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1.魔法。それは貴種の証

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美しい庭園があった。色とりどりの花が咲き、季節ごとにその色を変える。

適切な感覚で植えられた木々が心地よい木陰を生み、歩くものに癒しを与える。


もちろん、これほど美しい庭園が一般家庭に維持できるはずもない。

莫大な資金力を持つ有力な貴族が己の権勢を国内外に示すために丹念に作り上げ、国内屈指の庭師を呼び寄せ日々管理させているのだ。


今もその職業にしてはあまりにも上等な服に身を包んだ庭師が真剣な目つきで木の枝を一本、また一本と落としている。


シャトーロワール国、グレイヘイブン。同国の国境沿いに存在するそこは、王都から見て辺境の地だというのに莫大な富を有しているのだった。


春の日差しが注ぐ午前のひと時。庭園の片隅、夫人がアフタヌーンティーをたしなむためだけに設けられた屋根付きのカフェテラスの近くに一人の少年が佇んでいる。


金色の髪、貴種の証である赤い瞳。その表情は暗く、額には汗がにじんでいる。


ジャック・ド・ヴァンドーム。この豊かなグレイヘイブンを治めるヴァンドーム家の一人息子。


開かれ、天に向けられた右手。ジャックは左手で手首を握り、ぐっと力を籠める。


「っつううううう」


右手のひらからわずかにマッチより小さな炎が浮かび上がる。先ほどよりゆがむジャックの顔。


「あっ」


しかし、努力むなしく炎はすぐさま消えてしまう。そこからいくら力んでみても手のひらから何かが生まれることはない。


ぐったりとうなだれるジャック。テーブルセットの椅子に座り込む。汗が顎から滴り落ちる。

がんばるのですよと母が手ずから入れてくれた紅茶に口をつける。母はジャックが魔法の練習のために庭へ出るといつもこうして紅茶を淹れてくれる。


魔法。それもまた貴種の証。魔法はこの世界で貴族のみが使うことができるとされている。それは人を治めるという大いなる責任を果たすために神が与えたもうた力。貴族たちの間ではもっぱらそういうことになっている。


それゆえに魔法の強さはその者の高貴なるものの強さ。魔法が強ければ強いほど、そのものは貴族としてより強い立場や威信を手に入れることができる


魔法が弱ければ、まして発動すらしなければ


それは


もう一度立ち上がるジャック。ふらふらとした足取りで歩きだし、ふたたび魔力を生み出そうとする。


「っぐ」


なにか。何かが自分と魔法との間にある分かちがたい関係を邪魔しているという感覚がある。


それはなにか。やはりあれか。自分はまだ魔法を信じられないでいるから。


すると練習など無駄なのかもしれない。だって今の自分は心の底ではできないと思っていることをどうにかしてやってしまおうとしているのだから。


ヴァンドーム家にはジャックのほかに子供はいない。

ならばいずれ自分がこの広大で肥沃なグレイヘイブンを治める日が遠からずやってくるということだ。


保証された未来といえば聞こえがいいが、ようするにそれはいずれやってくるのだ。


その時に魔法が使えない。貴種の貴種たる証を立てられない自分。


民はそんな自分を領主として受け入れるだろうか。雄大なグレイヘイブンにふさわしく、度量の大きく民に慕われている父親のようになれるのだろうか。


もう一度右手に力を込める。


魔法はこの世界に存在する。それはわかりきっている。ジャック自身、父親やその家臣たちが何度も魔法を使っているところを見てきた。


父親の手から生まれた火炎、家臣の一声で炸裂した雷。


今のジャックにはそれらがすべておとぎ話、ファンタジー漫画の世界のものにしか思えない。自分が魔法を使っているところがどうしてもうまくイメージできない。


「いや、まだできることはあるはずだ」


火炎魔法。暖炉で燃える力強い炎をイメージする。


ジャックの手のひらからふたたび炎が生まれる。

それでもそれはマッチのそれよりも小さく、再び消えてしまう。


「くそ」


ジャックは勢いよくテーブルセットの屋根を支える柱を右こぶしで殴りつける。

一本の木からそのまま切りだしたそれからは鈍く低い、もはや単なる振動のような音がして、それが静かな庭にこだました。


そのあとゆっくりと柱が倒れていく。当然テーブルセットの上には思い切り屋根が覆いかぶさって、目の覆いたくなるような光景があたりに広まった。


「あ、またやっちゃった」


庭からつながる廊下の奥から足音がする。あちゃ~と額に手を当てるジャック。


奥から現れたのは執事服姿の男だった。

レオンという初老に差し掛かったその執事はジャックの小さなころからの教育係だった。


「ぼっちゃま」


「ああ。うん」


「またやりましたね」


詰め寄ってくるレオン。思わず目をそらすジャック。


「こちらのカフェテラスの柱はただの木材ではないのですよ」


「知ってるよ。何回も聞いた」


「だったら」


「ごめん。グレイヘイブンのどこか山奥にある厳選された木なんでしょ」


「まず見つけるのも困難なのです。それをぼっちゃまはまるで薪割りみたいにぱきぱきと」


「本当にすごい木なの?毎度毎度俺がちょっと殴っただけで簡単に折れすぎじゃない」


「ぼっちゃまが強すぎるだけです! まったく魔法はからっきしだというのに」


「・・・・・・」


「申し訳ございません。出過ぎたことを」


「いや、いいんだ。本当のことだ」


「ご夕食の時間です。すでに旦那さんと奥様がお待ちですよ」


2人はゆっくりと庭を出て廊下を歩きだす。

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