挿入話 マリーア=サバンズ 5
「リリー!!」
目の前が、真っ暗になった。
私の、リリーが。大事な、大事な妹が。
あんな、大きな爪に弾かれて。
怖がっていたくせに、私なんかを、庇って。
出血は見られなかった。きっと、ルシーの加護のお陰だろう。でも、あの小さな身体が、大きく飛ばされた。
ーーー思考が追い付かず、身体が固まってしまって動けなかった。咄嗟にフィスがリリーを抱き留めてくれた。今回のことに関しては、フィスに感謝するわ。
イデアも急いで走ってくれている。カチャカチャと青い顔をしながらも、バッグからポーションを出してくれて。
テンダーは魔物が近寄らないように防いでいてくれて。
私は、何をしているの。
……私は私が赦せない。
リリーを喪う恐怖。
それに比べたら、今までの嫉妬も焦りも全てなんでもないことでしかなくて。
寧ろ、そんなことを考えて時間を潰していた自分が腹立たしい。
今日のエレナ様を見ていて、痛感した。
あの家のあの出来事は、リリーがリリーでなければ、我が家でも起こり得た出来事だ。
お父様はあんな贔屓はしないだろうけれど、拗れた感情がどうなるかなんて分からない。それを、するっと解いてくれた。
私にとっては、リリーこそが聖女で。
表向きに私がそう扱われることに、勝手に罪悪感と焦りを感じて、自分で自分を振り回していた。
でも、そうじゃない。重要なのは、きっとそこではない。
私は、私の大切な人たちを守りたい。
リリーを。お父様をお母様を。そして生まれてくる弟か妹を。
……そして、友人を。
「わたくしごと、魔王をお斬りください」
こんなこと言わせて。
何してるのよ、私。
魔王を封印できるのは、聖女だけだと言われている。
封印?生ぬるい。もう、存在を消し去りたいくらいに腸が煮えくり返っている。
こんな感情を聖女は持ってはいけないのだろうが、構うものか。
私から、大事なものを奪うなんて、許さない。
許せないのに、力が、足りない。
手が届かないのは、悔しくて悲しい。そうだね、エレナ様。悔しくて悲しいよね。
それを乗り越えての、言葉。
いろいろな感情が、心の中で渦を巻く。
そして、そこから一筋の光が通る。
そうだね、誰にもどこかに聖女の心はある。
それを掬いとることも、きっと私の役目。
気づくと、勝手に涙がぽろぽろぽろぽろと流れていた。
ああ、私、泣きたかったんだ。
エレナ様も、泣きながら微笑んでいる。なんて、綺麗。
エレナ様に近づいて、指で涙を拭いて、微笑み返す。
「あなただけのせいじゃない。まだきっと、間に合うの。一緒に、やり直しましょう?」
エレナ様は大きく目を見開いて、更に大粒の涙が溢れ出した。
そんな彼女をぎゅっと強く抱きしめる。
「エレナ様を返してもらうわ。……浄化」
今までとは違う、お腹の底から光が溢れ出る感覚。温かくて、心地いい。
その光はエレナ様の身体を包み込み、更に周りに光の粒が舞い降りる。キラキラ、キラキラ。
エレナ様を薄く包んでいた黒い霧も、だんだんと溶けていく。
『……くっ、聖女、がっ、目覚めた…か…それ、も運め……か……ま、た……』
最後の残滓が一瞬空中に留まり、そう呟いて消えた。
そうね、きっとまた会うしかないのでしょう。それでも今の私より強い私が相手をするから。
負けないわ。引き摺られないわ、負の感情に。
落ち込んでも陥っても、絶対に戻って来るから。
「首を洗って待っているといいわ」
私は空を見上げて言った。
「それ、悪役のセリフじゃないか?聖女様」
すかさずフィスにツッコまれた。
「うるさいわね。散々振り回されたんだから、それくらい思うでしょ。ね?エレナ様も思うわよね?」
エレナ様を抱きしめた腕を緩めて、肩を抱いて笑顔で顔を見て言うと、少し強ばった笑顔で「え、ええ」と返された。なぜ強ばる。
フィスはくつくつと笑いながら「違いない」と言って、テンダーも「そうだな!」と一緒に笑う。イデアは苦笑気味だった。
光の粒はまだ一面を埋め尽くしていて、いつの間にか魔物も全て消えていた。歪んでいた空もいつもの青さを取り戻している。
その光の粒たちから、ひらひらと妖精さんが現れた。
『マリー!やっと会えた~!』
『待ってたよ、おめでとう』
『わーい、わーい!かわいいマリー!』
『つよくてこわいのもすき~!』
ちょっと聞き捨てならない声も聞こえたけど、この子たちは。
「光の、妖精さん…?」
『そうだよ、そうそう!』
『マリーが真実の愛に気づいたからから!』
『そうそう!』
「真実の愛」か。不確定な要素な感じもするけれど、きっとそれはそれでいいのかもしれない。
私は、私がきっと守り抜くんだと心に決めたのだから。
「あれ、姉さま……?」
光の粒に包まれて、私の天使も目を覚ます。
素早くフィスの腕から天使を取り返し、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、リリー。私のせいで」
「ちがうよ!そもそも私がぼんやりしてたからだよ!」
「ううん、そんなことない。ありがとうね、リリー。どこか痛くない?大丈夫?」
「全然!わっ、凄い光!ん?妖精さん?あれ?姉さま?光の妖精さん?魔王は?あっ、エレナ様!」
うふふ、混乱していてもリリーはいつでも天使だわ~。かわいいかわいい×1000。この子が妹なんて、素敵な奇跡をありがとうございます、女神様。
「エレナ嬢は無事だ。魔王の残滓もマリーが綺麗に消してくれた。聖女に覚醒したみたいだぞ」
ちょっと油断した隙に、フィスがリリーの頭を撫でながら甘い笑顔で説明をし始めた。…今日は助けてもらったし、大目に見てあげる。
「……皆様、本日は……いえ、長い間、ご迷惑をお掛け致しました。リリアンナ様がご無事で、本当に良かった…!」
エレナ様が真摯に頭を下げる。
「顔を上げて下さい、エレナ様!エレナ様もご無事で本当に良かったです!!これから、もっと仲良くしてくれたら嬉しいです!」
屈託のない天使の笑顔。
フィスもテンダーもイデアも、笑顔で頷く。
「……仲良く、して、頂けるのですか?」
「?もちろんです!あ、あれ?!エレナ様が嫌ですか?」
「そっ、そんなことがあろうはずもございません!」
「良かった!じゃあこれからはリリーでよろしくお願いします!」
驚きと喜びで、頰を少し染めて泣き笑いのエレナ様。この儚さよ。これはこれで尊い。
「わたしもマリーでよろしくね?エレナ」
光の妖精さんたちが祝福してくれるように、歌いながら私たちの周りをくるくると飛び回る。
これからも、この景色を守るために。
私の決意は、もう揺るがない。




