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結束強き、知と力

作者: ヘルレイ

乱世と呼ばれる中で、敵にいることで最も脅威に感じる存在は何か。最強と謳われる戦士か、或いは圧倒的な兵力か。この場合どちらも正しいと言え、またどちらも間違ってると言える。確かに一騎当千の戦士がいれば軍の士気は上がり、勢いままに戦場を制する事は可能であろう。圧倒的な兵力があれば凄まじい勢いで前進し、疲弊した敵を狩る事は可能である。しかしこれは真正面からバカ正直に戦った場合でのみ有効である。敵にいて最も恐ろしいもの、それは先を見据えて策を用いる軍師である。軍師という存在は戦争をする上で、必要不可欠な存在である。一騎当千の戦士、或いは圧倒的な兵力が敵にあるならば、その者は軍略を用いて相手の虚を衝き、その後困惑している敵を一網打尽にする、これが軍師の戦い方である。策はどの戦でも勝利を収められるかを左右する。その為どの軍も軍師を入れ、またその軍師は蓄えた知識を持って戦果をあげようとする。


しかしそれは簡単な事では無い。


これはあくまでそれを可能とする戦力があって始まる。知識を蓄えるのはいい事だが、実行する者がいなければそれはただの机上の空論。その2つを可能とする文武両道の猛者がいれば楽になるが、実際そんな人物はそうそう現れない。その上どちらか片方がなければ、軍が勝利を収めるのは難しくなる。故に軍略を考える軍師と、実行する戦士の信頼はとても大事になってくる。両者の関係が劣悪だった場合、どちらも相手の力を信じることは出来ない。つまり戦場で功をあげることができないということだ。逆にこの2つの結束が固ければ固いほど、軍の力は底上げされる。敵にとってみれば、そんな軍は驚異以外の何物でもない。これは戦士を信じて策を練り上げる軍師と、そんな軍師を信じる最強の女戦士の物語である。



___________________________


※アルグ王国:大陸南東に位置する大国。主人公らが所属している国家である。



アルグ王国は中央にある城から広がる大国で、城の周りには外周を歩けば二時間はかかる程広い街並みが広がっている。それを取り囲むように、四方に面する正方形の城門が繋がっている。そんなアルグ王国南門入口を、横並びに歩く男女の姿があった。


「あ、おい?足元にオオトカゲがいるぞ?」


「ひゃぁあ!!」


爬虫類が苦手なその人は、空色の髪を振り乱しながら俺の方にすがりついてくる。その反動で結ばれていた団子が解け、腰まで辿り着く本来の長さに戻った。俺はあまりの驚きように、思わず笑いが込み上げてくる。


「嘘だよ」


「なっ…もぉぉお!」


力が抜けた声を出しながら俺の胸をポコポコと叩き、こちらを見上げてくる。先程兜を外した彼女は、戦の後の為若干汗ばんでいる。湿った髪がまばらに流れている状態で、ムスッと頬を膨らませてこちらを睨む。この状況でそんな顔されても怖くない、むしろ可愛らしいと思えてしまうのは俺だけでは無いはず。和服に近い服装の俺は抱きつかれた事で若干苦しくなったが、この顔が見れたのだから安いと思う。いつもの通りふざけあっているが、俺達は先程まで自国防衛の任に付いてた。今は敵を撃退した戦果の報告をしに、城へ向かっている最中だ。だが戦争が終わり気を緩めたせいか、帰陣した後からずっとこんな調子だ。自分で言えたことではないが、戦の直後だと言うのに気が抜けすぎている様に思う。周りから白い目で見られる前に彼女を宥め、戦果の報告をしに陛下の元へ急ぐ。俺達は真っ直ぐ街を通過して城へ入る。無駄に長い街を通り抜け城に入ると、これまた無駄に長く広い廊下を歩いて謁見の間に到着する。その入口には大きな扉があり、その前を2人の兵士が塞ぐように立っている。俺は防衛の戦果を報告する為に来たと兵士に伝える。兵士はそれを聞くと振り返り…


「陛下、〈ケンスケ・カツラギ〉様と〈ユミ・ミドリカワ〉様がお越しになりました!」


「…通しなさい」


扉の向こうにいる人物に声を張って報告する。すると壁の向こう側から、微かに遠い声が帰ってくる。それに気づいた兵達は、大きな扉に手をかける。俺にとって生涯で2番目に嫌いな時間が始まる。ふと扉が開く前に右手側を見やると、さっきまで俺が吹いたホラにビビっていた佑美が、今度は陛下と会うことに酷く緊張している様だ。仕方なく俺は扉が開くタイミングでポンと背中を叩いてやり、中に入るよう促す。入って1度礼をし、視線を前にやる。視線の先には立派な髭を生やした陛下が、数段上の玉座に鎮座する。そこから扉の方まで長く赤いカーペットが敷かれている。そして陛下周りには数人の近衛兵がこちらを見ながら立っている。俺達はそのまま進み、陛下の御前で平伏する。


陛下「2人とも御足労であった」


葛城「恐れ入ります」


若干低い声で労いの言葉を貰い、深々と頭を下げる。何度もやっている話し方ではあるが、やはり慣れないと感じる。因みに言うと、俺達はこの世界の住人ではない。外の世界から飛ばされた《異界人》と呼ばれるものだ。7年前に進学したばかりの高校の通学中に事故にあい、気づいたらこの世界に飛ばされていた。だが俺達は別にチート技などは貰っていない、それ所か神みたいな存在にすら会っていない。その為最初はこの世界に飛ばされた時に、ここがどこなのか、どこへ行けばいいのかもさっぱり分からなかった。そんな時、偶然にも近くに村があったので行ってみることにした。因みに右で未だに脅えている佑美とはそこで出会った。右も左も分からないうちに同郷の、しかも同い年の人物に出逢えたのは不幸中の幸いだ。そこから俺たちは一緒にこの世界の勉強をした後、軍略を学んだり稽古をつけてもらったりした。だが俺が1番楽しみにしてた魔法とやらの勉強はなかった。この世界にはその類は無いのだろうか。とりあえず俺達は今学べるものをひたすら学んだ。そうすると面白い事に、俺は軍略で、佑美は戦闘で才能が開花し始めた。そこからしばらくした後軍に所属し、2人で戦場を駆け巡る日々が続いた。今では俺は軍師、佑美は国1番の戦士となるまでに成長した。


陛下「して、此度の戦の結果を聞こうか」


葛城「は、付近の民は避難していた為無事。軍の被害は現在計算中ではありますが、無事敵を退かせることに成功。被害も最小限に抑える事に成功しました」


陛下「ふむ…しかし此度の敵は〈※ベント〉と聞く。奴ならば負けた悔しさを理由に、またすぐに攻めてきそうなものだが…」


※南方拠点に侵攻してきているカイル王国所属の猛将の名。


葛城「それに関してはご安心を。事前に用意していた策により、敵中枢の敵に大打撃を与えました。故に敵は立て直しにかなりの時間を要するものと思われます。いくらベントと言えど、中枢をほったらかして攻め入ることはしてこないでしょう」


陛下「そうか!さすがの働きである」


葛城「お褒めに預かり、光栄でございます。」


陛下が心配するのも無理は無い。この国は1度猛将〈ベント〉に、かなり苦しめられた事がある。その不安を抱くことも視野に入れていたため、俺は事前に策を打っていたのだ。これを聞いた陛下は肩の荷が降りたように安堵し、不安そうに寄っていた眉間のシワも、すぐに消えていった。


葛城「詳しい報告は後ほど追って伝えさせます。私からの報告は以上にございます」


陛下「うむ、ご苦労であった」


陛下の声を聞いた俺達はスっと立ち上がり、回れ右して部屋を出ようとする。すると…


近衛兵「お待ちください!」


歩き出そうとした瞬間に、背後から声がする。緊張するこの時間を一刻も早く抜け出したかった俺は、少し肩を落としながら振り返る。


陛下「何かあったか?」


眉間にシワを寄せながら近衛兵の方を見る。そんなにシワ寄せたら残りますよ、と心の中で思いながら、俺も同じ方を見る。


近衛兵「足止めして申し訳ありません。陛下、先程の報せを彼らにも伝えるべきでは?」


近衛兵からの問いかけに、俺の頭に?が浮かぶ。俺が聞かされていないという事は、他の拠点からの報告だろうか。しかし陛下の顔が少し困った顔になるのを見る限り、あまりいい報告では無いのは確かだろう。


