青い心 赤い花二輪
「青って、なんか変だよな」
午後四時、俺と知也、二人だけのアトリエ。
唐突に呟いた知也に、顔の角度を変えないようにしながら変? と聞き返す。
ある日、真っ赤な花束を抱えた知也に絵のモデルになってくれと言われた。だいたい三週間前の話だ。
それから知也は度々、絵のモデルをしてくれと花束を抱えて現れる。
こいつは本物志向というやつで実物をみて書きたいタイプらしい。
「青いってなんか、別の意味あるだろ?」
「あぁ、未熟ってことか?」
「そうそれ……うん、青は若い色なんだよな」
知也はそう言ってうなずくとまたキャンバスに視線を落として喋らなくなった。
話も途切れ、手持ち無沙汰になった俺は視線を手元の花束に落とす。
今日は渡されたのは青い花束だった。
前回はピンクの花束、その前は黄色とオレンジ花束だった。
ピンクの花束を渡されて、似合わないと笑われたのは記憶に新しい。
「青の花束は似合うよ」
俺の考えを読んでいたかのようなタイミングで知也が言う。
「青が未熟とかって話をした直後に言われても」
つい顔を動かして笑ってしまって、慌てて戻す。そこまで止まってなくていいと今度は知也が笑う。
「そりゃ、俺たちはまだまだ青いって」
そのどこか達観したような言い方が少し、ほんの少しだけムカついて、からかってやろうと口を開く。
「てか、俺がじっと座ってる意味ってあるのかよ」
「ん?」
「いや、写真取ったりさ、あるじゃん、色々。そんなに俺と一緒にいたい?」
俺の言葉に知也は声を出して笑い出す。
それがあまりにも楽しそうで、俺は目を丸くする。
知也はひとしきり笑い終えると、俺の方に向き直る。そして少し恥ずかしそうに笑った。
「バレちゃったね」
知也の言葉の意味を理解するのにたっぷり十秒。
気がつくと手を伸ばせば届く距離に知也がいる。
「早く気がつかないかなって思ってたんだけど」
そこまで言われてわからないほど俺も初心ではない。
思考がまとまらない俺を見た知也は、青い花束を取り上げて画材を並べた机に置く。
再び俺の顔を見た知也はまた吹き出すように笑った。頬が少し赤い。
「なんか、思ってたよりも脈ありそうだね」
「……は?」
「顔、真っ赤だよ」
そう指摘されて思わず顔を腕で隠す。
知也の笑い声が腹立たしい。
――そもそも、絵のモデルなんてものを毎回引き受けてる時点で察してほしいのだが――
「お前も、大概だろ」
俺は耳を指さして言う。
知也の耳が真っ赤になっていることを指摘することしかできないのは少々不甲斐ない気もするが、それはそれ。
知也が自分の耳を触って、え、赤い? と聞いてくる。
「まぁ、俺たちはまだまだ青いからな」
うなずきながら答えると、知也の顔がみるみる赤くなる。
きっと俺の顔も同じくらい赤い。