それは私に愛人になれということでしょう?
「それは、私に愛人になれということでしょう」
叔父の持ってきた「いい話」とやらに、レティシアは呆れかえった。
曰く。
身一つで屋敷にくればいい。
身元は明かせないが、身分の高いとある方の別邸の管理人として、使用人ではあるが館を掌握する実質の女主人として遇する。その方に仕えることで、家の借金はすべて肩代わりして払ってもらえる。
屋敷は残るし、今後の弟の学費を心配することもない。弟が学校を卒業し、仕官するまでの間、家の維持費の全てをレティシアの働きで十分に賄っていける。
叔父が提示した就業条件とは、こんな内容だ。
(……これは嘘だわ)
そんなうまい話がこの世に易々と転がっているわけがないことは、まだ十七歳でしかないレティシアにもよくわかっている。
サフィール子爵家の令嬢ではあるが、元々貧乏貴族で、幼い頃からつましい金銭感覚が身についている。特に、父を亡くしてからはかなり苦しい生活を送ってきたのだから、それなりに世慣れているつもりだ。
これには、なにかの裏がある。
弱ったときには、それを好機と狙って、更に罠に陥れるような話がやってくるものなのだ。
兄という庇護者の行方が知れなくなってから早一週間。家には様々な来客があった。一体どこから話を聞きつけたのか、まずはこの家の借金の債権を買い取ったといううさんくさい金貸しが現れた。
家の借金は三年前に病没した父の闘病中に返済が滞って、嵩んでしまったものだ。しかし、これは兄が第三王女の近衛隊副隊長に抜擢された信用から、きちんと分割で返していくと計画を立てて、貸主と長期での返済を約束をしていたはずだった。その分の利子も加算がされている。
だが、兄が任務中に襲撃を受けて行方不明になったという報が入った途端、約束はすっかり反故にされた。兄の行方不明で返済に不安が出たのは確かだが、事の詳細もわからぬうちからあんまりな話である。
(あんまりすぎるわよ……!)
かくして、件の借金取りから「おまえが身体で返してもいい」と言われたのを皮切りに、レティシアの元には死にかけの老侯爵の三人目の妾に、裕福な老商人の後妻に、あちこちで事業を行っている伯爵と愛人契約を、などといった話が立て続けに舞い込んできている。
それらの話をまだ兄は捜索中だからと突っぱねて、借金の返済もなんとか一ヶ月後を期限にという猶予を勝ち取り、どうしたものかと悩んでいたところに、亡くなった母の弟である叔父がやってきた。
父との結婚を反対されて親族と絶縁状態になった母方において、ただ一人だけ細い糸のような繋がりのある叔父と顔を合わせたのは、母の葬儀、父の葬儀、そして今日で三回目となる。存在感はほぼ他人でしかないものの、それでも心配してやってきてくれたのかと思えばはじめこそはありがたかった。
だが、今は彼のために供した茶と菓子すらも、もったいないと思える。
「そんな名前も姿もわからない人の愛人になるなんて、絶対にお断りです」
いい話があるという彼の言に、なにかしらの援助でもして貰えるのではないかと内心期待していたのだが、叔父が口にするのはどう聞いてもどこかの貴族の囲われものの斡旋話だ。
まっとうな叔父ならば、もう少しましな話を持ってくるのではないだろうか。いっそのこと正直に金がないなら身売りしろと突きつけられる方が、期待して騙されるよりもまだましだ。
「そうではない、レティシア。その屋敷のご主人様に、おまえが仕えればいいだけだ」
「使用人を女主人として遇するなんて、そんなことあるわけありません」
特別なとある一点を除けば、他にレティシアの美点と言えば、見た目がずば抜けて良いことと、ある事情により下級貴族の娘ではあるが上流貴族への応対もできる礼儀作法が身についている程度である。
肝心の特別は、侍女や女官として屋敷づとめや城での勤務には全く向いていないどころか、敬遠されるものなので、本当の務めならば利点に数えることはできない。
他は、普通の貴族女性よりも明らかに体力があって、腕力もそこそこ強い、運動神経もそれなりにあるといったあたりはなんとか利点と言えるだろう。
大変に筋肉馬鹿な兄がいるために、子どもの頃から男っぽい遊びばかりをしていたし、性格もかなりさっぱりとした気性だ。いわゆる繊細な女性らしさが貴族女性としては欠け気味である。そんな自分に急に条件の良すぎる話が来るわけもないので、これはどう考えても妾の斡旋だろう。
残念ながら、レティシアはそういう目的でならば、男達に求めれる特別な能力をその身に有している。
「よく聞け。あの方は私に約束してくださった。おまえには館を管理して、少し特別な仕事をすればいいだけだそうだ。こんないい話は他にはないぞ」
「叔父様、こんな話は私にはとてもいいとは思えません」
レティシアが何を言っても叔父は退かず、二人は先ほどから押し問答を続けるばかりとなっている。
「物わかりが悪いな。説明しただろう。全く問題はないんだ。その方にお仕えすれば、なんの心配もなく暮らせるんだよ」
「ですから、お断りします。どうせ、その館とやらに行ったら、愛人として仕えるようにと言われるんでしょう。そんな話に騙されたりしません。私には聖女候補としての誇りもございます」
仕方なしに強く突っぱねると、叔父はあからさまに気分を害した。
「何が聖女だ。このままでは借金漬けで、明日にも首も回らなくなるぞ。……どうせお前は【魅了】なんだ。誰かに保護されなければ生きていけないことはわかってるだろう」
彼はレティシアの一番に痛いところを突いてきた。
どうせ【魅了】なんだ。
そう言われるからこそ、レティシアは身綺麗に生きなくてはならない。
誰かの愛人となることで「ふしだらな女」といった烙印を押されることなどもっとも避けたい事態だ。身売りするとしても、せめて正妻として迎え入れてくれる先を探したい。
「どう生きるかは私が決めます。お引き取りくださいませ、叔父様」
応接室のソファから立ち上がり、レティシアは叔父にぴしゃりと言い放った。
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