陛下「しかしこの者等は先程戦を終えたばかり、いたずらに焦らせては体に毒であろう」


近衛兵「ですが、先程の報せを聞く限り戦況は芳しくない様子。一刻も早く片付けなければ、今後の国の動きに縛りができてしまいます」


俺達の体を気遣って直ぐに話さないあたり、いい主に仕えることができたなとしみじみに思う。因みに俺はこの報告が終わった後、1日だけ休みを貰う予定だ。ここのところ休みがなかったので、たまには1人で休むのもいいかなと思っていた。だが近衛兵の焦る顔をみると、そんな休み貰っている暇では無さそうだ。日本人の勤勉さが出たな…と自身の考えになんとなくフォローを入れる。ふと我に返り前を見ると、未だ陛下と近衛兵が話し込んでいる。その間悩んだ顔をしている陛下と、近衛兵のあまりの必死さを見た俺は、一応話を聞いてみる事にした。


葛城「陛下、話だけでもお聞かせ願えないでしょうか」


陛下「む?うぅむ…わかった話すだけ話そう」


話はズバリこうだ。俺達が南方で戦をしている間に、反対の北方でも戦があったと。その戦場で指揮を取っている者は、愚かにも正面衝突を繰り返しているとの事。しかし敵の布陣は山の頂にある為、高低差を利用した策に何度も敗北を重ねていると。


陛下「策を用いる者に対して何度も特攻を行うあまり、兵は疲弊しきっており、死傷者も少なくない。私も直ぐに指揮官を変えたいと思っていたのだが…」


葛城「現状三ヶ所で戦が起きてる以上、容易に人員を割けない…という事ですか」


陛下「その通りだ」


俺達の国は今3カ国から同時に侵攻を受けている状況だ。その為軍を3分割して対応している。しかし俺達の担当していた戦場に猛将ベントがいた為、若干戦力をこちらに割いてもらっていた。しかしそれでも十分以上の戦力が回っていたはず、しわ寄せが来る事など無いはずだが。


葛城「…分かりました。ではこの者と共に私が向かいましょう」


陛下「ありがたい申し出だが、それでは南の守りが薄くなるのではないか?」


葛城「既に対策はいくつか託しております故、ご心配には及びません。それにこちらには猛将緑川佑美(みどりかわゆみ)がおりますから」


緑川「ちょっ…!!」


ここまで一言も発してなかった彼女が、目を丸くしながら俺に縋り付く。彼女は若干縋り付く癖があるのか、ほとんどの反応がこんな感じだ


陛下「確かに緑川将軍もいるのなら安心できるな」


緑川「なっ、陛下まで…!」


突然のご指名にあたふたしながら、勢いよく首を横に振る。しかし俺が彼女を指名したのは確たる信用があっての事だ。先程話した「戦力を割いてもらった」というのは、彼女の存在である。彼女はこの国一の猛将で、先の戦でも軽く100はいる敵兵に対して、たった1人でその場を抑えた程である。しかし当の本人はそれを自覚しておらず、謙遜を続けている。しかしその性格も相まってか、俺達のみならず国全体からの信頼がとても厚い。


葛城「それに敵の布陣が山の頂にあるとすれば、地形を利用した策も必要になります。私とこの者で向かい戦況を打破し、良い報せをお持ちするとお約束致します」


陛下「そうか…お主がそこまで言うのならばそれに甘えるとしよう。緑川将軍もそれで良いか?」


緑川「あ…えっと……はい大丈夫デシュッ!」


緊張のあまり甘噛みしたようだ。徐々に紅潮する頬に気づいたのか、若干俯く佑美。あえて口にするのは野暮のため黙っているが、笑いが込み上げて来る。


陛下「よし、ではお主らに北方の防衛に向かうよう命ずる。出立は明日の明朝でよいか?」


葛城「異存はありません」


陛下「うむ…頼んだぞ!」


葛城「御意!」


胸に拳をあて、頭を下げる。佑美も俺を見て焦るように深々と頭を下げる。戦から息付く間もなく、すぐさま次の戦場に向かう事となった。


報告を終え緊張が解けた俺達は、宿舎近くの飲食店に2人で入る。すると卓につくなり、彼女から文句が飛んでくる



緑川「急に私を指名しないでよ!?ビックリしちゃったじゃん…」


プクッと頬を膨らませ、純白のクロスの上で腕を組みながら俺の目を見て怒る。その顔で怒られても怖いとは思えないと心の中で思うが、どちらにせよ状況としては致し方なかった。


葛城「仕方ないだろ?北方の拠点は南に次ぐ大事な要所だ。落とされたらたまったもんじゃない。それに俺達はどうしてもずっと一緒にいれないんだから、一緒にいる時間が伸びた事を喜ぼうぜ?」


緑川「それはそうだけど…デートじゃなくて戦でなんて…」


因みに俺と佑美は2年前に俺から告白して付き合っている。普段から一緒にいて欲しいと思えるほど素敵な女性な為、戦争があっても俺の毎日はとても幸せだった。しかし半年前からある変化が起きた。自分で言うのも気恥しいが、俺と彼女はそれぞれ軍師と武将の中では頭が抜けている。その為2人とも同じところにいると戦力が1箇所に偏ってしまい、他の場所の戦力が足りなくなってしまう。その為いつも別の戦場で戦っている事が多い。もちろん1箇所でのみ戦闘が起きるなら、同じ場所にいる事はできる。今回の戦は敵に厄介な敵がいた為一緒にいたが、3箇所同時侵攻を受けている今では特例中の特例である。


葛城「まぁ仕方ねぇよ。今この国は未曾有の危機に瀕してるんだから。あそこで話を受けなかったら、俺達はまた当分一緒にいれねぇんだし…」


緑川「そう…だね……はぁ、早く戦争終わらないかな〜」


葛城「そんな願望で終わったら、何十年も乱世が続くことなんてないだろうよ。諦めな」


緑川「むぅ〜…」


どうしようもない状況に、彼女はまた頬を膨らます。しかし俺も彼女と同じく、早くこの乱世が終わって欲しいと願うばかりだ。早く平和になって、2人で穏やかに過ごしたいと思う。普段は気恥ずかしくて口に出せないが、内心早く彼女と共に過ごしたいと思う。そんな願望を胸に秘めたまま、その日は食事を終えてすぐに宿舎に帰る。


翌日…俺達はそれぞれ自分の馬に乗り、急いで北の防衛ラインまで向かう。途中湖畔で一休みしたが、他愛もない雑談を僅かにしてすぐに向かった。それ程までにこの国は窮地に立たされており、一刻を争う事態なのだ。そして無事拠点につき、俺は先に軍議を行うテントに入る。将兵らは俺達を歓迎してくれているが、ここの指揮を執っているジャックは若干顔がひきつっている。理由は恐らく俺が来た事で指揮権が変わるからだろう。この場で勝っても1番評価されるのは俺たちだ。階級差の為仕方ないが、今まで指揮していた事もあり、面白く思わないのだろう。しかし未曾有の危機に瀕している今はそんな小競り合いをしてる場合では無い。俺は気にせずすぐに対策を考える為に、まずはこの辺りの地形を確認する。


葛城「なるほど…確かに山頂にあるな…これじゃあまともに戦っても、逆落としで返り討ちに遭うな…」


ジャック「その通りです。さて軍師様はどのような策を用いるか、見物ですな」


嫌味ったらしく俺に挑発してくるが、そんな事お構い無しに辺りの地形を確認する。既に敵兵力とこちらの兵力、行動可能な人員は把握しているので、後はどんな策を用意すればいいかを考えるだけだ。その為には有利な位置に陣取っている敵の繊維を削ぐ必要があるため、俺は地図に手をつけてじっくりと確認する。するとすぐ様敵の弱点となり得る箇所を見つけた。


