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これって実は大逆転!?

 硬直したレティシアとステファンを見て、アルベールは二人にとりあえず席に座って話すことを促した。その時点で、先に気を取り直した弟はアルベールにお茶のお代わりを出し、自分たちの分としても用意された器に茶を注ぐ。


「……」


 黙って一服をして、二人がほんの少しだけ気を落ち着けたのを見計らってから、改めてアルベールは事の次第を話し出した。


「そうだな……。まずは、君たちの父上の葬儀には参列できず申し訳なかった。お悔やみを申し上げる」


 当時、アルベールは国の宰相である父親の命を受け、現在、第三王女が留学に行った学園都市に長期視察に行っていたそうだ。

 学園都市は大陸のちょうど中央に位置しているが、女神の住まう場所と呼ばれる太古の都市であるそこは政治的にも中立の立場にあり、寄付を行って参加を宣誓した国からならば誰でも留学することが可能である。

 かなり専門的な学問を修めることも出来、広い教養を得るために各国の王族や上級貴族が留学することも多い。アルベールも幼年学校の最終年からは留学して学園都市で学び、更に卒業後にこの国の学校制度を補強するために視察に赴いていたという。


「でも、お花をくださいました。ありがとうございます。……アルベール様とお呼びしてよろしいでしょうか」


 レティシアも気を取り直して、思い出した三年前の礼を彼に述べた。


「ああ。もちろん」

「アルベール様がお贈りくださったお花は、長い旅路を向かう父を送り出す私たちにとっても、心の支えとなりました。ありがとうございます」


 父の葬儀に届けられた白い花束は、送り主にアルベールというファーストネームのみが添えられていた。それを見て、兄は自分の友人だと言っていたのは目の前の人のことだったのだろう。下手な騒ぎを起こさぬために、あえて家名を出さずにいてくれたに違いない。

 あの時は三人ともに憔悴していた。父方も血縁が薄く参列者も少なかったので、その花と送り主の名は随分と印象に残ったのだ。


「葬儀の前に、家からお父上の訃報はなんとか受けとれたんだ。戻るのは無理だったので、花だけを届けさせたんだが、その後に先ほどの手紙がエルキュールから送られてきた」


 アルベールは改めて、手紙を見るようにと二人を促す。

 後半の内容が衝撃的だったのでつい見落としてしまったが、確かにはじめに、もらった花への礼も一言綴られていた。最後に記された日付も、父の葬儀のすぐ後だ。

 

 自分に何かあったら、妹を嫁にしてくれと書かれていた後には、妹は容姿がずば抜けていいし、礼儀作法も仕込まれているし、性格は気さくで色々と役立って得だと売り込み文句が書かれている。

 それに続けて、弟は才覚があって、事務作業が得意で役に立つ奴だから投資してくれ等と家族の売り込み文句が細々と記されていた。

 三枚目の便箋の文頭には、この後の文章は弟妹に見せろといった指示まである。

 こちらも内容は簡潔で、レティシアにはアルベールに嫁げ、ステファンはとりあえず今後のためにアルベールの部下になっておけと記されていた。



 ステファンは兄には似ずに体力があまりなく、文官の道を目指すべく、勉学に励んでいる。宰相という文官のトップに就任する見込みのアルベールの部下になるのは、ステファンにとっては絶好のチャンスだ。

 大変に雑な指示ではあるものの、兄が書き記した内容は、弟妹の今後の行く末が絶妙に考えられた内容だ。


「本当に全部、兄さんの筆跡だ……」

「そうね。どう見ても、内容までに兄さんよ」


 枚数が後ろになればなるほど、文字の書き方が雑になってくる。その雑な筆跡も内容も、あまりにも兄らしいと弟妹二人は揃って溜め息を吐いた。


「こんな手紙を受け取って、あなたは一体どう思われたんですか」

「エルキュールらしいと思ったよ」


 ステファンが問うのに、ふふっとアルベールが楽しげに笑う。


「あれほど野生の勘に優れた男もなかなかいないからね」

「……動物みたいですからね」


 色黒であることと素早さから。、軍では「黒豹」といった二つ名があると本人が自慢していた。もっとも弟妹にとっては、兄はボス気質の元気が良すぎる大型犬くらいの存在感であるが。


「まさにそれだ。動物じみたエルキュールが得だと売り込んでくる以上、その通りなんだろう。こう書いてきた通りに、エルキュールが生死不明になった途端、君たちは窮地に追い込まれただろう。ここにくる前に君たちの状況を調べさせてもらったよ」


 柔らかい物腰で切り出された事柄に、レティシアとステファンはそろって彼の顔を見返した。


「じゃあ、借金のことも……ご存じですよね」

「勿論。お父上の病気の時に、返済が滞ってしまったようだね」

「はい……」

「……そもそも、私のせいなんです」


 アルベールから指摘された事柄に、レティシアは深く項垂れた。


 家の借金が嵩んだのは、【魅了】であるレティシアが儀式の乙女の候補に選ばれたために、後々のためにと上位貴族との交流が行える礼儀作法を学ばせてくれたことが要因の一つである。

