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評価・いいね・ブックマークありがとうございます。

日々の執筆の励みになります。感想もお待ちしております。

 ラッカラ教会


 異様な集団が教会へ乗り込む。

 貧民とも言えるみすぼらしい服の集団が、見たところ二十人から三十人。

 その誰もが目をぎらつかせ、力強い足並みで進む。


 集団の先頭が教会の扉を開け、集団が入りきる頃最後尾が教会の扉を閉める。

 その中心部にある一人か二人を守りながら。いや逃がさないように円陣でやって来た。


「着いたぞ」

「ぎゅうぇっ…ゲホゲホッ…ゴホッ…!」


 襟首を掴んだまま引きずってきたのを解放してやるとバーバラは激しく咳き込んだ。


「神父様、こいつを見てくれ」


 いきなり乗り込んできた俺たちにヒヤヒヤ顔で待ち構えていた神父様・シスターたちだったが、俺がバーバラの恩恵ギフトを見直してほしいと言うと戸惑いながらも応じてくれることになった。


「では、像の前で頭を垂れなさい」


 神父様の優しく威厳のある声。

 バーバラはうなだれた姿勢そのままに、ギロチンに掛けられる死刑囚のように像の前で力なく頭を下げた。



 バーバラのすすり泣く声だけが聞こえる数十秒。


 やがて神父の合図によって礼を解かれた。



「あなたの恩恵ギフトは<噓から出た実>です」

「…は?」


 座り込んだままのバーバラは目を点にして神父を見上げた。


「……ちょっと待ってください。私の恩恵ギフトは<大泥ぼ―――」

「神父様、その<噓から出た実>ってのは何なんだ。聞いたことねえぞ」

「私も聞いたことがありません。数十年神父をやっておりますがこんなギフトは全く知りません。ですが、禁呪ではないようです」

「マジかよ…!」


 前も聞いたようなやり取りで、謎の恩恵ギフトであることが分かった。

 バーバラは何か言いたそうな様子だったがそれはどうでもいい。

 俺が描いていたプランに無視出来ねえ問題が生まれたからだ。


 バーバラが禁呪でないなら公的に裁けなくなってしまう。

 ここまで散々金を絞って贅を尽くしたからには、その金はもうなくなってるだろう。

 こいつが今つけてる指輪もネックレスもたかが知れている。全員分の補填にはならねえ。

 そうなると俺とこいつらの溜飲が下がる落としどころがなくなる訳で。


「「「………ッッッ!!!」」」


 一度は抑えた集団の熱が再発するのは分かり切ったことだった。


「もう殺っちまおうぜ…」

「ああ、俺はもう我慢出来ねえ」

「良くも俺たちをコケにしてくれたな…!」


 ジリジリと四方から囲むようにバーバラに詰め寄ろうとする。

 だがそうはさせない。


「待てお前ら。ここは教会だぞ。お前らが罪人になってどうする」


 ぴた、と足が止まった。


「暴行殺人は重罪だ。ババア一人の為に、お前ら全員が罪を負うのか。本当の罪人はそいつだってのに見合わねえだろそんなの」


 集団は、歯を食い縛り、拳をぐぐぐと握りしめながら悲痛な顔を浮かべる。


「…神父様」

「はい」

「さっきこいつの恩恵は<嘘から出た実>って言いましたね」

「ええ」

「意味は分からないんですね?」

「…申し訳ない事ですが」

「分かりました」


 神父様から聞いた内容を咀嚼しながら集団に向き直る。


 ――聞いた限りの語感では多分、そういう意味になりそうだ。

 きっとそういう事なら、今こいつらは大分ヤバい状況になっている。

 まずはそれを取り消させてやらねえとな。


「おいバーバラ」


 と呼びかけると、ビクッと体を震わせてゆっくり俺の顔を見上げた。

 これから何をされるのかと不安でたまらない様子だ。


「お前、『皆さんには悪霊なんて憑いていません』と言え」

「……え?」

「良いから言え。『ここにいる全員誰にも悪霊は憑いていません』と」


 泣き腫らした目をしたバーバラは戸惑いながら言われた言葉をそのまま復唱した。


「……ここにいる人は全員、悪霊は憑いていません…」

「『この場全員が抱えている不調は全部消えます』はい!」

「…この場全員が抱えている不調は全部消えます」


「『運気は急上昇。これから何もかも良い方へ進みます』はい!」

「運気は急上昇。これから何もかも良い方へ進みます!」


