27.「どうやらあんまり歓迎されてないみたいですね」
ジャックは激流の中に腕を突っ込んだ。
すぐにあらゆる方向から右腕に水圧がかかる。それでも何とか腕は無事だ。
ただしすぐにことを片付けてしまわないと魔力が切れて腕がどうにかなってしまいそうだ。
歯を食いしばって、水球の中を探る。少し腕を動かすだけでもとんでもない重みがかかる。
「ここだ!」
先ほど触れた服の感触がある。
でもつかめない。水球が解けたときに服を振れていなければ意味はない。
水の流れが一層早くなる。腕にかかる水圧も強くなる。
重い。
これ以上だらだら続けていたらどうにもならなくなる。
服をつかんだ。
「あなたの服をつかみました! 魔法を解いてください」
「・・・・・・」
水の魔法は解けない。
このままこちらの魔力切れを狙うつもりだ。
魔力が切れれば自分はこの水球から手を抜かざるを得ない。
そうして、ジャックは自分に触れることができなかったと言い張ればいいのだ。
どんだけ合格させたくないんだとジャックは心の中で舌打ちする。
それならこちらも考えがある。
短期決戦しかない。
腕に込めていた魔力を一気に水球に流す。魔力は熱とする。
それこそ激流を逆上するように魔力の流れは遅々とした。
このままでは時間切れだ。どうなってもいい。一気に行く。
瞬間、目の前が真っ暗になる。それでも一気に魔力を流す。
変化はすぐに起きた。激流の水球が少しずつ湯気を上げ始めた。
そして、一気に沸騰した。泡立つ水球はやがて大きな音を立てて霧散した。
水球が飛び散って生まれた霧の向こう。
ジャックの右腕は確かに試験官の胸ぐらをつかんでいた。
目の前がチカチカするが、ジャックは何とか右手の力だけは抜かないように意識をつなぎとめていた。
やじ馬すべてがそれを見ていた。息をのむ音がする。
「これでどうですか」
肩で息をしながらジャックは試験官に問うた。
「・・・・・・」
試験官は何も言わない。
「あなたの言ったことはすべて達成したつもりです。まだ何かありますか」
やがてゆっくりと試験官は口を開いた。
「許せない」
「え」
試験官の顔は怒りに染まっていた。
「生徒の皆さん、重要なお知らせがあります。この受験者は平民なのです。それなのにこの私のあろうことか胸ぐらを無造作につかんだ」
やじ馬の雰囲気が変わっていくのが分かる。
どういうことだ。自分は試験で提示された条件を満たしただけなのに。
「それがなんなのです」
「身の程をわきまえなさい。ここは王国の将来を担う生徒たちが集う場所。お前のような下賤なものが来るところではない」
「その下賤のものにあなたは負けた。違いますか」
周りの殺気といえば尋常ではなかった。ゴブリンの群れが小鳥の集団に思えるくらいだった。
明確な侮蔑と怒り。人間は同じ人間に対してこれほど強く薄暗い感情を向けられるのかとジャックは驚いた。
「そうでしょう。許せないでしょう。誇りと栄えある王立額人の生徒諸君。さあ、この愚かな平民に我々の力を思い知らせるのです」
おいおい。この試験官自分が受験生に負けたからって周りの生徒にリンチさせる気か。
本当にこれが大人のすることか。
野次馬は優に100人を超えている。しかも周囲を完全に囲まれている。
確実に抜け出すことはできない。今の自分にはその魔力も体力もない。
立っているのが精いっぱいだ。
リンチを受け入れる。そんなのはごめんだ。
だったら。
ジャックは右肩に手を回す。
どうなるかわからない。
けれど抜くしかないのか。
聖剣を。
「そこまでだ!」
野次馬の向こうから声がする。
生徒たちを割ってこちらに向かっているのは
「ジャック君。大丈夫か」
「イザベルさん。ギリギリってところです」
イザベルが試験官に向き直って言った。
「さて、いいかな」
試験官は無言だった。
「まず、試験の結果だ。文句なしの合格。そうだろう」
「・・・・・・」
「君が特別に作成した高難易度の筆記試験を突破し、実技試験では君の提示した条件をクリアして見せた。これ以上に何があるのだね」
「し、しかしこいつは」
「平民だから、この学院で学ぶ資格がない、とでも?」
イザベルからただようオーラがゆらゆらと強くなっていく。
それは陽炎のようにおぼろげながらも確実にたちのぼっている。
魔力だ。通常魔法として具現化するまで目に見えないはずのそれがあまりの密度に物体としての形をとっているのだ。
触れればどうなるかわかったものではない。
イザベルが言った。
「この学院は貴族のための場所ではない。魔法という稀有な才能をもつものがその力を伸ばすために王が作られた場所だ」
「そ、それでも」
「思い上がるなよ。ここの学院長は私だ。最終的な合否の決定権は私にある。君はその材料を揃えたに過ぎないんだよ」
春にしては冷たい風が一瞬、ジャックたちを包み込んだ。
「・・・・・・失礼します」
試験官は一度ジャックを強くにらんだ後、どこかへ去って行った。何人かの生徒たちがそのあとを追っていくのが見えた。
「さて、改めて言うが君は合格だ。胸を張り給え」
「どうやらあんまり歓迎されてないみたいですね」
「ま、その辺はおいおい」
いつの間にかアンジェリークがイザベルの横に立っている。
「合格おめでとうございます!」
彼女は満面の笑顔でそう言った。
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