葛城「…これ…敵陣の反対側に川が流れてないか?」


ジャック「それがどうしたというのです?川なんてあちこちにありますよ」


葛城「だがこの川は橋を渡らねばならない。だったらこの川を制した方がいいな」


ジャック「それからどうするのです?まさかそれで敵が降伏してくるとでも?」


ジャックは小馬鹿にした様な顔で俺に問う。しかし俺の中ではもう既に作戦が決まった。


葛城「ふっ…おい、佑美を呼んでくれ」


俺の話しに耳を傾ける気が無い様子の為、少し教育してやる事にした。俺が考えてるのはとても簡単な策である。なのでそれに気づけてない事を教えてやる為に、俺は佑美を呼ぶ様兵士に伝える。すると勢いよくテントを出て呼びに行った。佑美は少し疲れたのか、テントで休んでいたようだ。唐突に呼ばれた事に驚いたようだが、すぐ様テントに来てくれた。


緑川「どうしたの?」


葛城「佑美、今から言う状況を聞いて、お前ならどんな策を用いるか…言ってみてくれないか?」


緑川「え…?策は賢介が考えるんじゃないの?」


葛城「まぁまぁ、とりあえず考えるだけ考えてみてくれ」


緑川「うん…わかった…」


不思議そうな顔をしながら、とりあえず聞く姿勢に入ってくれた。俺は1つずつ状況を説明していく。


葛城「敵の陣は山の頂きにあり、正面から挑めば高所からの攻撃で俺達が大きく被害を貰う」


緑川「うん…」


葛城「また敵は高所を取れた事で士気が上がっている。どんな挑発も通じない程に」


緑川「うん」


葛城「その敵陣だが、反対側には川が流れている。その川は橋がかかっており、そこを通らねば横断できない」


緑川「……ん?…うん」


既になにかに気付いたようだが、一応話の続きを聞くことにしたようだ。


葛城「因みにその橋とは別の橋を渡ろうものなら、軽く15キロは走らなければならない」


緑川「…………え?じゃあその橋を壊せば良くない?」


ジャック「なに?」


緑川「だってその橋しか退路がないんだったら、そこを潰したら敵は孤立するんじゃない?そこから兵糧攻めをすれば敵は士気も下がるし、立て直しが出来なくなるよね?」


葛城「ご名答」


何食わぬ顔で発言しているが、見事に俺が思っている事を言ってくれた。俺は佑美が言った言葉に続けて話をする。


葛城「敵は高所を取ったことで優位と思っているかもしれないが、大事な事を忘れている。退路の確保だ。敵は布陣を構える時、川を超えて敷いてしまった。それも橋を渡らなければならないほど大きな川を」


ジャック「…ハッ…!!」


ここまで言ってようやく理解したようだ。俺はお構い無しに話を続ける。


葛城「この橋を壊せば敵は退路を失う。つまり孤立するという事だ。敵は橋を壊されるというリスクを顧みず、あんな場所に陣を敷いた。これを利用しないのは愚の骨頂だぞ?」


俺はしてやったりといった顔でジャックを見る。こんな簡単な事に気づけなかった事に恥を感じるのか、ワナワナと震えていた。


葛城「それに橋がある方面とこちらの陣の方面は若干の道があるが、それ以外は降りることが難しい獣道。敵は退くという選択肢を失う」


ジャック「…しかし、そしたら今度はこちらに特攻を仕掛けてくるのでは無いですか?」


葛城「大抵はその場合動く事は無い。兵糧が尽きない限り、下手に攻撃して山頂を取られても面白くないからな。しかし特攻をしてくるならそれはそれで好都合だ。その隙に背後に回った部隊が敵陣を制圧すれば、敵は陣地も失い八方塞がりになる」


ジャック「た…確かに…」


ここに来てようやく自らの浅慮に気づいたのか。特攻ばかりを仕掛けたと聞いた時は、どれほど窮地に陥っているかと思った。しかし実際は使えるものを使わず、ただ無駄に兵を疲弊させていただけだ。


葛城「単なる挟み撃ちではなく、退路を完全に塞いだ挟み撃ち。こんな簡単な策すら用意出来ず、特攻ばかりを仕掛けていたんだぞ。ここにいる緑川将軍は軍略に深く精通してない。それでもわかったんだぞ!知者を名乗るお前がこの程度とは、恥を知れ!」


ジャック「ぐっ…」


反論ができないのか、その後俯いた状態で一言も発さなかった。しかしこんな簡単な事が分からないのによく知者なんて名乗ったものだ。だが今はそれよりも優先すべき事がある。


葛城「ついでにここで指示も出しとくか。佑美、到着して早々悪いんだが、頼まれてくれるか?」


緑川「いいよ。一隊を貸してくれるなら、私が橋を壊しに行くよ。ついでにそこで陣取ればいいんだよね?」


葛城「話が早くて助かる」


阿吽の呼吸とはまさにこの事か。佑美は俺が言おうとしている事をすぐに理解し、快く許諾してくれた。


葛城「よし、兵はこちらで集めとく。出立は今夜だ、ゆっくり休んでいてくれ」


緑川「わかった」


すぐに作戦が決まったため、その場で解散となった。その後俺はこの地にいる者達に、何としてもこの陣を死守するよう伝えた。その間に今夜出立する佑美は、すぐさまテントに入って横になったようだ。


葛城「……俺も寝よ…」


軍議が想像以上に早く終わった上に、佑美も夢の中にいるため暇を持て余してしまった。俺は久々に昼寝でもしようと思い、用意されたテントに入り横になった。時刻はまだ羊の刻、こんな昼間から横になるなんていつぶりだろうか…そう思いながら野営用の硬い布団に入って、瞼の重力に抗うのをやめた。


そして日付が変わる前…佑美率いる一隊が敵に気づかれないように、速やかに林道を移動する。俺はその間本陣で到着の報せを待つ…はずだった。


ザッザッザッザッ


緑川「………………」


葛城「…………なぁ」


緑川「ん?」


葛城「なんで俺ここにいるんだ?」


緑川「だって…暗いんだもん…」


葛城「いや…そりゃ夜だからな…」


辺りは月明かりだけが頼りとなっており、霧が濃くて視界は悪くなっている。既に最後尾の兵士は見えなくなっており、見えるのは2列に並ぶ兵の先頭10数名のみとなっていた。この部隊は本来佑美が先頭で騎乗し、兵達はそれについて行くはずだった。しかし当の本人は先頭で騎乗してはいるものの、その後方に乗って俺の背中に抱きついている。つまり部隊を率いているのは本来戦線に出るはずのない軍師の俺であった。


緑川「だってお化けとか出そうじゃん!」


葛城「そんな事で怯えるなよ」


俺は呆れながら反論したが、佑美は聞く耳を持たない。むしろ俺の腹に回っている腕の力が強くなった。


緑川「一端の将が情けねぇよ」


緑川「怖いものは怖いの!それにお化けが出ないなんて保証ないでしょ?」


葛城「そりゃ出るでしょ…この辺りその話有名だし…」


緑川「……え?」


葛城「…ん?」


俺が言葉を発した瞬間、しばし時が止まったかのように感じた。ふと見つめ合う俺達。すると佑美の顔がどんどん青ざめていき、冷や汗がどっと出て震え始めた。


緑川「おおおおおお化け出るの!?早く言ってよ!!なんで黙ってたの!!」


葛城「静かにしろ…!(小声)敵に気づかれたらどうすんだよ」


緑川「ムリムリムリムリ!!もう帰る!私帰る!もう嫌だ!!」


お化けが出る恐怖に耐えかねて、ついに発狂する彼女。言ってなかったが、彼女は超が着くほどのビビりである。


葛城「静かにしろって…!」


緑川「嫌だ〜〜〜〜!!!!!!!!」


ゴッ


緑川「いっ…ッ~~!!」


鈍い音が辺りに響くと同時に、佑美の発狂が収まった。俺がチョップをしたからだ。佑美は既に鎧で頭を守っているが、さすがにそれでも響きはするようで、頭を抑えながら痛がっている。


