挿入話 誰かと誰かのお話
ここはちょっと深い森の中。
迷いやすいとかそんな迷信もないところだけれど、子ども一人では危険なところ。さほど強くはないけれど、魔物だって出る。
そんな森を、一人でさくさくと歩く少女が一人。
「ふぅ。やっと着いた。クロ~、どこにいるの?」
少女は、小さな祠の前でキョロキョロしながら少し大きな声を出す。
『ここにいるよ。ごめん、ちょっと失敗したけど、聖女様は目覚めたでしょ?』
妖精なのだろうか、黒い子犬が少女の足元に現れる。ふわふわで、ポメラニアンのようにクリクリとした紫の瞳だ。
「うん!ありがとう、クロ。あなた本当に妖精さんなのね。これできっと、勇者様と聖女様のお話が始まるわ!」
少女は子犬を抱き上げながら、うっとりしている。
『ふぅ~ん、変なの。勇者を自分のものにはしたくないの?』
「いいの!モブはしっかり傍観者で楽しむの」
『ふぅん』
クロはさらに不思議そうに首をこてんと傾けたが、それ以上は聞かなかった。
「それよりクロ、あなた魔王様って言われてるわよ?大丈夫なの?妖精さんなんでしょう?怒られないの?」
『大丈夫~、王様は心が広いから』
刹那、子犬らしからぬ顔をしたクロだが、少女は全く気づかずに「そう?ならよかった」と笑顔だ。
「でも、妖精さんてすごいのね!壊れたアーティファクトにあんな魔法を組み込めて。私のネックレスにも魔物避けを付与してくれたから、いつでも森に入れるし。
騒ぎになりすぎて心配したけど、本当に私があげたことを忘れてくれたし」
少女が興奮気味に話すのを、クロはどこか冷めたように見ている…ように見える。
「あの時、あなたを見つけて追いかけてきて良かった!魔力も増えたから、王立学園に入学できそうなの。近くで二人を見られるなんて」
『そうだ、そういえば。今生は勇者は聖女とくっつかないかもよ?』
「……え?」
先ほどまで華やいだ笑顔ではしゃいでいた少女の表現がスン、と消えた。子犬は、ふっ、と嗤ったように見える。
『王子様はリリアンナがいいみたいだよ?』
「……リリアンナ?悪役令嬢なのに、まだ出張ってるの?は?……まさか、彼女も?あり得るわね……」
ブツブツと考えてつい腕に力が入り、子犬はぎゅっと強く抱きしめられた。
『ちょ、苦しいよ』
「あ、ごめんね」
慌てて謝る少女に、子犬は『いいけどさ』と嗤って、そして愉しそうに問うた。
『……ねぇ、だとしたら、どうするの?』
囁くような、痺れるような甘い声だ。
「……決まってるじゃない。物語は正しく戻さないと。悪役には消えてもらうわ」
『そうだよね、それが正しいと思うよ。ただそうだね、今回ちょっと力を使いすぎたから、また集めないと』
「ふふ、任せて」
『次はゆっくり……そうだな、君がそばで見られる学園に入った頃までにどう?』
子犬が、当然のように提案し。
「いいわね、それ」
と、少女が心から楽しそうに、期待の眼差しで子犬を見て微笑む。
周りに人はいないけれど、誰かが見ていたら愛らしい少女と愛らしい子犬の、微笑ましい光景に見えるだろう。
けれど、これは一人と一匹の、人には言えない内緒話だ。




