ぼくはただ普通に成りたい
父が死んだ
だからもういいと思った
上手に生きることができないから
みんなの言う普通がわからないから
この灰色な世界で生きる意味なんてわからないから
ぼくがいなくなって迷惑がかかる人ももういないから
だから今日でさようならだ
どうか神様
願わくば
もう二度と――――――
「産まれたくないってお願いは叶わなかったかぁ」
6歳の誕生日。前世の自分を夢に見た。
走馬灯のように、産まれてから死ぬまで。
天気が良くて暑い日だったから、海で死ぬのがいいなと思って。
人がほとんど来ない海に調べて行って、そのまま崖から飛び降りた。
あまりにも短絡的だけど、後悔はしていない。
終わりの日も、終わり方も、自分で選んでその通りにできたのだから。
前世のぼくにとっては、1番幸いなことだったから。
「ただ溺死。めちゃくちゃ苦しかった。今世はやめとこう」
そもそも今世は寿命を全うするつもりだ。
だって今のところはとってもいい感じなのだ。
王侯貴族が牛耳る国の、可もなく不可もないTHE平民。
ものすごい贅沢はできないけれど、食うに困ることもない。
小さな庭付きの一軒家で持ち家だから、住むにも困らない。
真面目に働く両親がコツコツぼくのために貯金もしてくれている。
近所の同じような家の子たちとはふつうに仲良くふつうに遊ぶ。
変わり者だと言われたことも、爪弾きにあったこともない。
今世は上手にふつうを生きられている。
「おはようアレク。せっかくのお誕生日なのに今日は少しお寝坊さんね」
「おはよう。ちょっと長くて嫌な夢見てたんだ。誕生日なのに台無しだよ」
一階に降りると、おかあさんがすっかり朝ご飯の支度を終えてしまっていた。
いつもはもう少し早く起きてお手伝いするんだけど、今日はお誕生日だし許してほしい。
「もう今日の悪いことを済ませてしまったんだ。あとは楽しいだけだよ。だから早く顔を洗っておいで。父さんお腹すいたよ」
「ご、ごめんっ! すぐっすぐだから!!!」
とっくに席についていたおとうさんが、お腹をおさえて大げさにしょんぼりした顔をしてみせる。
あまりのわざとらしさに、思わず吹き出しながら洗面所へこもった。
「あーさいこうっ」
洗面所で鏡を見ると、改めて幸せでいっぱいになる。
優しい両親はよくいる茶髪に茶色の目。
容姿だってごくごく平凡。
二人の子どものぼくもそう。
前世のぼくが見たらきっと嫉妬しちゃうくらい理想通り。
特別なものはなにもない。だけど周りのみんなと馴染むことができる。
前世でそれは、なにより難しかった。
何をとっても平凡なまま生涯を老衰で終える。
前世では叶わなかった。今世は叶うことを願ってる。
ところでこの国では6歳になった時、特別な催しがある。
身分関係なく登城し、国王が司祭となって儀式を行う、らしい。
詳しいことは大人は教えてくれない上、書かれた本は6歳未満は閲覧禁止だった。
あんまり隠されるから近所の国営図書館でこっそり読もうもしたことがあったけど、絶対にバレては叱られた。
「ねえ、まだ教えてくれないの?」
送迎のシャトルバスの中で、女の子が父親らしい男に問いかける。
「国王様からお話を聞くまで、誰も教えちゃいけない決まりなんだよ」
「ええぇっなんでなんでなんでなんで!」
「なんででも! 教えちゃったらパパ、えらーい人たちに怒られちゃうからね」
他の人に迷惑だから大人しくしなさいと母親らしき女に叱られると、不満げに口をとがらせて足をばたつかせつつも、口を閉じた。
どうしてここまで厳重なんだろう。
箝口令を強いたところで、人の口に戸は立てられないものなのに。
ぼくが情弱なわけではなく、噂としてですら6歳未満の子供に情報を与えないようになっているみたいだ。
何とも言えない不安が過ったけど、きっと大丈夫だよね……。
「名は?」
「アレク・サン…です」
王様に問われ、緊張しながら答えた。
今日儀式を受ける子どもは10人いて、ぼくが1番最後だった。順番が来るまで控室で待機させられたから儀式の内容はまだ知らない。
「ではアレク・サン。この壁にある窪みに手を合わせろ」
示された壁には大きな手形のような凹みが2つあり、その周りをこの国のものではない文字のような絵のようなものが円形状にびっしりと彫られていた。
異様な雰囲気に気圧されながらもら言われたとおりに手を添える。
「これから行うのは、お前が何者かを確認する儀式だ」
「儀式がはじまったら我が「儀式は完了した」と告げるまでそのままでいろ」