「『心を入れ替えて新しい自分になります』はい!」

「心を入れ替えて新しい自分になります!!」



 …これでいいだろう。

 <噓から出た実>。俺の予想では多分、こいつが言った嘘は本当になっちまうって恩恵ギフトだ。


 さっきこいつは、私の恩恵ギフトはそれじゃない。みたいなことを言いそうになったのを思い出した。

 何がどうしてそうなったのかは分からんが、恩恵ギフトが変化しちまったんだろうか。


 当初は金を騙し取るために、方便として霊が憑いていると言って恐怖心を煽ってたが、元々あった恩恵ギフトがいつ<噓から出た実>になったのかで話は変わる。


 今ここにいる奴ら全員がバーバラの言う通り悪霊に取り憑かれていて、しかも本当に数珠・木札・壺・水・砂・塩でギリギリ耐えているって状況になっちまう。


 それを、バーバラ本人の口から取り消しさせて、別の嘘で上書きさせれば。



「…あれ?」



 集団の中の誰かが呟いた。



「肩が軽い…右肩が軽いぞ!」


「私も、あんなにひどかった頭痛がないわ…!」


 霊障に悩まされていた人々の症状が一斉に治まったのだ。


「おおっ…私の目がはっきり見える。見えるぞ…!」

「えっ!? 神父様?」

「遠くなった耳も聞こえるようだ。ああ、これぞ奇跡…」

「膝が痛くない…私の膝が! こんなに曲げても痛くありません!」


 しかも老化に伴って不調を来していた神父様、関節痛に悩んでいたシスターの不調も改善されたようで、神父様はあちこちをキラキラした目で見回し、シスターは何度も屈伸を見せびらかすように繰り返す。


「……あっ!」


 もしかして。

 “この場全員が抱えている不調は全部消える”に神父様たちも含んじゃったってこと…!?

 嘘。何それ。


 すごすぎじゃん。



「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 一人の男が手を上げる。


「俺の、俺の娘はどうなるんだ。病気の娘は治るのか」


 自宅で病に臥せっているであろう彼の娘は()()()にはいない。

 効果範囲外だ。


「おらの母の病気は…!」

「妹を治してくれえ!」


 彼のように身内が苦しんでいる元信者たちが挙って手を上げ、家族はどうなるのかと俺に声を上げる。

 先程までと打って変わって、一縷の望みを見出した人々の助けを求める声が教会中に木霊した。


 事態の変化に着いていけないバーバラはあちこちと目線を忙しなく動かすばかり。

 仕方ないからここは音頭を取ってやろう。


「分かった! お前ら。今すぐ家に帰って病気の家族をここに連れて来い。歩けなかったら背負って来い。怪我人も病人も、連れてきた奴一人残らず治してやる!」





 そこから数十分後、教会とその周辺は大騒ぎとなった。

 恩恵ギフトの授与よりも大勢が詰めかけたこの教会では、俺がバーバラにムチを打ちながら来る人々を次々に処理していく。


「『この場にいる者全ての体調不良は全て消え去り、完全な健康体を取り戻します』はい!」

「この場にいる者全ての体調不良は全て消え去り、完全な健康体を取り戻します」


「息苦しさが消えた…!」

「熱も引いた…」

「ママ、もうだいじょうぶ…」

「あ…あ…」

「「「ありがとうございます!!!」」」

「はいお大事にー。次の方~!」



「『この場にいる者全ての骨折・脱臼・癒着・変形・古傷は全て消え去り、完全な健康体を取り戻します』はい!」

「この場にいる者全ての骨折・脱臼・癒着・変形・古傷は全て消え去り、完全な健康体を取り戻します」


「おおお…!」

「痛みが消えた」

「歩ける、歩けるぞお!」

「やけどの跡が綺麗さっぱり…!」

「「「ありがとうございます!!!」」」

「はいお大事にー。次の方~!」


「あのう…ちょっとくらいは休ませてくれても…」

「うるせえ。心を入れ替えて新しい自分になるんだろうが。罪滅ぼしだ罪滅ぼし」

「度が過ぎるよ…新しい自分になるって言わせたのはあんたじゃ――」

「…あ?」

「…………いや、なんでもない」


「次の方どうぞ~!」


 最初はバーバラが騙した元信者と家族、この場にいなかった元信者たちとその家族だけを治療するつもりが回復した人たちの歓喜の声が噂を呼んで、今ラッカラで怪我に病気に苦しんでいる人たちの治療を求める大会に様変わりしてしまった。


