20.「今あなたにできることは試練に打ち克ち、この聖剣を引き抜くことだけ」
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泉の水を飲み、一息ついたジャックを泉の精霊は泉のさらに奥までいざなった。
泉のさらに奥に洞窟の入り口はあった。苔むしたそこは人の背の何倍もあった。
ここまで大きい洞窟であれば、一度くらい話題に上りそうなものであるが、ジャックは一度も聞いたことがなかった。
「こんな洞窟があるなんて知らなかった」
ジャックが言った。
「普段は人の目に触れないように隠しているのです。奥にあるものがものですから」
「なるほど」
「そもそもこの場所ごと普段は巧妙に隠蔽している。我々と同じく実体を持たないようにしているのです」
「そんなことができるのなら、聖剣がゴブリンたちに奪われることもないだろう。ずっとそうしていればいい」
実体がなければつかみようがないのだから。
「そうはいきません。本当は実体のある聖剣を隠し続ければそのうちなくなってしまうのです。聖剣に己の実体を感じさせる時間が必要なのです」
「それが今だと?」
「そういうことです」
洞窟の中はひんやりしていたが、不思議と寒さは感じなかった。
薄暗い道をゆっくりと歩く。
泉の精霊は言った。
「ゴブリンたち、正確にはゴブリンを使役しているものはその周期を探り続けていました」
「ゴブリンたちも倒してしまえば、精霊だというのならそれくらできるだろう」
それはできないのです、と泉の精霊は首を横振って
「私は聖剣を守っていますが、実体的な脅威には無力です。実体的な強さはあなたが連れているその子とほぼ変わりない」
先頭を明かり代わりに進む精霊が振り返ったように見えた。
「私にできるのは聖剣の眠るこの場を守り、適切な時、適切な持ち主にわたるよう祈るのみなのです」
「そうか」
それはあまりにも無力で難しい在り方だとジャックは思った。
「僕に聖剣を渡すことに抵抗はないのか」
泉の精霊はため息をついて
「もちろんないわけではありません。しかし、あなたは神にお会いしたことがある。そうでしょう」
「どうやって知った」
「そんな雰囲気がだだ漏れですよ。莫大な魔力を持ち、精霊に気に入られる魂。いかにもあの方が好きそうです。あの方が気に入った魂に聖剣を渡さないというのであればそれはそれで面倒なことになる」
「知り合いなのか」
「人間の言葉でいえば、上司のようなものです。以下神でも世のすべてを一度に把握されることはできなくはないですが、疲れる」
「疲れる?」
「まあ、人間の言い方でいうとそういうことです。だから私たちのようなものを地上に遣わすのですよ。代わりに重要なものを守らせたり」
暗い洞窟を輝きながら浮遊する精霊。
「世界の隅々を管理させたりするのです」
「何だか大変なんだな。精霊ってのも」
「大変も何もこれが私の存在する理由ですから。好き嫌いは言っていられません」
まあ、私に好き嫌いなどありませんが、と言ったところで森の精霊は立ち止まった。
ジャックもそれに合わせる。
洞窟の最奥はちょっとした広間になっており、これまでの薄暗い道とは違い、ほのかな光に包まれていた。
これまで何となく不安を感じていた道行に対し、この空間ではなぜか安心できた。
目の前に一振りの剣が突き立っていた。
「これは」
「聖剣ですよ」
聖剣は恐ろしく錆びていた。全体的にほこりをかぶっており、かつては輝きを放っていた柄の意匠もすべて元の色合いを失っていた。
両刃の刀身は限界まで削れており、とてもではないが、魔物など切れそうになかった。
とんだなまくらだ、と木剣しか握ったことのないジャックにもわかるほどの代物だった。
「こんなものでどうしろと、抜くだけで折れてしまいそうじゃないか」
正直ジャックとしては触れることすら躊躇われた。
「それは永いこと鞘に納まっていないからですよ。抜き身の剣ほどもろいものはない」
「確かに鞘はないな。どこか別の場所にあるのか」
泉の精霊はうつむいて言った。
「それは抜けばわかること。今あなたにできることは試練に打ち克ち、この聖剣を引き抜くことだけ」
「試練? 今は緊急事態だ。それは勘弁してくれないか」
外ではゴブリンたちがうろうろしているのだ。試練とやらをしているうちに結界が切れ、奴らがこの洞窟に入ってくれば本当にどうしようもない。
泉の精霊は聖剣の柄に触れて言った。
「それは難しいでしょう。あなたに試練を課すのは私ではない。聖剣です」
「聖剣が僕に試練を課す、ね」
一度試練が始まればその結果は2つに1つだ。
聖剣を手に入れるか。
試練に敗れ、命を落とすか。
抜かずに去れば、自分はゴブリンに襲われ、満足に魔法を使えず命を落とすだろう。
全くとんでもない運命だ、と思いながらジャックは一息すってから聖剣の柄を握る。
するとすぐにそれは起きた。
握ったはずの聖剣がなくなっている。
「!!!」
全身に熱を感じたのはその一瞬後だった。自らの内側が燃えるような感覚。
倒れこむジャック。それを無機質な目で眺める森の精霊。
精霊は心配そうにジャックの上を飛び回る。
「聖剣の鞘。それは持ち主自身のことです。もしものとき、聖剣があなたをあらゆる災厄から守るように、平時はあなたが鞘となり、聖剣を癒し、守るのです」
「ううううう。ああああつい。あついあつい」
逃れられぬ灼熱。恥も外聞も捨てのたうち回るジャック。
「聖剣の試練とは、すなわちあなたが鞘としてふさわしいかを聖剣が見定めることなのですよ」
灼熱。それが全身を貫いているのが分かる。今にも口から炎を吐いてしまいそうだった。
死ねるか。
「うぐぐぐぐ」
こんなところで死んでたまるか
「あああああ」
やがてのどが枯れて完全に声が出なくなった。もしかしたら焼けて落ちてしまったのかもしれないとも思った。
「ああ、徐々に聖剣がその肉体に納まっていくのが分かります。せいぜい死なないことですね、人間」
泉の精霊はややうっとりした口調でそう言った。
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