19.謝罪、と
殿下が謝りたいとな?---いや、何を?私、何かされたっけ?
どちらかというと、私の方がいろいろ自由にぶっ放していたような……。
「何を、でしょうか?わたくし思い当たることがございませんが」
一同がシンとなる。だから重いて。だからだから、何なのよ~!
その沈黙が十数秒は続いただろうか。マリーアが呆れたように諦めたように、若干のため息を交えて口を開いた。うん、ちょっと不敬だと思うが、誰も突っ込まないからいいのか……?
「リリー。あなた、さっき殿下たちの違和感が……とか言っていたわよね?あれはどういうこと?」
あ、覚えてたか。ごまかすべき?と一瞬よぎったけれど、皆の顔が更に真剣になったのが見て取れたので、素直に話すことにする。
「あの、お茶会の日にですね、ヒンター様の笑顔がうさ……コホン、妙に違和感を感じまして。表現するのが難しいのですが……。殿下にも同じように感じまして。すみません、失礼ですよね」
本当に「なんとなく」感じただけたので、口で表すのは難しい。「胡散臭い」が一番しっくりくるのだが、さすがに直接言ったらダメなやつよね。
「へぇ。リリアンナ嬢もそんなことが分かるんだ。すごい姉妹だね?フィス?」
ヒンター様に急に褒められた。横のマリーアに視線を向けると、心なしかどや顔しているようにも見える。
殿下は殿下で心なしか肩がしゅんと落ちたような感じだ。マークス様はもはや安定の困り顔。
「……そうだな、さすがの魔力量というべきなのか……。リリアンナ嬢、君が感じた違和感は正解だよ」
殿下が諦めたように話し出す。正解、とは……?
「あの日、色替えの魔法でわたしとヒンターは入れ替わっていたんだ。元々顔立ちも似ているから、色を入れ替えて少し認識を変えるだけで誤魔化せる。すまない。わる……」
「なるほど!だからこその違和感だったのですね!スッキリしました。何だ~、変な呪いとか掛けられてとかじゃなくて良かった~!王宮だから、よほどのことはないとは思っていたのですが。安心しました!」
実はちょっと気になっていたのだ。良かった、大袈裟なことじゃなくて。子どものイタズラかあ。
と、私が一人納得していると、皆が驚いたような顔でこちらを見ていた。
「あ、あれ?何かダメでした?」
「……リリアンナ嬢は、怒らないのか?その、わたしが結果的に皆を騙したようなもので……」
ああ!そこね。確かに不快じゃないかと言われれば、騙されて試されているようで、いい気持ちはしない。
「それは確かにそうなのですが。……色変えの魔法って、殿下が使えるのですか?」
「あ、ああ。少し前に覚えてね。どれ程の精度か試したくなったのと、自身を偽れば皆の本音も見ることができると安易に考えたのだ。軽率だったと反省している」
だよねー、若気の至りだよねー!覚えた魔法は使いたくなるよね!分かるよ。もちろん、褒められたもんじゃないけれど、まだ12歳。この世界は大人になるのが早いけれど、それでもまだまだ12歳。一度や二度はやらかすもんだよ。
「えっ、すごい。それは使いたくなる」
「えっ?」
「リリー?何を言ってるの?あなた騙されたのよ?」
「そうなんですけれど。あっ、もしかしてお姉さまは気づいていたのですか?」
「……ええ。でもあの場で騒ぎ立てる訳にもいかないし、勝手に周りに伝えるのもどうかと思って言えなかったの。ごめんなさいね、リリー」
だからあの態度か。バレた殿下方がマリーアの不敬ギリギリを咎めなかったはずだよ……。でも、さすがのマリーア!やっぱり聖女候補だよねっ。
「いえ!当然です。でも、さすがお姉さまですね!お姉さまも天才じゃないですか?やっぱり聖魔法でですかね?わ~、すごいなあ」
「え?あ、ありがとう?リリー。でもそこじゃなくて、リリーが……皆が騙されたのが、わたくしは」
この様子だと、うちのお姉さまかなり殿下に物申したのかしら……。うん、そんな気がしてならない。国外脱出の話だって、結構な脅しだったよね。私を心配してくれたんだ。確かにリリーがただのリリーなら、騙されたのは不安になるだろう。
けれど私は人生二度目のようなもの。
思春期の男の子なんてね、こんなもんです。調子に乗せ過ぎてもダメだろうけれど、謝れてるし。
「お姉さま、ご心配ありがとうございます。でも、わたくしは怒りませんよ?魔法を使いたくなるのも分かるし……でもやっぱり騙すのは良くないと思いますけれど、殿下も反省して来て下さったのですよね?それなら、今回は。でも、次は怒りますよ?……なんて、いばっちゃいました」
えへへ、と最後は10歳らしさも忘れずに。
そして殿下には、これが少し貸しになったらいいなあ、なんて、ちょっと邪な思いもあったりして……。ちょっと、ちょっとよ?!だって、ラスト?まで何があるか分からないし!ねっ?ちょびっとくらいは保険をかけさせてください。キタナイ大人でゴメンナサイ。
マリーアは少し納得がいかないようだったが、「リリーがそう言うなら」と折れてくれた。
「リリアンナ嬢……すまなかった。そして、ありがとう」
殿下が心から安堵したような、泣きそうにさえ見える微笑みでそう言った。ヒンター様とマークス様も、明らかにホッとしている。……もしかして、マリーアが物凄く怖かったのかしら。お茶会の時、厳しかったもんね。
あ、お茶会と言えば。
「そんな、顔をお上げください、殿下。……あ、それでこの事は皆さまにもお話されるのですか?」
「いや、それは難しい話だ。王家に不必要な不信を持たれても困る。勝手で申し訳ないが、マリーア嬢とリリアンナ嬢にも他言無用でお願いしたい」
殿下より前に、ヒンター様が口を開く。できる側近だ。そして、マークス様と共に私たちに頭を下げる。
「本当に勝手ですけれど、わたくしも無駄に諍いを起こしたい訳ではございませんから。……承知致しました」
これはマリーアも、貴族らしく受け入れる。私も他の三人と共に思わず安心してしまったのは内緒だ。
平和に暮らすのが一番だものね。ここは私たちの胸の中に……って、あれ?
「あれ?でもそれなら、わたくしにも話さない方が良かったのではありませんか?」
その方が、話が広がる危険性は減ったと思う。そうだ、なぜわざわざ謝りになんか……。
と、そこでまた、皆の雰囲気が変わる。えっ、今度は何?
「わたしが……リリアンナ嬢に嘘をついていたくなかったからだよ」
「わたくしに?」
殿下の真剣な雰囲気に、私もつられて少し緊張してドキドキする。視線もつられて、二人で見つめ合うようになってしまう。
「わたしは、リリアンナ嬢に婚約者になって貰いたいんだ」
「……え?」
えええええ~~~っっっ?!!
婚約者って、あの婚約者よね?
なんでそうなったの?!