葛城「お前、作戦を台無しにするつもりか?」


緑川「で、でも!!お化け出るんでしょ!?」


葛城「出ねぇよ」


緑川「…は?」


葛城「嘘だよ」


先程まで青ざめていた佑美の顔が徐々に赤くなり、眉間にシワが寄ってくる。


緑川「……………」ギュゥゥゥゥゥゥ


葛城「痛てててて!!!!おまっ!腹締め上げんな!!」


佑美は怒ったようで、俺の腹に回してた腕に力を入れた。女性とはいえ国1番の将の為、俺の腹にとんでもない激痛が走る。


緑川「もぉぉぉおおっ!私が怖がりだってわかっててやってるでしょ!」


葛城「痛てっ!痛ててててっ!ちょっ!早く離せ!って痛い痛い痛い痛い痛い!!」


腕の力を弱めるどころかさらに強め、普段動いてない俺の腹は耐え難い痛みに襲われる。


緑川「ごめんなさいは?」


葛城「わ、悪かったよ!早く離…痛ててて…あ、アバラ!お、折れる!折れるから!」


緑川「もうしない?」


葛城「すっすみません!もうしません!しないから離しって痛でででで!!!」


緑川「全く…もうしないでよね?」


俺の必死の懇願を聞き入れたのか、佑美は腕の力を抜いた。俺は腹を締めあげられていた事で呼吸が出来てなかったので、開放された瞬間大きく息を肺に入れる。


葛城「はぁ、はぁ、全く…えらい目にあった…はぁ…お前…なにかあったらすぐに俺の腹を破壊しようとするのやめてくれねぇか…?」


緑川「自業自得!私が怖がるような事するのが悪いんでしょ?」


プイッとそっぽを向きながら拗ねる佑美。傍から見たら可愛いんだろう。だが俺からしたらこの顔をしてる時に何かすると、ほんとに体を破壊しかねないので若干怖いのだ。


葛城「怖がるようなことするって…23だろお前。お化けなんかで怖がんなよ。」


緑川「それとこれとは話が別!」


頬を膨らませながら怒る姿は可愛く、意地悪したくなってしまう。だが今は密着状態だ。何をされるか分からない以上、下手な事は言えない。


葛城「それにさっき俺が深い眠りに誘われてる時にも締め上げてこなかったか?」


そう、俺がここに付いてくる事になったのは、久々の昼寝でぐっすり眠っていた所を佑美に起こされたからだ。その時も俺が起きないからという理由で、寝起きでまだ眠い時に抱きついてきてずっと締め上げてきたのだ。


緑川「あれはずっと起こしてるのに起きなかったのが悪いんでしょ?」


葛城「後半単なるプロレス技になってたのは気のせいか?」


緑川「だっていつまで経っても唸るだけなんだもん」


葛城「お前のせいで喋れなかったんだよ」


最近彼女のかまってちゃんの仕方がパワープレイになってきている気がするのだが。俺は締めあげられたアバラを抑えながら、呼吸を整える。


葛城「はぁ…全く一日に2度も締めあげられるとは思わなかった…」


緑川「もう日付変わってるだろうし、一日1回のペースのままだよ?」


その俺を痛めつけるノルマは是非とも廃止して欲しいと願いつつも、これ以上反論しても上手いこと躱されるだけな気がするため、大人しく馬を歩かせる事にした。こんな光景を見ている兵士達は一体どんな心境だろうか。多分…


兵士(リア充め!)


とでも思っているのだろう。そんなアクシデントが起きながらも、何とか敵に気付かれずに橋の付近に到着した。俺と佑美は馬から降りて、陣を設営するよう指示する。そして松明を立てた後、すぐ様工作兵に橋破壊の準備に取り掛かるよう指示する。敵は無用心にも背後に見張りすら付けていないため、焦らず丁寧に遂行する様伝える。そして小一時間程して、工作兵から橋を壊す手筈が完了したと報告が来た。俺は直ぐに壊す様には言わず、しばらく待機するよう指示した。佑美は不思議に思ったのか、俺に質問してくる。


緑川「ねぇ?」


葛城「ん?」


緑川「なんですぐに橋を壊さないの?」


葛城「あぁ、相手を絶望させる為だよ」


緑川「絶望させる?」


首を傾げ、不思議そうな顔をして俺の顔を覗く。これは陣を敷いている最中に思いついた策の為、佑美達が知るはずもなかった。


葛城「アイツらはこちらが劣勢のあまり、手を出してこないと高を括ってる。だから俺達が既に行動を起こしてると分からせる為にも、夜が明けて辺りの視界が良くなってから壊す事にしたんだ」


緑川「…ん?それでどうやって絶望させるの?どの道橋を壊すんだったら早いか遅いかの違いじゃない?」


葛城「俺達は昨日の日中にこの戦場に到着した。敵は援軍が来ている事実を知らないだろう、それも天下の緑川佑美が来てるなんてな」


緑川「持ち上げすぎだよ…」


佑美は若干俯きながら、赤くなった頬を冷ますように手を仰ぐ。


葛城「持ち上げすぎなんかじゃない。特に今回の敵は※フレイス王国だ。奴らは2度もお前に領土を制圧されている。その驚異を利用しない手はないだろう。策は物理的に攻める以外にも、精神的に攻めることにも使えるんだ。佑美の存在はそれにピッタリなんだよ」


※フレイス王国:北方の拠点に攻めてきている国の名前。


緑川「ハードルの上がり方がえげつないんだけど…」


佑美はこう言ってるが、今話した事は全て事実である。かつて俺達はこの領土ともう1箇所の領土を制圧する際、佑美を先頭に置いてフレイス王国に侵攻した事がある。その時も佑美は大活躍し、敵は緑川佑美という人物に恐怖を覚えている。


葛城「だからお前をここに配置したんだよ。敵が強引に撤退を図ろうものなら、緑川が立ち塞がるぞってな」


にぃっと笑いながら佑美の顔を見る。当の本人は俺が与えたプレッシャーのせいでガチガチになってしまっているようだ。俺は緊張を解すためにまた懲りずに脅かそうと考えるが、何かを察したのか、俺の顔を睨み付けてくる。


葛城「おぉ〜怖怖〜」


緑川「次やったらアバラ1本ずつ折るからね?」


葛城「本当にすみませんでした」


俺が彼女に勝てる日はいつになるのやら…そんな事を思いながら、今日は見張りを兵に頼んで休む事にした。とは言いながらも俺は先程爆睡をかました為、外でフラフr……


緑川「離れたら切り刻むから」


葛城「大人しくしてます」


徘徊しようとした所を佑美に捕まり、抱き枕状態にされてしまった。さすがにこのまま寝るわけには行かないため、俺は寝巻きに着替えてから布団に入った。彼女は夜になると感情の起伏が激しくなって、凶暴になる性質でもあるのだろうか…そんなことを思っていると、自然と俺も視界が閉じてきた。この日は結局2人で抱き合って寝る事になった。


翌朝…


葛城「ん…んぅ〜…」


まだ日が差していないのにもかかわらず、ふと目が覚めてしまった。寝返りを打とうとすると、昨日まであった感触が消えていることに気づいた。パッと周りを見ると、下着姿の佑美の後ろ姿があった。どうやら着替えてる最中のようだ。


葛城「あ…」


思わず声を出してしまった。俺の声に気づいた佑美がゆっくりと俺の方を向く。


緑川「あ…」


ふと目が合ってしまい、しばしの沈黙が流れる。すると佑美の顔がどんどん赤くなっていき、ワナワナと震え出した。恐らく声を出したいが、出したら兵士が駆けつけてくるため我慢しているのだろう。とそんな悠長に考えている間に俺の頭も冴えてきた。そして冴えた頭でもう一度凝視してしまう。だがその瞬間我に返り、これはまずいと判断し…


葛城「す、すいませんでした!」


そう言って布団に包まる。普段忙しい上に宿舎は男女別々のため、部屋はおろか下着姿すら見た事がない。俺も一応男だ、見たい気持ちももちろんある。だがこのまま見続けたらしばかれそうなので、ここは我慢する。暫しの沈黙が流れた後、佑美の着替える音だけが聞こえる様になる。そして着替え終わったのか、こちらに足音が近づいてくる。


緑川「ねぇ…」


佑美の優しい声が聞こえる。


葛城「はい!」


これはまさか…そう期待してすぐさま飛び起き、正座の体勢になる。目の前には鎧を切る前の衣服になっており、普段見ている姿と変わらない佑美が写っている。佑美は腰に手を当て、前かがみになりながら俺の目を見て…