 話し方も挨拶の仕方も一から教えてくれる教師を雇い、厳しく教え込まれた。聖女ともなれば上位貴族と相対する機会がかなり多くなる。その際に付き合い方がわからないと軽んじられると、娘の将来を案じての親心だった。



 個人授業の代金は貧乏貴族には手痛いものであり、父は大丈夫だと言っていたが、やはり無理はあった。それが全ての原因ではないが、父の死後に帳簿を見返した限りでは、家計を圧迫したことは事実だ。


「私にお金がかかったから、こんなことになって……」


 父にも、兄にも、弟にも、自分のために苦労をさせているという負い目がレティシアには強くある。


「待ってくれ。それは君が賭け事に狂って散財したとでも? それとも派手に宝石やドレスを買い込んでいるのかな」

 項垂れるレティシアに、アルベールが問いかける。

「まさか……」

「そうだ。そんなことはない。ならば、自分のせいだなんて口にすることはない。レティシア嬢、顔を上げて。今はもっと前向きな話をしよう」

「……はい!」


 レティシアの落ち込みぶりを軽くあしらうアルベールの言葉は、有無を言わせぬ強さがあった。

 彼の言うとおり、今は過去を悔いている場合ではない。


「借金取りが回収に動いている件は、返済計画はすべてエルキュールの信用で動いていたからおかしくはないんだが、債権が買われるのがやけに速い。これは気になったな……。母上のご実家からの援助もないようだね」

「断られました」


 指摘を受けて、レティシアは唇を噛んだ。

 先ほどやってきた叔父に言ってはみたものの、けんもほろろに断られ、代わりにと怪しげな仕官話を持ち出されたのだ。全く頼れもしない。


「ならば、その手紙の『何かあったら』というのは、まさに今だろう」

「でも、たったこれだけで結婚なんて。アルベール様にいいことがまるでありません」


 彼の言葉に、レティシアは目を見張った。


 スルト侯爵家は国の東に広い領地を持つ筆頭侯爵家である。

 更に上位に当たる家は臣籍に降下された公爵家が二家あるものの、双方共に当主はかなりの高齢で、前王の時代はかなり強く押さえ込まれていたために内政には一切関わりを持っていない。そのために、現王の片腕であるスルト侯爵こそが今はこの国一番の力を持つ貴族であると目されている。

 そんな家の嫡男が、手紙ひとつで下級貴族の娘を娶るなどあり得るはずもない。

 よもや、兄が腕っ節で彼を脅した過去でもあるのではないかと疑ってしまう。


「兄とはそんなに親しかったんですか」

「親しいというよりも、正確には互いに一目置いていた、だな。幼年学校では私が学業成績の主席で、エルキュールは体術や剣技の主席だった。そうなるとなにかしら互いを意識するものだよ。それに君たちはエルキュールからきいたことがないかな。一人だけ剣でエルキュールに負けなかった同級生がいたという話を」

「聞いたことあります。負けなかったけど、勝てなかったって」


 自分が勝てなかったのは一人だけだと兄が何度もぼやいていたのは、二人ともよく覚えている。


「それが私だ。子供の頃から、剣には私もかなり自信があった。だから、なんとか引き分けに持ち込んで負けなかった」

「あなたが?」

「ああ。君の結婚相手にとエルキュールに見込まれた理由はこれなんだろうね」


 アルベールは余裕を持って笑うが、その事柄には全くもって驚くしかない。

 正直、アルベールはさほど身体が大きいわけではない。中肉中背といったところで、細身でしなやかな体つきの彼が、子どもの頃からずば抜けて大きな体躯の兄と競り負けなかったのは、かなりの腕前であるのだろう。

 動揺しつつ、レティシアはしどろもどろと言葉を継いだ。


「だけど、私ではあまりにも身分が釣り合わないです」


 貴族間の婚姻は、同じ階級、もしくは近い階級で行われるのが望ましい。

 その点、スルト侯爵家は王族と縁戚でもある大貴族だ。本来、子爵家程度では望めない縁である。


「それが?」


 おじけるレティシアの言い訳を、アルベールは鼻にもかけずに笑い飛ばす。にこやかに、強い自信を持って。


「何の問題もない。そもそもエルキュールの言いなりではなく、私が君がいいと選んだ。レティシア嬢、私は君と結婚したい」

「そんな、急に……」


 まっすぐに見つめられて、ドキッと胸が跳ねた。


(でも、私は聖女になりたいわけで……ううん、ここで飛びつかないとそもそもまともな結婚話なんてもう来ないかも……っていうか、こんな)


 身を固まらせつつ、レティシアは自分にプロポーズしてくる青年の姿を見返した。

 美形で、紳士的な物腰で、有能で、誰からも憧れの目を向けられる貴公子。


(ここまでの人からのプロポーズなんて、想定外だから!)


 家族以外の若い男性とこんなに近づくこと自体、日常生活においてはほぼないのだ。簡単に言えば、免疫がない。


「すみません……なんだかめまいがして」


「姉さん!?」

「レティシア嬢? 大丈夫ですか」


 目の前がチカチカと点滅し、レティシアは隣に座る弟に倒れかかるようにしてパタンと身を伏せた。




お読みいただきありがとうございます。



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