「……はい」
「これより儀式を執り行う!」
王様が高らかに宣言すると、暖かい風が吹き抜けた。
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王様の口から言葉として認識できない何かが紡がれると、手のひらが暖かくなり、次第に身体中を廻る。
それが全身へ満ちると、今度は少しずつ自分が変容していく感覚を覚えた。
思考が嫌にクリアになった。
身体能力が異様に向上した感覚がある。
今まで持ってなかったこの暖かい何かが、魔力なのだと理解した。
そしてあからさまに、毛先から髪の色が変わっていくのが見えていた。
「これにて儀式は完了した! アレク・サンであった子は、王族として選ばれた!」
自分が組み替えられていく感覚が止まり、脳内に新な名前が過ったと同時に、王様が告げた。
「ご苦労だった。レオン・セーズ、アンナ・キャラント。前の2人といい、お前たちの育てる子はいつも優秀だ」
「恐れ入ります」
「次の子を育てる気があるのであれば好きに選ぶと良い」
「光栄です! 必ずやまたお国の子を大切に育ませていただきます!」
両親はもうぼくの方を見向きもしないで、案内役の騎士に連れられ儀式場から退出した。
呼び止めたくて堪らなかったけれど、できなかった。
意味がない、と、理解してしまっていたから。
「ぼくが王族ってなんですか…? ぼくって一体何なんですか?」
何とか声を絞り出して王様に問う。
すると王様は「本当はもう理解しているのだろう?」と笑った。
「お前はこれまでアレクシリーズの100番だった」
「あれく……シリーズ……?」
「そうだ。お前がその100体目」
シリーズとはなんだ。まるで人に、ラベリングでもしているようではないか。
「初代の王の名を知っているか?」
「アラン・シュバリエ」
建国物語にでてくる名前だ。小さな子どもですら皆知っている。
「我は6歳まで、アラン・ミルだった」
「アランシリーズの記念すべき1000体目だよ」
「え」
「お前と同じように儀式で王族と成りアレクという名を授かった」
あまりにも突飛だ。
まるで出来の悪い喜劇でも見ているようで言葉を失う。
だけどこの、無駄に出来が良くなってしまった頭は、これを真実として理解してしまっている。
「王族は世襲制ではないが、ふむ、我の直系の子が王子とは感慨深いものがあるな」
「いや、いやいやいや。全っ然意味がわからないです! ぼくが王族ってなにかの間違いでは!?」
それでも、理解してしまっていようとなお。悪あがきだと解っていようとも、否定の言葉は止まらない。
「お前は儀式で選ばれた。髪と瞳がその証だ」
「この国に、この土地に、選ばれた者のみが。非凡たる知能を、非凡たる技能を、非凡たる魔力を、非凡たる容姿を与えられる」
「そして、黒の髪に黒の瞳は、すべての才を与えられた王族たる証」
肩に手を添えられ、壁に埋め込まれた鏡の方を向かされた。
そこに写ってるのは黒い髪と瞳の王様と、同じ色を宿した、ぼく。
「そ、それは、国民すべてが知ってるんですか…?」
「いいや。愛すべき凡夫たる平民たちには理解できぬよ」
最早ぼくの方を見向きもしないで、淡々と続ける。
「他に貴族の子を2人育てたお前の養父母も、儀式で子が王族か貴族か平民かが判明する、としか理解はできていまい」
「あれらは子がどのように出来るのかも知らぬからなあ」
「この国の民は皆、歴々の王侯貴族の種と卵により造られ、時が満ちるまで機械により育まれている。その事実を理解できるのは、王侯貴族のみ」
「お前の養父母どももお前の育児を終え満足はしても、悲壮な感情は抱きすらしないさ」
でも、それなら、
「もし、もしぼくが儀式で覚醒しなければ、おとうさんとおかあさんと、まだ一緒にいられた…?」
「そうさな。平民の子はそのまま養父母から家業を引き継ぐのが常だ」
ああ、なんということだ。
この儀式は、ぼくの望みをすり潰すものだったのだ。
絶望。ただそれだけが脳内を黒く塗りつぶす。
「死にたいか? 無駄だ。わかるだろう? 自死など赦されないことが」
「腹を刺そうとも、首を掻き切ろうとも、お前の魔力が即座に修復する」
わかる。わかるさ。
これはぼくを堕とす儀式だった。
「わかるだろう。ここは、お前にとっての地獄だよ」
ああ、この人は、何故こんなにも、
「わかるさ、俺もそうだったからな。」
昏く、昏く、王様は微笑んだ。