緑川「誰かに言ったら八つ裂きにするから」


葛城「すいませんでした」


緑川「あと変に手を出しても」


葛城「慎ましく生きていきます」


しばかれるよりよっぽど怖い宣言を受け、この世界に来て初めての土下座をした朝でした。


そして夜が開けた頃、俺達は橋の周りに集まっていた。反撃の狼煙をあげる事を知らしめるために。


葛城「…よし、頃合だな。橋を壊せ!」


俺は日が昇って、辺りの視界が良くなってきたことを確認して、兵士に指示する。工作兵は導線に火をつける。その先には無数の爆弾が仕掛けられていた。そして導線の先の爆薬に火がつくと…


ドガガガガガガシャーン


葛城「…ィッ…うっるさ!」


緑川「鼓膜破けそう…」


想像以上の轟音を鳴らしながら爆発し、橋が崩れていく所を見届ける。橋は瞬く間に流れていき、跡形もなく姿を消した。


葛城「水量が多かったのか、欠片も残ってねぇな。よし、すぐに本陣に知らせろ。残った奴らは敵陣の方を向け」


俺は全員にそう指示する。伝令兵はすぐ様馬に乗って本陣へ向かい、俺達はこぞって頂きにある敵陣に向けて睨みをきかせる。よく見てみると、山頂から数名こちらを覗いている奴らがいる様に見える。


緑川「始まったね」


葛城「あぁ、反撃の狼煙は上がった」


俺は心の中でガッツポーズを決め、そのまま山頂の兵を睨みつける。すると敵陣の方から焦る兵士の声が聞こえてくる。効果は絶大のようだ。するとまもなく、勝てないと思った敵兵が何人も山を降りて降伏してきた。俺達は1度体裁を整える為に、その者らを捕らえることにした。しかしその後もどんどん敵兵が流れ込んで、気づけば50人を超えていた。その後本陣からも連絡があり、100人以上の兵士が降伏してきたと。敵の兵力は確か300だったはず、つまり半数以上が降伏してきた。これを逃す手は無い。そう思った俺は、すぐ様本陣に早馬を走らせる。何日もかけて攻略するつもりでいたが、敵兵の降伏という嬉しい誤算のおかげで、俺は攻め入る事を決意した。そして日が登ってしばらく経ち、時刻は辰の刻。俺は味方を全員集めた。


葛城「敵は数多の兵の降伏によって崩壊寸前だ。この気を逃す手は無い!先程本陣に3方向から攻め入るよう伝えた。今日でこの防衛戦を終わらせるぞ!」


俺の言葉に兵達の士気がかなり高くなったのか、呼応する声が地響きのように轟いている。俺は横にいる佑美を見る。


緑川「な、なに?」


葛城「指示を頼んだ」


緑川「ま、また〜!?もう〜…」


少し項垂れたが、すぐに背筋を伸ばして兵達の方を見る。その顔は怖がりの女の子では無く、これから戦場で戦う戦士の顔になっていた。


緑川「皆!優勢だからといって、油断しないように!この戦、絶対勝つよ!」


兵士達「おぉ〜!!!!」


緑川「よし、進軍開始!!!」


佑美の声に呼応するように兵士達も声を上げながら進軍する。兵たちはどんどん進んでいき、その先頭を長剣を持った佑美が走る。その勇ましい後ろ姿を見ながら、俺は心の中で祈る。


葛城「無事に帰ってこい…」


この瞬間がいちばん嫌いだ。最愛の人が戦場に駆けていくこの瞬間が。戦士として戦うことの無い俺に出来るのは、彼女の無事を祈る事だけだ。これほど心苦しいものは無い。何より彼女は超がつくビビりだ。小さな事で驚いて悲鳴をあげることもしばしば。そんな彼女が戦場に出るなんて、怖いどころの話でない。だがこの世の中で戦士として生きる以上致し方ない。俺はその場から動かず、ただその人の姿を見続ける。



佑美視点


背中から剣を抜いて、先陣切って敵の方へ向かう。この瞬間がいちばん嫌いだ。自ら賢介から離れていくこの瞬間が。軍師として生きている彼の為にできるのは、無事に勝って帰る事だけ。これほど難しいものは無い。それに普段あんな感じだけど、彼はすごい心配性だ。さっきの号令を私にやらせた時も、彼は不安そうな顔をしていた。その顔が頭から離れない。でも戦士として生きている以上、国のため、そして彼を安心させる為に戦うことが私の使命。私は不安を押し殺し、振り返ることなく敵に挑む。


葛城「あぁ、早く佑美と…」


緑川「早く賢介と…」



『戦のない平穏な世の中で、暮らしたい』



2人の心が通じたその時、緑川の前に敵が現れる。まるで今までの2人の気持ちを遮ろうとせんばかりに。


緑川「私は負ける訳には行かない!緑川、推して参る!!」


自らを鼓舞し、敵へ向かう足を止めない。すると山頂にいる兵士の動きに乱れが生じた。何かあったのかと思い、耳を澄ませると…


「おい、何やってんだ!」


「裏切ったのか…ぐわぁっ…」


どうやら上で争いが起きているみたい。でもどうして…?その時私の頭には、つい先程彼が話した言葉が浮かぶ。


「先程本陣に3方向から攻め入るよう伝えた」


3方向…彼は確かにそう言った。しかし敵陣に続いている道は2方向だけ、それ以外は人が歩くことも難しい獣道だったはず。まさか…私は初めて彼の方を振り返る。見るとその顔は口角を釣り上げ、ニヤッとしていた。その顔を見た瞬間、私の中で全てが繋がった。


「そういう事ね。さすが軍師様」


私は彼が打った策を信じ、前を見て突っ走る事にした。


緑川「やっぱり彼が軍師で良かった」


そう呟きながら山を駆け登る。そう、彼は道がある2方向とは別で、獣道からも攻め入るようにさせていたようだ。確かに彼は降りる事が難しいとは言ったが、登れないとは言っていない。おそらく私達の出陣を遅らせたのも、獣道を登る味方と足並みを揃えるためだろう。ついでに彼の事だ、降伏してきた敵兵の鎧を味方に着せて、中で同士討ちの様な事をさせたんだろう。やっぱり恐ろしいなとしみじみに思う。そんなことを考えながら前を見ると、先程までいた敵兵の顔が見えなくなっていた。私はついに敵陣の目の前まで辿り着き、策を飛び越える。私が敵陣に侵入したのを見た瞬間、敵の顔が怯え始めた。そんなに怖がる必要は無いと思う。なぜならこの場で1番怖がってるのは、勢いで敵陣に突入してしまった私の方なのだから。そう思っていると敵の方から斬りかかってくる。私は敵の攻撃にビビりながらも何とか躱し、剣を振るう。いつも通りの戦い方ができると感じた私は、そのまま勢いに乗って攻勢に出る。


­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--


一方緑川が出陣した陣地では、葛城が敵陣の方から目を逸らさずにじっと見ている。


葛城「何とか敵陣に侵入できたみたいだな…」


俺は彼女の心配をしながらも、戦況がどうなっているのかを音で判断していた。戦争が始まれば、山の頂きとは言えどそれなりに音は聞こえる。侵入できたと判断したのも、山頂から柵を破壊する音が聞こえたからだ。


葛城「…佑美は上手くやってるだろうか…いや、今は信じるべきか…いつも通りビビって戦えよ」


佑美女性だから、当然男に筋力では勝てない。それでも彼女が強い理由、それは彼女は超がつくほどのビビリだからだ。戦場において恐怖心を無くすのはとても危険だ。これは持論だが、恐怖心と危機感はかなり近しいものと思う。恐怖心がないということは、恐れるべきことを恐れていない。つまり危機管理能力が欠けているという事。そうなると戦場で命を落とす選択を取ってしまう可能性がある。だが彼女はビビり故、少しの危険でも恐れて絶対に踏み込もうとしない。逆を言えば、彼女がGOサインを出す時は被害を喰らう可能性が限りなく低いということだ。軍師の俺としても、被害を最小限に抑える戦闘をしてくれるのはありがたい。戦士である彼女の事を心配しながらも、彼女が戦士で良かったと思う。


葛城「勝ってくれよ…佑美…!」


俺は腕を組みながら、必ず来る勝利を待ち続ける。


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敵陣に侵入してそれなりに時間が経った。私は次々と攻撃してくる兵を確実に仕留めていく。


