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第八話 人生

「あ、あ、あ、あ……」


「あの、どうかされましたか?」


「あ、いや、その、じょ、女性に慣れていなくて……」


「あ、すみませんいつまでも」


 手を離されてしまった。

 柔らかかった……

 悪漢共が思わず襲ってしまうのも、無理はない、その女性は、美しかった。

 知識としてしか知らないが、理想的な体系を体現しており、美しく光る髪、大きな瞳、すっと通った鼻筋ぷっくりした唇、全てが芸術的なバランスで成り立っている。

 こうして見つめているだけでも、心が身体がどうにかなってしまいそうになるので、踵を返してご老人を助けに行く。


「大丈夫ですか?」


「爺やっ!」


「うう、お嬢様……申し訳ありません……危険な目に。おお、ありがとうございました。お嬢様をお救いいただいて!」


「落ち着いてください。なんとか大丈夫そうですね。でも骨は折れてますね。

 えっと、少し待っていてください」


 女性でテンパった後だからか、とても流暢に話せた。よくやった俺。


 それから荷車まで戻って荷物を回収する。骨折部位は添え木をして蔦で固定する。

 荷物を整理して人が座れる場所を作る。


「これは貴方様が作られたのですか?」


「ええ、適当に便利だろうからと」


「こ、このような精巧な荷車をご自身で……」


 ご老人を抱え、そこに座らせる。


「ありがとうございます。申し訳ありません。名乗るのが遅れてしまいました。私はジフ。そして……」


「助けていただきありがとうございました。私メルティと申します」


「助けられて良かった。その……実は、俺、いや、私は、記憶がどうにも無くて、自分の名前もわからないんだ。それに気がついたら裸一貫で草原で寝ていて、なんとかここまでやってきてようやく人に会えたんだ」


「見事な剣技に、あれほどの工作技術、どこぞの名のある鍛冶師かなにかなのでしょうか?」


「すまない、本当にわからなくて……ただ、失礼だがメルティさん、貴方とはどこかで出会ったことは在るか?」


「……いえ、申し訳ありませんが初めてお会いするかと、貴方様ほどの恵体の方は見たことがありません……」


「ところで、この車、引く動物が見当たらないのですが……?」


「ああ、俺が引く」


「い、いけません! 大恩ある方に私なぞを引かせるなど」


「そのままでは移動も大変だし、俺もできれば人のいるところに行きたい。気にしないで欲しい」


「も、申し訳ございません」


「すみません、爺やに変わって深く御礼申し上げます」


 深々と頭を下げると、暴力的な物がちらっと見えて慌てて空を見てごまかした。


「気にしないでくれ、少し揺れるかもしれないが我慢してくれ、あの二人は適当に縛り上げて道に置いておけばいいだろう」


 襲っていた二人組は適当に縛って放置しておく。


「このあたりも野盗など物騒になっていたのに、やはり護衛を……」


「もう、そんなお金なかったんだから仕方がないじゃない。

 ちゃんと要件も隣町に届けられたし、こうして無事に村に戻れそうだし。

 私達は幸運よ爺や」


「俺も、見知らぬ地で信用を得られそうで良かった。では、行くぞ」


 人を乗せたことで少し重量を感じるが、さほどではない。軽々と車を引いて歩き始める。


「す、凄いですね……鍛えられているんですね」


「長い事戦いに明け暮れていた。なんならメルティさんも乗って構わないぞ」


 隣を歩かれると、なんとも、気恥ずかしい……ついついチラチラと見てしまう。


「いえいえ、流石にソコまでしてもらうわけには行きません。

 お礼も逃げる途中に荷物を失ってしまい。でも、村についたら必ず!」


「気にしないでくれ、俺が不審者じゃないって口添えしてくれれば構わん」


 照れ隠しで、口調が固くなってしまう。感じ悪いと思われないだろうか……?


「今どき……珍しいですね、無欲と言うか……」


「弱気を助け、強気をくじく。お嬢様に読み聞かせた物語の御仁のような方ですな。

 この爺、感動で胸が一杯であります! イタタタ……」


「大丈夫か? もう少し速度を落とすか……?

 ああ、そうだ。ちょっとまってくれ」


 ゆっくりと車を停めて荷物を漁る。目的の薬草を取り出す。

 

「この草を口の中で噛み潰すといい、草は飲み込まないようにな、ある程度崩したら吐き出すといい、痛みが落ち着くから」


「こ、これは貴方様は医学にも通じていらっしゃるのですか?」


「少し知識があるだけだ」


「なるほど、ふむふむ、ぐ、苦い……いや、でも、これは……なるほど、確かに痛みが遠のいた気がします」


「そうか、楽になったのなら良かった。出発しよう」


「ありがとうございます」


「剣に医学、もしかして貴族様……? でも、貴族様が手習いの職人のようなことするかしら……?」


「少なくとも貴族ではない、親もいない。それは解っている」


「す、すみません、余計な詮索を」


「気にしなくていい、あと、俺にへりくだる必要もない。

 というか、気になったのだが、お二人こそ貴族か何かか?

 言葉遣いが非常に丁寧だし、しかも、使い慣れている。

 俺の知識が正しければ、普通の村人が話す言葉はもっと粗雑なものだと思うが……」


「そ、それは……」


「お嬢様、相談してみては、このような御仁と知り合えたのは創造神ケイウス様のお導き」


「ケイ……ウス……その響きには聞きなじみが……」


「ここはヒューリマン国から近いですから、ケイウス教の教えを聞くことも多いでしょうから」


「なるほど。そうなのだろうな」


「そうだ! もしお名前を思い出せないのであれば仮の名前があったほうが便利でしょう!

 貴方様にピッタリの名前があります!」


「俺に、ぴったりの?」


「はい……アレス。その由来はケイオス様の使いとして太古の昔人類を魔物から救った勇者のお名前です! 貴方様にぴったりだと思います!」


「アレス……なるほど、いい響きだ。しかし、そんなたいそうな勇者の名を名乗っていいものか?」


「問題ありません、正直、結構ありふれた名前なので」


「ふむ、ありがとう。では、今から俺はアレスと名乗らせてもらおう」


 今、俺の人生に名がついた。

 アレスの人生。

 それがどんな物になるのか、今の俺にはわからないが、強く思うことがある。

 アレスの人生を、楽しく満たされたものにしなければいけない、と。


「世界を救った勇者アレス様が、救国の英雄となってくださいますようにケイオス様、この老体の命を捧げても構いません。どうか姫様に幸運を……」


 静かにささやくジフの声は、俺の耳には届いてはいなかった……




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