燃え上がる花束
炎を持っている。
一目見たとき、そう勘違いした。
しかしそれは、風になびき、歩くリズムに合わせて揺れる真っ赤な大きな花束だった。
「前見えてるか?」
思わず声をかけたのは、それを持っていたのが大学のサークルの同期の知也だと気がついたからだ。
「見えてると思う?」
返ってきた返答は想定していたよりも不機嫌そうだった。
「いや」
「なら、助けてくれ。とりあえず、人目につかないところで処理したい」
「処理? 花束を?」
「知らない女にもらったんだ。私の気持ちだと」
「モテる男はつらいって話か?」
「からかいは後で聞く」
そう言って知也は馬鹿でかい花束を押し付けてきた。案の定、視界が赤で閉ざされ、前が見えなくなった俺の手をひいて知也がゆっくりと歩き出す。
知也の、転ばないスピードかつ細かいガイドのおかげで、大変だったが問題なく目的地に着く。知也に花束を渡して、視界が開けるとようやくこの場所が大学の芸術学科のアトリエであることがわかった。
そうだ、知也は絵画専攻だ。
燃え盛る花束を抱えアトリエに入って行く知也の後ろ姿を追う。雑多な印象を受けるアトリエの奥の机に、先程俺に押し付けた時よりも丁寧に花束を机に置いた。
「で、処理って」
乗りかかった船だ。最後まで手伝ってやろうと声をかけると、知也は至極嬉しそうに、手伝ってくれるのか、と笑った。
「悠、これ持ってその椅子に座ってくれるか」
知也は花束を指差して、椅子をアトリエの真ん中に準備している。
「花束を処理するんじゃないのか」
困惑する俺に花束を渡す知也、また視界が赤く燃え上がる。
「まずは、君を描く。処理はそのあと」
俺の手をまたゆっくりひいて椅子へと導く。
「なんで」
まだ納得できないと口を開く。せめて理由くらいは聞きたい。
「いや、前から描きたかったんだよね。君のこと」
――ほんと、いいタイミングで来てくれたよね――
そう言って、知也は花束から花を抜き取り調節していく。視界が開けていくと。燃えるような花束の向こう側で知也が楽しそうに笑っていた。
「うん、いい絵が描けそうだ」
このときの知也の顔を俺は多分忘れないだろう。
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