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8.お母様の初恋

お母様の視線に、緊張を隠せないお父様。

冷や汗が見えるようだ。


「まず……わたくしは、旦那様をお慕いしておりますわ。……それこそ、婚約者になる前から」

「前、から……?」


お父様が驚いた顔をする。私もそれは知らなかった。


「憧れでした。旦那様とシンシア様のお二人は……お二人ともとても美しくて華があって、何より仲睦まじくて……社交界でも皆の羨望の的でした」

「そ、そうだったのか?」

「そうですよ。もう、どうして男性って、そういうことに鈍くいらっしゃるのかしら」


お母様がクスクスと笑いながら、お父様を見る。お父様といえば、普段より柔らかい表情のお母様にかなり見とれているようで、何とも表現しにくい顔をしている。


「わたしが初めてのお茶会に参加した時に、旦那様に助けていただいたのですよ。シンシア様にも」

「母にも?」


今まで空気に徹していたマリーアが、自分の母の名に思わずと言った風に声を上げ、慌てて頭を下げる。


「すみません、あの、驚いてしまって」

「いいのよ。貴女のお母様……シンシア様は、子爵家とはいえ昔からの由緒あるお家柄。皆のお手本のような淑女でした」

「母が……」

「そうよ。誇りに思いなさいね、マリー」

「つっ、はい!ありがとうございます、お義母様」


お母様は穏やかだ。何か、全て吹っ切れたような余裕さえ感じる。


何でも、お母様が初めて参加した子ども同士のお茶会で、どこぞのボンクラ令息がしつこく話しかけてきてとても困ったのだが、そのボンクラが侯爵令嬢の入婿候補だったらしく、令嬢から嫌がらせを受けたらしい。その日のお茶会では、その侯爵令嬢が最上位だったこともあり、周りの子どもたちも気まずそうにしていたそうだ。

聞こえる様に嫌みを言われ、居たたまれなくなって場所を移動しようとしたら、あるあるの足を引っ掛けられたらしい。そこに。


『おっと。大丈夫かい?小さな可愛いレディ』


と、イケメン笑顔全開オーラで支えてくれたのがお父様だったと。当時8歳のお母様は、3つ上のカッコいいお兄様に一目惚れをしたらしい。うん、そのシチュエーションだと、初恋あるあるよね。子どもの頃の3歳差って大きいもの。


そして、お父様は更にそのご令嬢をやんわりと諫めてくれたそうだ。


『エリザベート、楽しいのも分かるけど、侯爵令嬢らしく皆の見本にならなくてはね?はしゃぎすぎて失敗をすると、お家の迷惑にもなるからね。きちんと周りを見ないと』

『……はい。申し訳ございません……』


同じ侯爵家で、従兄弟で憧れでもあるお父様に遠回しでもそう言われては、ご令嬢も俯くしかなく。それはそれで微妙な空気感だったのを変えてくれたのがシンシア様だった。


『もう、アルったら、お兄ちゃんぶって。エリザベート様がしっかりと侯爵ご令嬢なのは、わたくしが存じ上げております。今日は、少し楽しすぎたのよね。エリザベート様、うるさいでしょうけれど、心配性の従兄弟のお小言と思ってお許し下さいね。そうだわ、また侯爵家のマナーの御指南をお願いできるかしら?』

『……シンシアお姉さま。はい、喜んで。あの、エール伯爵令嬢……失礼致しましたわ』


そう言ってシンシア様がご令嬢を連れ出してくれ、場の雰囲気はホッと収まったらしい。


『ごめんね、エール伯爵令嬢。あ、僕はサバンズ侯爵家のアルバートです。エリザベートは従姉妹で……悪い子ではないんだけれど、どうにも負けず嫌いでね。今日も気をつけていたんだけど……そもそも、あのご子息にも困ったものだけど』

『いえ、あの、ありがとうございました』


お母様は慌てて頭を下げて、そして気付く。この人がサバンズ侯爵令息であるならば、先ほどの女性は彼の婚約者の……


『シンシアにも助けられたな。エリザベートも彼女の言うことは聞くんだ』


ちょっと得意気な、誇らしげな優しい微笑みを見たお母様は気付いた。

そうだ、8歳の自分でも何度も聞いた。幼馴染みで仲睦まじい婚約者同士のお話。みんなの憧れで、あんな婚約者様ができたら素敵ね、と言っていて。


お母様は初恋と同時に失恋をした訳だ。


「旦那様は、覚えていらっしゃらないことかもしれませんが」

「いや、覚えているよ。あの時はエリザベートが失礼をしたね。そうだ、そうだね……そんな事があった……今となっては彼女もその令息を叩き直して婿に取り、立派な侯爵で……君も、そのようなことがあったと思えぬほど、とても上手く付き合ってくれていて……」


この国は、女性でも爵位の継承ができる。例のご令嬢も立派な侯爵様になられたらしい。ん?あ!エリザベート様って、エリおばさまか!確かに、今はそんなことがなかったかのように、お母様と仲良しだ。へー、おばさまもそんな時代があったのかー。ちょっと親近感。


「ただの初恋だと……すぐに忘れると、子どもながらに思っていたのですけれど。社交界で見かける度に目で追ってしまって……シンシア様との仲の良さにも、ますます憧れて、惹かれて……」

「ジョセフィーヌ……」


お父様がカトラリーを置いて、お母様の手をそっと握る。お母様もそっと握り返す。


「エール伯爵家は兄がおりますから、わたくしは利のある貴族家に嫁いで役目を果たすことは理解しておりました。でも……どうしても気持ちの整理がつかなくて、父に我が儘を申したのです。旦那様とシンシア様が正式にご結婚されるまで、わたくしの婚約は待って欲しいと。

そうしたら、まさか、あんなことに……。しかも、わたくしが婚約者となるなんて……わたくしが、願ってしまったようで、申し訳なくて」


お母様は涙を堪えるような顔をして、お父様にそう告げる。お父様は優しく首を振った。


「ジョセフィーヌ、君のせいでは」

「ええ、頭では分かっているのです。けれど……」


恋する乙女は複雑だ。二人がお似合いだ、想い合っていて、誰も踏み込めないとか思っていたって、もしかしたら、と考えてしまう瞬間だってあるものだ。隣に自分が立てたなら、って、想像だってしてしまうこともあるだろう。

それは、仕方ない。良い悪いじゃなくて、仕方ないよ、お母様。


……それで、相手を物理的に攻撃したり、呪おうとかしちゃダメなんだけどさ。


「……ですから、あのとき……」


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