18.踏み込め、勇気を出せ。
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森の中の道はしばらくして途切れた。
やはり両親が使わなかったこともあって整備が行き届いていなかったようだった。
木々の隙間から差し込んでくる日差しが強くなってきたころ、ジャックは休憩をとることにした。
うっそうとした森の一部が開けた、広間のようになっているところがあった。その片隅にちんまりと鎮座している
おあつらえむきの切り株にジャックは腰かけた。
旅立ちに対して準備できることはあまりにも少なかった。そもそも準備するための時間もなかったし、燃え尽きた屋敷から取り出せるものはあまりなかった。
それでも食料だけは地下に隠し持っていたものを母がたくさん持たせてくれたのだった。
旅立ちの前、ソフィアがジャックのリュックに食料を詰め込んでいく。
「あれもこれもそれもあとこれも。ほかの街で必ず食料だけは切らさないようにするのですよ」
「母上、これ以上は僕も持たないですよ」
「食料は大事なんですから。ほら、そこ空ければ入りますよ」
「ソフィア、私たちの分の食料も必要なのだが」
「私たちはその辺の雑草でも食べていればいいのです!」
ソフィアがひときわ大きな声で叫んだ。
「それは、困るな」
ジャックが自分のリュックに詰め込まれていた食料を取り出してシャルルに渡していく。
「ジャック、狩りの方法は忘れていないな」
「はい。大丈夫です」
「ほら、ソフィア。さいあく獣を狩ることだってできるのだから」
「ええい。旦那様は静かにしてください」
シャルルは一度だけジャックを伴って狩りに連れ出してくれたことがあった。今思えばシャルルはそのころからこうなる可能性を考えていたのかもしれない。
今のところ狩りをする必要はなさそうだとジャックは保存食の干し肉をかじりながら思った。本来なら着替えや装備が入るべきスペースに食料が所狭しと詰め込まれているからだ。
いざとなれば出会った人と食料で物々交換しよう、と思ったところでジャックは異変に気付いた。
ジャックの懐から精霊が飛び出してきて、目の前で明滅する。
「お前も気づいたか」
茂みの奥からゆっくりとそれらが正体を現す。
ゴブリン。ジャックの胸元ほどの背丈の小鬼だった。それらがジャックを囲むように十数体間合いを確かめながらゆっくりと詰め寄ってくる。
「食料の匂いにつられてきたのか」
モンスター。レオンの見せてくれた図鑑だったり、レイの語る冒険談に出てきたことはあったが、こうして息遣いごと存在を感じたのは初めてだった。
血と泥と乾燥した唾液の匂い。それらが液体のように充満して絡みついてくる。
鋭い目。むき出しの牙。それぞれに手には人間から奪ったと思われるナイフやこん棒。
そしてむき出しの殺意。何の打算も目的もない本能としての殺意。
理解不能な存在という恐怖。訓練で向き合ってくれたレイはもちろん、レオンですら人間であり、目的や理性を感じたた。
だからそれさえ理解すれば、戦う理由ができた。
しかし今はそうではない。ただ理由のない殺意。殺し奪う本能。
知らず体が震えだしていた。
ゴブリンたちはゆっくりと詰め寄ってくる。短く甲高い声を上げ続けている。
動け。動け。動け。心の中で唱える。それで何とか立ち上がることはできた。
一番先頭のゴブリンの足指が見える。
来る。飛び掛かってくる。
動け。ジャックは全身に念じた。
精霊の明滅。
体は心を置いて、ほぼ自動的に動き出した。ジャックの顔面に向けて飛び掛かってきた最初のゴブリンをかわし、その後隙を狙ってきた
もう一匹を蹴りで跳ね飛ばす。
複数同時に飛んでくる。腕にまとうように発動した火炎魔法で跳ね飛ばす。
「・・・・・・動ける!」
体がとたんに軽くなった。
相手は小さいが、結局はヒト型だ。人間と変わらないではないか。
踏み込め、勇気を出せ。
これが第一歩だ。
魔法で跳ね飛ばしたゴブリンたちに逆に突っ込んでいく。ひっくり返ったゴブリンたちに思い切り火の玉をぶつける。
弾ける。モンスターの証である緑色の血があたりに飛び散った。
「やった」
残ったゴブリンたちの鼻息がとたんに荒くなる。仲間を殺された恨みか。
「先に仕掛けてきたのはそっちだからな」
数匹片づけたとはいえ、形勢自体は変わらない。相変わらず敵には囲まれていて、その包囲網から抜け出すことはできない。
しかも火炎魔法というのが相性が悪い。ゴブリンたちを殺すには十分だが、周りの木々を巻き添えにしてしまってはことだ。
森が燃えてしまえば結局自分は助からないだろう。
せめて剣があれば。魔法が発現したばかりのジャックは魔法の形質や状態をうまく制御できない。木を燃やさない魔法を作ること自体はできるが、
発動に時間がかかる。それだけゴブリンの接近を許してしまうのだ。
速度を優先すれば木を燃やしてしまう。
どう考えてもこれだけの数のゴブリンを魔法で倒すことはできない。
知らず、額に汗がしたたる。
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