにこの部屋でレオンから神学の講義を受けたとき、神は本当に存在するのかと聞いたことがある。神学を学び始めたばかりのジャックとしてはあくまで素朴な疑問だった。
そのときのレオンの目をジャックは今でも忘れることができなかった。あの怪物でも見るような目。あの刺すように冷え切った空気。部屋に刺す弱々しい冬の日光。
よいですか。二度とそのようなことを口にしてはいけません。神のあらゆることを試してはいけません。我々はただ、その御言葉を正しく受け取る努力するだけなのです。
普段は穏やかにジャックのいたずらをたしなめるその口から早口で綴られたその言葉にジャックはまさに異界を感じた。
自分は神のいない世界から来た。神への感謝の祈り。領主として父が執り行うさまざまな儀式。日常の言葉の節々。身震いするような違和感がジャックを襲った。
ジャックという名前。それすら違和感がある。自分は本当はそんな気取った名前ではないことを知っている。
魔法なんかない。神なんかいない。自分がそんな世界で生きた記憶が確かに存在していることを知っている。
けれどもその細かなところを思い出そうとするたびにつかみかけたはずのその記憶たちが霧散していくのを感じる。
覚えていることはとても少ない。自分が神も魔法もファンタジーに類する世界で生きたこと、そして今の自分と同じくらい年で死んだこと。
そうしてこの世界で生まれなおしたこと。
このことは誰にも話していない。
神をも信じぬ異界の魂が己の息子に宿っている。そのことを知ったら両親はどう思うだろう。ジャックはあの時のレオンの目を思い出す。
両親もレオンと同じくらい敬虔に神を信じている。それはそうだ。自らの願いを聞き入れ、力を与えてくれたその存在に跪いて感謝しないわけがない。
神も魔法も信じない己に魔法が与えられないこと。それはまったく当たり前のことのように思えた。神が本当に存在するとして、自分のような人間にその力を分け与えるわけがない。
だってその存在を信じず、感謝もしないのだから。それどころか神心から信じようとする気持ちもない。
それでももう少し頑張ってみよう。ジャックは天井を見つめながら思った。父の言う通り、何か状況が変わって自らの魔法が発現するかもしれない。この世界の神は自分が思うほど狭量ではないかもしれない。
ただ、それでもだめだったとき、そのときは両親に己の正体を正直に話そう。
2人はどのような顔をするだろうか。気にするなといつもの通り父は鷹揚に笑ってくるだろうか。母は優しく受け入れてくれるだろうか。
それとも。
有力な領主の息子といえば聞こえがいいが、その実、親の権力にかさに着ているだけで自分は何もできない子どもだ。そんな子どもが両親から愛されなくなるということはすなわち詰みを意味する。
居場所がなくなるのだ。領主の息子はめったに家から出ることはない。鍛錬と勉学でそんな暇はないし、いざ出かけるとなっても両親や護衛と絶えず一緒にいることになる。
今の自分はここ以外のどこにも行くことはできない。
苦しい。両親の深い愛にゆえに。それに答えられない自分の情けなさが恨めしい。
そんなジャックにとって明日は数少ない楽しみだった。レイのパーティーが帰ってくるのだ。
「明日は楽しみだな」
ジャックは布団をさらに深くかぶり、眠りについた。
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