ザシュッ


緑川「これで兵士は大半倒したかな」


私は剣に付いた血を振り払い、辺りを見回す。どこを見ても自軍の兵士ばかりが目に付く所を見ると、戦争はもうすぐ終わりかと思う。ほっと胸をなでおろした、その時…


「覚悟〜!」


緑川「っキャァァァア!!!」


突然背後から男の大声が聞こえる。振り返ると敵が私に斬りかかってきていた。私は悲鳴をあげながら、驚いた反射で咄嗟に剣を振る。


ガキンッ


「くっ…」


ギリギリで敵の剣を弾き飛ばすことに成功し、そのまま敵の腹を突いた。私の剣は鎧ごと腹を貫き、敵は力が抜けたように動かなくなった。それを確認した私は、ゆっくりと剣を抜く。敵はバタッと仰向けに倒れ、脅かされた衝撃で私もペタっと座り込んでしまった。


緑川「び、びっくりした……」


バクバクとうるさい心臓を落ち着かせながら、斬りかかってきた敵の方を見る。中年ほどの男の様だが、鎧が何やら変わっている。先程まで相手していた敵兵は黒一色の鎧だったが、この男はそれに金色の紋様が着いている。何か役職が違うのか?そう思いながら見ていると、またも後ろから声がする。


兵「緑川様!」


緑川「な、なに!?」


両肩がビクッと上がり、全身が強ばりながら後ろを向く。声をかけてきたのは味方兵士だった事を確認して、ひと安心する。そして兵士はそのまま話す。


兵「そ、その男…今回の敵の大将です!」


緑川「……へ?」


突然の報告に頭が追いつかない。


兵「その者が指揮を執っているのを確認しておりました。間違いありません!」


私は敵将の確認をしてなかったからありえるのだろうが、こんな拍子抜けな勝利は今までに見た事も聞いたことも無い。ただ驚いた時に振った剣が敵の剣とぶつかってはじき飛ばし、腹を突いただけなのだけど。だがようやく頭の整理が着いてきて、嬉しさが込み上げてきた。形はどうあれ、敵大将を倒す事には成功したようだ。私は抜けた腰を戻し、すぐさま立ち上がる。剣を高く上げ大声で…


緑川「敵将!討ち取った〜!」


私の声に呼応して、兵士達が声を上げる。大将を倒した事で戦が終わり、何とか拠点を守る事に成功した。ようやく安堵した私の体から力が抜けていった。ここまでよく頑張った…そんな風に自分を褒めながら、温もりを感じ……


緑川「…………………あ」



葛城視点に戻る


葛城「討ち取ったか…よく頑張った…!」


敵陣から聞こえる佑美の声と兵士の喜ぶ声。戦が終わった事と、何より佑美が無事である事を聞いて緊張感が解れていく。ふと見ると、勢いよくこちらに走ってくる佑美の姿が見える。嬉しさのあまり駆け出して来たのかと思い、俺は佑美が走ってくる方に腕を広げて待つ。


葛城「おかえり佑美!さっき悲鳴が聞こえたけど無事だったみたいだな!」


佑美はペースを落とさずこちらに走ってくる。その間顔を伏せている、勝てた事が相当嬉しくて泣いたのか?と思い気にも止めなかった。そして佑美は俺に抱きつい…てくることは無く、なんなら返事もせずそのまま素通りして行った。


葛城「………ん?」


素通りしていった佑美の方を向くと、そのまま脇目も振らずにテントに入っていくのが見えた。


葛城「な、なんだ?」


抱きついてくると思い腕を広げていたのが悲しくなるような行動をされ、内心ちょっと落ち込んでしまう。その後佑美を追いかけて来たのか、兵士が1人走ってきた。


葛城「あ、おい?」


兵士「あ、葛城様!無事、戦は勝利致しました!」


葛城「それは知ってる。それよりゆ…ゴホン…緑川将軍に何があった?」


公私混同してしまいそうだったのをかろうじて止め、事情を知らないかを兵士に聞く。


兵士「私にも分からないのです。突然なにかに気づいたのか、こちらに走られていったのです」


葛城「なにかに気づいた…?…………ぁ」


兵士「なにかお分かりになるのですか?」


佑美の性格、そして先程の悲鳴、この2つが導き出す回答は1つしかない。だが大きな声で言えない内容なので、ここは適当なウソで乗り切ることにした。


葛城「あ、あぁいや…えっとぉ…彼女戦う前にサラシを強く巻きすぎたと言っていたのを思い出してな。気にしなくていい」


兵士「さ、左様ですか…」


葛城「あぁ、悪いがゆ…ゲフンッ…緑川将軍には少し休んでもらうから、戦の後始末頼めるか?」


兵士「か、かしこまりました…」


若干納得が言ってないようだが、一応言う通りに戻って行ったのでよしとしよう。とりあえず俺は佑美の入ったテントに向かう。入口に立つと、中から微かに啜り泣く声が聞こえる。俺は意を決して、テントの入口を開き中に入る。中に入ると、佑美は鎧のまま布団にくるまって泣いているようだ。


葛城「…佑美?」


緑川「……出てって…」


優しく声をかけたが、すぐに出ていくよう言われてしまった。どうしたらいいか分からなかったが、とりあえず俺は佑美が横になってる布団の横に座る。


葛城「あぁ…えっと佑美さん?もしかしてなんですけど…さっきの悲鳴のタイミングでその…おも…」


緑川「言わないで!!!!」


耳がキーンとなるほどの大声で遮られたが、俺の予想は当たっていると確信した。


葛城「だ、大丈夫だよ。誰もまだ気づいてないみたいだし」


緑川「うぅ〜…」


フォローを間違えたか、佑美はさらに布団を深く被ってしまった。こういう時男はどうしたらいいのか…軍略は様々考えてきたが、女心を考えてこなかった事を今になって悔いる。


緑川「……した…?」


葛城「ん?なんて?」


緑川「……幻滅した…?」


弱々しい声で俺に問いかける。考えてみれば、男の俺でも恥ずかしいと感じるんだ。そりゃ女性の佑美の場合、恥ずかしいの次元じゃないだろうな。


葛城「幻滅なんかしないよ。むしろなんというか…いつかはこうなるだろうって思ってた」


緑川「ぅ…嬉しくないそのフォロー…」


どなたかわたくしめにこういう時どうしたら良いかご教授頂けないでしょうか。私元いた世界でも彼女がいた事ない上、この世界に来て関わった女性は佑美を除くとほぼ居ないのです。その上デートも偶にしかできないため、全くこういう時どうしたら良いかの答えが分かりません。結局なんて返したらいいか分からず、言葉に詰まってしまう。


緑川「うぅ〜…」


どなたかほんとに助けていただけないですか?こうなった彼女を助ける方法を。携帯を持ってたら今すぐ「彼女 泣いている 解決法」で調べたいのですが、生憎この世界に携帯は愚か電波もありません。後生の頼みです。どなたか!ヘルプミー!


