17.何にせよ、退屈な旅になることはなさそうだ。
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3人がひとしきり話し終わったころには、完全に日が昇っていた。
すでに領民たちが起き始めている時間帯だったため、今回の騒動は一瞬にして領内に知れ渡ることになった。
屋敷の焼け跡にも多くの領民が押しかけた。
そろって不安そうな顔を並べている領民たちにシャルルは優しく語りかけた。
煤と灰にまみれた領主の最後の言葉を領民たちは恭しく受け取った。
「大丈夫だ。この土地は王の預かるところとなった。私がいなくなっても問題ない」
「そんな! 私たちには旦那様が必要です。これからもずっと」
レイと決闘する前にあった八百屋のおかみが叫んだ。
「ならん。連中の狙いは私だ。私がここにいる限り、この街は危険にさらされ続ける」
ジャックの旅立ちは領民たちにばれないようにこっそりと行われた。
屋敷の裏庭から丘を下る緊急用の細道の前にジャックと両親は立っていた。
「さて、ここでお別れだな」
「別れの儀式をしましょうか」
咳払いをしてソフィアが言った。
「汝、その力を神が与えし運命のために使うことを誓いますか」
ジャックが答えた。
「誓います」
「汝、死が訪れるまで神が与えし運命に立ち向かうことを誓いますか」。
ジャックが答えた。
「誓います」
空気が少し引き締まった感じがした。
「これは別れの誓いだ。自分のやるべきことを神に宣誓する代わりに神の加護を得るのだ」
「ジャック、はじめてやったと思うのけど、妙に慣れてるわね」
シャルルが言った。
「あはは、ありがとうございます」
まさか事前に本物に同じことをしてもらったとはいえなかった。
ソフィアがジャックを抱きしめて言った。
「しっかりやるのですよ。生きてさえいれば母はそれでいいのです」
ソフィアは優しい母であったが、抱きしめることは数えるほどだったのでジャックは驚いた。
「こらこら。それでは旅をさせる意味がないではないか」
「もう、母心は複雑なんです」
「ジャック、己が正しいと思うことを存分にやりなさい」
そうしてようやく感情が状況に追いついた。
ジャックの目にゆっくりと涙が浮かぶ。
「父上、母上。僕はやります。必ず2人のもとに噂が届くように、この土地にふさわしい人間になって戻ってきます」
「おうとも。きっとできる。父と母は楽しみにしているぞ。誓いの通り、己の運命に立ち向かい、素晴らしい人間になって帰ってくるがいい」
ソフィアがジャックを離した。このぬくもりを次に感じられるのはいつになるかわからないのだ。ジャックは存分に嚙みしめた。
ジャックの頭に手を置いて、シャルルが言った。
「さて、そろそろ行け。少し遅れて私たちもここを出る」
「行き先がばれないように、かつ出ていったことだけが分かるように、ですね。うふふ」
「そうだ。まずはどこへ行こうか」
「あのきれいな湖のあるところにしましょう」
「それはいい」
両親が2人の世界に入ってしまったのをやれやれと確認して、ジャックは2人に背を向けた。
そうしてたった一人で歩きだす。
丘の裏の道は森の中に溶け込むような儚さがあった。
それでも確実に道は続いている。
これまで一人で街の外に出たことはなかった。
街の外には治安が悪い地域があり、何か事情で城壁の外に出るときは必ず父か護衛を伴った。
それが完全に一人だ。
心細くないと言えばうそになる。それでもこれはまさに自分が思い描いていた状況ではないか。
旅をして名を上げる。
「旅の目的を決めなきゃな」
父はとにかく名を上げること、それ以外に何も言わなかった。
気になっていることはたくさんあった。
ひとつはヴァンドールの家を襲った犯人。犯人はどこかの貴族であることは間違いない。
しかしそこからは何の情報がなく、調査を進めようがない。ひとまず周りの領地を訪ね、探りを入れてみる必要があるのだろう。
もうひとつはマスケット銃の存在だ。あれを流通させたのは間違いなく自分と同じ世界の人間だとジャックは考える。
現在の平民と貴族のパワーバランスを崩す存在。
あれを一体どういう意図でこの世界に生み出したのか。
それを問い詰め、場合によっては止めることが、同じ世界からやってきた自分の宿命であるように感じられた。
何にせよ、退屈な旅になることはなさそうだ。
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