25.「ルールは単純。私に一度でも触れればそれで合格です」
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「中庭ってどこにあるんだよ」
地下室から伸びる階段をのぼりながらジャックはひとりごちた。
試験官は先ほどの出来事ですっかり気まずくなってしまったのか、もうすでにどこにもいなかった。
学院内を一人で歩くのは初めてだったから、土地勘など全くない。
イザベルのいる学院室に向かおうと少し歩いてみたものの、方向すらわからなかった。
もしかして自分が試験会場に来れなかったということにして不合格にするつもりなのだろうか。
ジャックはだんだんと萎えてきていた。
よく考えると、どうしてこんなことしているのだろう。
別に自分はこの学院にどうしても入りたいわけではない。
魔法の訓練だって絶対にここである必要はないし、襲撃犯を追いかけるにも別に他の街で聞きこむなどやりようはある。
「おさらばしよう」
ようやく人通りのある所に出て、ジャックはそう考えた。
どうやら自分はこの学院には歓迎されていないようだった。道行くの生徒たちの怪しげなまなざしといったらない。
まるで珍獣でも見ているかのようだ。、中には露骨にひそひそと何かを言い合っている。
何なのだ一体。徐々にイライラしてきていたジャックは一心不乱に地図を探した。
一刻も早くこんなところから出たかったのだ。しかし、そんなものはどこにもなかった。
怒りに任せて歩いていくと、やがて校舎裏のような小さな空き地にたどり着いた。
一応学院の端にはたどり着いたみたいだが、ここには出口はないらしい。
ため息をついて、しばらく佇んでいるとふいに女性の声がした。
「あなた、もしかして受験生ではありませんか」
振り返ると、そこには銀髪の女生徒が心配そうな顔をして立っていた。
瞬間、ジャックはその場にひざまづいた。
銀髪。それは王族の証。
「面を上げてください」
女生徒は慌てて言った。
「しかし」
「それでは話ができないでしょう」
しぶしぶ立ち上がるジャックに女性は言った。
「私はアンジェリーク。アンジェリーク・ド・シャトーロワール。あなたは」
「ジャックと申します」
「ヴァンドームの家のものでしょう。このたびは大変なことでしたね」
「いえ、今の私はただのジャックでございます」
「はあ、そういうことですか。大方、学院長が平民のふりをするように言ったのでしょう」
お見通しか、とジャックはすべてを打ち明ける決心をした。
「ご明察の通りです。なのでここは平民のジャックとして接していただけると」
面倒ごとが増えそうなのでできれば接しないでほしい、とジャックは思ったが、王族の前だ。そんなこと言えるはずがない。
「なるほど。分かりました。それで試験は終わったのですか」
「いえ。次は実技試験なのですが、中庭の場所が分からず困っていたのです」
「試験官は?」
「私を置いて先に行ってしまいました。私にこの学院は分不相応ということでしょう。途中ですが、帰ろうと思っていたところです」
すると、やおらアンジェリークがジャックの手をつかんだ。
「姫様。これは」
「アンジェ。そう呼びなさい」
「アンジェ様。お手を」
そのままアンジェリークとジャックはずんずん歩いていく。
「アンジェ、と言いました」
「アンジェ。どこへ行くのですか」
「もちろん中庭ですよ。あなたには実技試験を受けてもらいます」
「どうして、アンジェには何の関係もないことです」
「ありますとも。周辺国で最も難しいこの学院の筆記試験を突破した時点であなたは優秀さは十分に証明されています」
「ですが、今の私は平民です」
「そんなの関係ありません。このまま試験を受けてもらいます。それで合格すれば」
「合格すれば?」
「私の騎士になってもらいます。絶対に」
「そんなこと急におっしゃられても困ります」
「王族ですもの、人を見る目は十分に養ってきたつもりです」
アンジェリークは息を切らしながら
「あなたはこの学院で最も優秀な魔法使いになる。私はそう確信しました」
「どこを見て」
「その膨大な魔力。隠しているつもりなのですか。バレバレですよ」
「これは、その」
面倒なこと巻き込まれないため、魔力は隠していたが、ばれてしまったようだ。膨大な魔力の理由はさすがに王族でもそこまで話してしまうわけにはいかない。
アンジェリークは迷いなく学院の迷路道を進み、ついに中庭にたどり着いた。
中庭を囲む廊下になぜか大勢の生徒が詰めかけている。
ジャックはグレイヘイブンの市場でレイと決闘したときのことを思い出した。
今回の人数はその比ではないが。
その人混みをかき分けていくアンジェリーク。
試験管の前までジャックを連れていく。
「さあ、私の騎士よ。存分に働いてきなさい」
「騎士ではありません」
「もう合格したも同然なのですからそう呼んでも問題ありません」
「あのですね」
ジャックの手を放して、アンジェリークは人ごみに混じる。
観戦を決め込むつもりなのだろう。
「逃げずに来たようですね。さて、実技試験を始めましょうか」
「僕としては帰ってもいいのですが、どうも受けることになってしまったみたいです。周りの生徒はいったい」
「今回のことを話したらぜひ見学したいということで見に来てくれたのですよ。いやあ、優秀な生徒たちで教師としてはうれしい限りです」
見世物ってことか。ジャックはまた辟易とした。
どうせここから帰ろうとしてもこの人混みでせき止められてしまうのだろう。
だったら腹を決めるしかない。
ジャックは言った。
「試験内容を聞いてもいいですか」
試験官はニヤリとして答えた。
「ルールは単純。私に一度でも触れればそれで合格です」
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