緑川「…グスッ……」


葛城「あぁ、誰も気づいてないんだしセーフ。そう、セーフだよ」


緑川「……そうだけど…でも賢介にはバレた…」


葛城「それは…まぁ…性格を知ってるし…」


緑川「…………」


え?今イケたと思ったのですがダメでしたか?おっと全然行けてないとか言わないでくれよ?今度は俺が泣くぜ?これでも結構真面目に考えてるんだ。


緑川「…うぅ〜…」


葛城「そんなに泣かなくていいよ。大丈夫、誰にも言わないから」


緑川「…言ったら殺す」


唐突に怖いこと言わないでもらっていいですか?情緒がわからんです。


葛城「言わないから安心して?大丈夫だから」


緑川「でもぉ〜…」


葛城「…まだ何か引っかかるか?」


一か八かちょっと踏み込んで聞いてみることにした。


緑川「だって…もうお嫁に行けないもん…」


葛城「……はい?」


緑川「お嫁に行けないじゃんって言ってんの!」


あ、そこでしたか。なるほどなるほど…そう思ったが、俺の中で1つ疑問が浮かんだ。


葛城「…え?俺以外にどっか嫁ぎに行く予定でもあったの?」


緑川「は?」


葛城「いやだってお嫁に行けないって…俺たち付き合ってるのに…」


緑川「……え?何言ってんの?」


葛城「え?」


緑川「え?」


ようやくひょこっと顔を出したかと思えば、困惑したような顔でこちらを見ている。


緑川「私達…付き合ってるよね?」


葛城「もちろん」


緑川「別れるつもりは…」


葛城「毛頭ありませんが?」


それでも表情は変わらない様子。なにかおかしな事でも言ったか?そう思ったが、無い頭を振り絞った結果ようやく意味を理解出来た。


葛城「あ、そういうこと!?」


緑川「…………バカ?」


葛城「もう少しオブラートというものを覚えて頂きたい」


若干いつもの俺達に戻ってきたようで、佑美の顔も少し緊張が解けた様子。だが忘れちゃいけないのが、今彼女は自分の尊厳が傷ついてしまったと思っているのだ。下手に口を出せば傷つけかねない。流石に俺でも分かる。バカにしないでもらいたい。ここで言うべきは1つ…


葛城「…じゃあ、俺が貰ってもいい?」


前言撤回バカだ俺。絶対今じゃない。うん絶対今じゃない。間違いなく今じゃない。


緑川「…今?」


当然の反応でございます佑美様。わたくしめがアホなばかりにとんでもないタイミングで言ってしまいました。


葛城「いや、なんて言うか…俺は幻滅してないしさ。それに今回の事で嫌いになったりしてないからさ。だからその…俺が絶対幸せにするので、一緒に…なりませんか?」


緑川「………」


葛城「あ、別に変な気があるとかじゃないよ。そのわかってしまったから致し方なくという訳ではございませんので、どうか間違った意味で捉えないで頂けると…」


緑川「その後フォローが痛いよ…」


葛城「すみません…」


墓穴製造責任者の試験会場はどこですか?今なら満点取れそうです。


葛城「それでその…お答えを頂いても…?」


緑川「嫌だ」


ですよね!はい、わかってました!はいオワタ、ここまでの関係総崩れ決定でございます。今までありがとうございまし…


緑川「今は嫌だ…」


葛城「…へ?」


緑川「この状況でそれを決めるのは嫌だ。ちゃんとした所で…その…もう1回言って?」


葛城「……………」


緑川「…な、何か言ってよ…」


まさかの展開にまた俺の頭はついていけず、ついぼーっとしてしまった。これはOKなのだろうか。もう何もかも分からなくなってしまい、軍師なのに頭で考えるのを辞めた。


葛城「わかった。何度でも言うよ。必ず幸せにするよ」


緑川「今じゃないってだから…」


葛城「あ、そっか…」


緑川「…やっぱバカ」


葛城「うん決めた。俺の一生かけてお前にオブラートとは何かを教えてやるわ」


緑川「何それつまんなそう」


葛城「んだと?このやろう〜」


緑川「ふふっ…」


佑美の顔に若干の笑顔が戻ってきたようだ。俺はほっと胸をなでおろし、良かったと心の中でつぶやく。


兵士「葛城様〜!」


葛城・緑川「ビクッ」


兵士「帰陣の準備が整いました」


葛城「そ、そうか!わかったすぐに行く」


突然声をかけられて2人して肩を震わせた。兵を返した後、2人でお互いの顔を見合う。お互いにおかしくなってしまったのか、思わず笑いが込み上げてきた。その後俺は佑美と口裏を合わせ、先にテントの外へ出た。何人か心配していた者もいたので、「サラシを強く巻きすぎただけ」と皆に周知させた。その後予備の服に着替え、改めて鎧を着た佑美がテントから出てきた。先に口裏を合わせていた為、事実が表沙汰になることは無かった。その後俺たちは自分達のテントをしまい、帰る準備を整えた。その後兵を引き連れて防衛拠点へ向かう。連れてきた兵士と人数がそんなに変わってない所をみると、今回の戦は大勝利だったのだと思う。その後拠点に戻って、今回の戦争の報告をまとめる。あらかた纏めた所で、俺達は早めに報告しようと先に本国へ戻ることにした。行きは急いで来たが、帰りはのんびりと2人で他愛もない話をしながら帰ることにした。気づけば日も暮れてしまい、本国に着いたのは酉の刻になってしまった。月明かりが照らす街中を2人横並びで歩き、城に入る。そして長い廊下を通って、謁見の間へと到着する。中に入るとまだ陛下は普通に起きてたらしく、今回の戦果の報告をする。


陛下「そうか、撃退したか!」


葛城「はい、敵軍は全滅。北からの侵攻は暫く収まることでしょう」


陛下「まさか3日の内に向かい帰ってくるとは…いや、任せて正解であった」


葛城「恐縮にございます」


陛下は穏やかな笑顔でそう言う。ここまで褒めてもらうのは、嫌な気はしない。素直に受け取り、そして早く緊張するこの場から抜け出したいと思う。


陛下「そこでだ。これまでの功績を評価し、お主に家をやろう」


葛城「なっ!そんな、恐れ多いです陛下。私などに家なんて…」


陛下「謙遜するな。今までの功を考えれば安いものよ」


突然の申し出に困惑した俺は、それを断ろうとした。俺はこの世界に飛ばされて右も左も分からない時に拾ってくれた村に、そしてその村の管轄であるこの国にとても感謝している。軍部に入ってからも俺達の境遇に気をかけてもらい、様々な支援を貰った。これ以上貰うとバチが当たりそうな程に。しかし陛下は…


陛下「お主らはここまで何度もこの国の窮地を救ってくれた。ある時は厄介な猛将を退かせ、ある時は窮地に陥った防衛拠点を素早く守り抜いた。この他にもお主が残してきた功績は山ほどある。これに対し今まで何も返せなかったわしを許して欲しい」


何と陛下自ら頭を下げ謝罪してきた。ここまでされるとほんとにバチが当たりそうなのでやめて欲しい。


葛城「そんな!とんでもございません。異界より飛ばされてきた我々を、寛容なお心で拾ってくださった。その大恩に報いる事が出来たならば幸せでございます。ですからどうか頭をお上げください」


陛下「そうか…しかし、これを受け取ってもらわねば周囲に示しがつかぬ。それにわしの心も落ち着かぬのだよ」


ここまで言われてしまうと断る気にもなれない。だがこのまま素直に受け取るのも気が引ける。そう思った俺は、ある提案をする事にした。


葛城「であれば、隣の緑川将軍にそれを授与して頂きたいのですが」


緑川「えっ!?」


またも突然の指名に目を丸くして縋りついてくる。なんか数日前にもこんな事あった気がする。


陛下「ほう、理由を聞かせてもらえるか?」


葛城「彼女はこれまで私の策に何度も参加してもらい、その度に勝利を収めてきました。その上私一人では到底あげることすら出来ない戦果もあげてきました。私はその功績を称えたいと思います。ですから陛下、まずは緑川将軍に授与して頂きたい」


緑川「賢介…」


佑美が小声で俺の名を呼ぶ。しかし実際事実なのだ。他の将では達成できない策も、佑美のおかげで成功させる事が出来たこともある。俺にとって1番の功労者は佑美であり、1番に施しを頂けるなら佑美にと思っていた。それに佑美は戦場で命を張って戦っている。その佑美に何も施されず、俺だけが貰うのは心が痛む。だから彼女に渡して欲しいと願い出たのだ。


陛下「…ふっ…傲岸不遜の者もいる中で、お主は立派よのう」


葛城「…陛下にお言葉を返してしまい、申し訳ありません」


陛下「良いのだ。立派な心を持っておるお主の言葉だ。尊重するとしよう」


葛城「恐縮です」


何とか意見が通りそうなムードで、俺は一安心だ。と、思っていたら…


緑川「待ってください!私ではなくまずは彼に…葛城様にお願い致します」


葛城「え?」


陛下「ほう…」


突然何を言い出すかと思えば、俺が差し出した家を貰える権利をこちらに返そうとしてきた。一体何を考えてるのか分からず、声が出てしまった。


緑川「彼は今まで何度も策を用いて敵を撃退してきました。それこそ、我々戦士だけでは適わぬ勝利も、彼の軍略のおかげで収めています。私が貰うのは彼の後にしていただけないでしょうか」


