26.「さあ。始めましょう」
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試験官に触れれば合格、か。ジャックはその前提をもう一度振り返った。
それならやることはひとつだ、とジャックはゆっくりと歩みを進めた。
試験管の姿がだんだんと大きくなっていく。
「何をしているのですか」
試験官が魔法を操る。その体の周りに9発の水の弾丸が現れた。人の頭ほどの大きさ。それが一直線にジャックに向けて飛んでいく。
頭めがけたそれをジャックは首を振るだけで躱す。
「どういうことですか」
試験官が舌打ちとともに漏らした。
やじ馬からも驚きの声が漏れる。
あまりにも遅い。ジャックは内心でため息をついていた。
レイの不可視の斬撃。至近距離からその技の出を巧妙に隠された一撃必殺が雨のように降ってくるあの決闘に比べればなんてこともない。
スピードも遅い。発射するタイミングもわかっている。あと何発あるかも。試験官の目線からどこを狙っているのかも一目瞭然だ。
躱してください、と言っているようなものじゃないか。
すべてを撃ちきった試験官が水の弾丸をリロードする。
「これならどうですか」
今度はそれが全て同時に発射される。
別にどういうということはない。
タイミングが同時であろうと、その弾速が遅ければ結局、安全地帯に体を移すだけでいい。
弾丸と弾丸の隙間。ジャックは斜め前に体をスライドさせ、一切体を濡らすことなくかわし切る。
そうして、試験管の目の前にたどり着いた。
試験官のリロードは間に合わない。
「はい」
ジャックが試験官の肩に手を置いた。
試験官の肩が震えたのをジャックは感じた。
「こんなの無効です!」
試験官が座った眼で叫んだ。
「どうしてですか。僕はあなたに触れた。これで試験は合格のはずだ」
「こんなペテンで合格に刺せるわけにはいかない。第一お前はこの試験で一番大事なことを見落としている」
「なんですか。あなたの提示した条件は達成したはずですが」
「これは魔法学院の試験です。お前のペテンの腕を見せる場じゃない。魔法を使っていない以上合格にすることはできない」
それはどちらかというと、試験の条件がふわっとしすぎたからじゃないか。
「そうですか。なら大丈夫です。このまま不合格にしてください」
ジャックは言ってのける。アンジェリークとの約束がある以上、本当に試験を投げるつもりはない。
ただ、あちらに少し恥をかいてもらいたいだけだ
やじ馬の目が試験官に注がれる。
試験官が顔を真っ赤にして言った。
「も、もう一度チャンスを上げましょう。そのペテンを使ってもいい。とにかく魔法を使い私に触れるのです。それとも魔法は使えませんか」
「そうですか。ありがとうございます。ならその条件でもう一度」
ジャックは再び試験官から距離をとった。
「さあ。始めましょう」
試験官の動きは迅速だった。ジャックとの間に水の壁を生み出す。
ジャックは試しに炎の弾を壁に打ち込む。水蒸気とともに炎の弾は消えた。
「はははは。通りで魔法を使わないわけだ。炎使いですか」
壁から水の弾丸が生み出される。先ほどより数も速度も増している。
それでも躱せないこともない。なんなら聖剣を抜いて壁ごと叩き切ってしまってもいい。
ただそれでも目の前の男は先ほどと同じことを言うだろう。
結局向こうの土俵で参ったと言わせる必要があるのだ。
さて、どうするか。ジャックは父の言葉を思い出していた。
魔法で作られたものは魔法で消せる。
目の前の水は確かに水と同じ働きをするが、本当の水ではない。
聖剣を抜いた反動は抜けきっていない。魔力は十分に戻っていない。
それでもやるしかない。
壁から水の弾が放たれる。ジャックはそれに強く魔力を込めた炎の弾を打ち込む。やっぱりうまく魔力をコントロールできない。
時々過剰に魔力を込めてしまい、どんどんと魔力が体から抜けていくのが分かる。
水の弾がはじけて消えた。よし。いける。
「どうやら多少はできるようですね。しかし、水を消す炎の弾など魔力を膨大消費するはず。いつまで持ちますかねえ」
壁の向こうから試験官のあざ笑う声が聞こえる。
それでもやるのだ。
撃つ。消す。撃つ。消す。ジャックは水の弾を消しながら壁ににじりよっていく。
そうして、壁に転がるようにぶつかる。
壁を突破する。
聖剣を抜いた後に出たあの嫌な汗が額からにじんでいる。
もうあまり余裕がない。
「ふふふ。ずいぶんと魔力を使ったようですね。ならこれで終わりだ」
試験官の全身が水の膜につつまれた。
「この水の膜の表面は絶えず激流が循環しています。生身で触れれば、まず水圧で手指が折れるか。最悪ちぎれますよ」
なるほど。全体が大きなウォーターカッターというわけだ。
そのまま腕を入れれば無事ではいられない。
ならやることはひとつ。
腕に魔力を込めるのだ。今あるすべての魔力。そのありったけを右腕に込める。
これでうまくいくかわからない。
魔法で生み出されたものは魔法で消すことはできる。
今は父上のその言葉を信じるしかない。どうせ失敗しても腕がなくなるだけだ。
行け。
ジャックは思い切り右腕を水膜に突っ込んだ。
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