葛城「ちょ、ちょっと待て!どう考えてもお前が貰うべきだろ!俺一人じゃ到底戦に勝てないんだぞ?」


緑川「それを言うなら、私だってひとりじゃ勝てないよ!賢介の策があったから勝ててただけだもん!」


葛城「いやいや、佑美が居なきゃ兵の士気の上がり方も違うんだよ。それに俺が渡してきた難しい策も、お前は成功させてきたじゃないか」


緑川「そんな事ないよ!私達だけじゃロクな策も用意できないんだよ?今回だって敵の陣地の弱点にすぐ気づいたじゃん!」


葛城「あれは相手がおかしな布陣を敷いただけだ。それで言うならお前も気づい…」


陛下「2人とも、そこまでにせんか」


葛城・緑川「ハッ…」


思わず口喧嘩してしまったが、ここは陛下の御前。とんでもない場所で言い争ってしまったと思い、猛省する。


陛下「2人とも功を譲りすぎじゃ。少しは貪欲に生きている方が良い。それと、痴話喧嘩は後にしてくれ。見ているこっちが歯がゆいわい」


葛城「無礼を働いてしまい、申し訳ありません」


緑川「私も、すみませんでした」


今まで喧嘩を止められたことは数々あったが、まさか陛下に止められる日が来るとは。俺達は深深と頭を下げ謝罪する。


陛下「ふぅむ…しかし今の痴話喧嘩を見て、以前からあった疑問が更に強くなってしまったな」


葛城「疑問…?と言いますと?」


陛下の口から疑問という言葉が出てきた。一体何を言われるのかと、とてつもない緊張が走る。


陛下「私はてっきりお主らが恋仲と思い、2人で住める大きな家を用意するつもりだったのじゃが…2人は恋仲では無いのか?」


葛城「なっ!」


緑川「…カァァァァァァア」


俺達は軍部の人間には恋仲である事を一応公表していたが、まさか陛下の耳にも?いや、今の言い方的に知らなかったと思える。というか顔を赤くするのやめろよ。はいそうですって言ってるようなもんじゃないか


陛下「して、どうなのじゃ?」


葛城「あ…えっと……はい、その通りです。2年ほど前からお付き合いさせていただいております」


緑川「ちょっ!」


陛下「やはりのぅ」


俺がカミングアウトした事で、既に真っ赤に染まっていた佑美の顔が更に赤くなる。陛下はその姿をみてニヤッとする。


陛下「であれば2人で住むことにすればよい。これは私からの命令だ」


葛城「は、はい…かしこまりました。謹んでお受け致します」


陛下にこう言われてしまっては返す言葉がない。それにこれ以上食い下がるとそれこそ無礼に値すると思い、俺達は受け入れる事にした。


陛下「うむ、では後ほど兵士に案内させるとしよう。他に報告はあるか?」


葛城「いえ、ございません」


陛下「ではご苦労であった。……張り切りすぎるなよ?」


葛城「うっ…」


緑川「……/////」ボフッ


釘を刺されて終わってしまった。佑美はショートしてるし、俺も言葉が出てこない。その後廊下に出て直ぐに兵士に連れられ、新たな家へと向かっていく。場所は城からそう遠くもなく、すぐに着いたのだが…


葛城「でっか…」


緑川「ここに2人で住むの…?」


たどり着いたのはL字型の屋敷のような所で、2人で住むにはあまりにも大きすぎる気がする。部屋は一階に2部屋あり、それとは別で大広間がある。台所も設置されていて、2階には3部屋もある。どの部屋も8畳以上はあると思われる屋敷に、俺達は震えが止まらなくなる。その上庭もかなりの広さがあり、池や盆栽も並んでいる。そしてそんな庭を眺めるに持ってこいの縁側まである。想像以上に大きい家を貰ってしまい、どうしたらいいか分からない。すると屋敷の門を何者かがくぐり抜ける。よく見るとアルグ王国の兵士のようだ。兵士数人やってきて、何やら大きな荷物を抱えている。そして中に入るなり…


兵士「失礼します。お荷物をお持ち致しました。中へお運びしますので、しばらくお休み下さい」


と言って荷物を中に運び始めた。その中には俺達の所持品の他に、数日分の食料まである。もう至れり尽くせりだ。とりあえず今は兵士の言う通り休むことにするが、俺達の頭の中は申し訳なさでいっぱいだ。


葛城「これ…さすがに貰いすぎじゃねぇか?」


緑川「陛下はこれを安いって言ったんだよね」


葛城「これのどこが安いんだよ…」


なんて口々に言うが、若干2人とも新しい生活が楽しみで仕方ない。そして兵士たちは荷物を運び終えると、すぐさま帰って行った。その後俺達は縁側に座り、満月を見上げながら黄昏れる。


葛城「「俺たち…一緒に住むんだな」


緑川「うん、これからはずっと一緒だね」


葛城「あぁ、ようやく夢がひとつ叶ったな」


緑川「そうだね、でもこれからもっと頑張らないとね」


葛城「あぁ、一緒にがんばろうな」


緑川「うん」


俺達は数回の会話のラリーを終えると、また2人で同じ月を見上げる。幸せってこういう事なのかとしみじみに思う。


その後2人ともバタバタで疲れたのか、この日は寝る事にした。訪れたばかりの家で寝る場所も特に決めてなかったので、この日は広間で布団を横並びにくっつけて寝る事にした。


葛城「まさかこうやって一緒に寝れる日が来るなんてな」


緑川「思えば付き合ってから1度もこういうのなかったよね」


葛城「」ぁ、本当に幸せだよ」


緑川「そうだね…ふわぁ…」


葛城「初めて見たな、佑美の欠伸…ふわぁ…」


緑川「賢介もしてるじゃん」


布団に入った事で眠気が襲ってきたのか、欠伸が出ている。佑美につられて俺まで欠伸が出てきた。


緑川「疲れたね」


葛城「あぁ、しばらく忙しかったからな」


緑川「うん、でもこうやって一緒に横に並べる時のためだって考えたら、それも幸せに感じる」


葛城「だな。これからはもっと幸せな日々が待ってるだろうな」


緑川「だね…私もそう……お…も……ぅ…」


葛城「ん?」


横を見ると、スーッと寝息を立てる佑美の寝顔が目の前にある。戦の直後だし、疲れたのだろう。そう考えてると、自然と瞼が閉じてきた。俺は抗うのをやめて、ゆっくり夢の中に誘われていく。



­­数時間後…


ん?何やら腹に激痛が走る。なんていうか、締めあげられてるような痛みだ。なんか…覚えがある気がする…


ギュゥゥゥゥゥゥゥ


葛城「痛でっ、痛でででででっ!な、なんだ!?」


緑川「むぅ…やっと起きた…」


寝起きでまだ閉じかかってる瞼を擦りながら、腹の方を見る。するとそこには痛みの元凶が乗っかっていた。佑美が俺の腹の周りに腕を回して締め付けていたようだ。


葛城「なんだよ…まだ夜中だろぅ…」


緑川「あの…えっと…ちょっと御手洗に行きたくて…」


葛城「トイレはそこでて右だろ?行けばいいじゃん」


緑川「明かりがなくて暗いから。だからその…」


葛城「一緒に着いてきてってか?」


緑川「うん…」


まさかの連れションの誘いだった。トイレは広間を出てすぐの場所にあるので、遠くないはず。俺は早く眠りたいと思い、寝返りを打ってそっぽを向く。


葛城「1人で行けよ…俺眠い…」


緑川「ねぇぇ〜お願い〜!!!」ギュゥゥゥゥゥゥゥ


葛城「痛でででででででっ!!だからおまっ!締め付けんなっででででででででで」


緑川「怖いのぉ〜!!!!」


葛城「痛い痛い痛い!せ、背骨!背骨折れる!まずい痛てててててたいたいたいたいたい!!!!」


緑川「来てよ〜!!!!!」


俺はすっかり忘れてた。こいつ超が着くほどのビビりだった!


葛城「痛でででででっ!!!ち、ちと…!ちと力抜いででででっ!!!」


緑川「もぉぉぉぉおおっ!!!!」


葛城「あっあ、やばいやばいやばい!ちょっ!勘弁してくれでででででででっ!!!!」


fin

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