 元信者たちの他、神父様やシスターたちの協力もあり、似たタイプの病人・怪我人を三十人単位でまとめて治療していくことになってしまった。


 感謝の声と抱き合う家族の号泣を半ば事務的に聞き流しつつ教会の外へ誘導しながら、早く多くの人々を治し続ける。


 そうして五時間少々が経った頃、ようやく希望者の列は解消し教会は落ち着きを取り戻したのだった。



「「疲れた…」」


「「「お疲れさまでした」」」


 同時にため息を漏らした俺とバーバラに神父様・シスターたち・元信者たちが労いの言葉をかけた。


「みんなすまねえな。お前らが騙し取られた金の弁済はすぐには出来ねえが、今出来る限りのことはやったつもりだ」

「そのお気持ちで十分です。怒りに任せていたら、きっとこうなってはいませんでした」


 バーバラの悪事によって奪われた金はいくらほどだろう。

 きっと数えきれない数の人が騙され、途方もない額が吸い上げられたことだろう。


「おい」

「な、なんだい」

「お前、ラッカラで奴隷商にまた流したりしてねえよな」

「しっ、してないよ! ここらで始めたのは最近の事さ。帝国から逃げて以来、奴隷売買はしてないよ。誓ってしてない、本当だよ!」

「そうか。ならいい」


 ――もしここでも奴隷売買に手を染めてたらお前は死ぬところだったぜ。


 と小さく耳打ちしたら、バーバラは全身に鳥肌を立てた。


「ちょっといいかい…」

「どうした」


 元信者の男が集団をかき分けて前に出てきた。

 バーバラの正面に立つと、少しの逡巡の末、頭を下げた。


「さっきはすいませんでした。俺たちついカッとなってあんなことを…」

「…」


 そう言った彼は、先程ハンマーを振り上げ、バーバラを殴り殺そうとした男だ。

 彼は奪われた未来と悪霊に憑かれたどうしようもない現状に悲観し、茹でた草と固いパン、親指ほどの肉が入った塩スープで腹を満たす日々を送っていて。

 自分が必死の思いで捻出した布施でバーバラが贅沢三昧であることをグレンから明かされ、一気に針が振り切れてしまった被害者の一人であった。


 しかし悪霊によってこの所ずっと悪かった体調が完璧に回復し、それどころかつい先程家族を連れに一旦家に帰った時、道端で銀貨を一枚拾った。

 それはグレンの指示による“不調は全部消える”と“運気は急上昇”によるものであった。


 バーバラによって追い詰められたがバーバラに助けられたことも事実。

 まして人を殺そうと思い、実行に移そうとまでした己に恐怖した。

 我に返った彼は、その罪の意識によりバーバラに頭を下げた。


 だがバーバラは男よりも深く頭を下げた。



「…謝るのは私の方。今までずっとあなたたちを騙してきて本当にごめんなさい…私が何を言ってもどうしようもないけれど、それでも謝るわ。全部私が悪かった…!」


 泣きながら、バーバラは土下座して何度も頭を下げ続けた。

 自分を殺そうとした男に恨み節を一言も言わず、ただ謝り続ける。


 言い訳はしない。取り繕いもしない。

 ただ、頭を下げ、謝り続ける。


 人を騙し、欺き、自分だけが良い思いを出来ればいいと考えていた先程の彼女の顔とは打って変わって、心の底から悪行を悔い、犯してしまった罪に向き合い、本心からの謝罪を続けた。


 “心を入れ替えて新しい自分になります”と言う前までの彼女とは、人相も態度も完全に別人であったのだ。


「バーバラさん」


 元信者の女性の声が聞こえた。

 集団の中からすり抜けるように出た彼女は、土下座するバーバラに歩み寄る。


「あなたが私たちにしたことは許せることじゃないわ。今謝られてもすぐ許せるわけないもの」

「ええ。だから私は――」

「でもね。出会った当初あなたが私達に手を差し伸べてくれて、ご飯を食べさせてくれて温かいお布団を用意してくれたことも覚えているの」

「……!」


 女性はゆっくりと笑みを湛えてバーバラに寄り添う。


「どんなつもりでそうしたのかは分からないわ。でも、あなたのあの優しさであの一日を乗り切れた人は私以外にもきっといると思うの。だから今もこうして生きているんだって」


 女性は振り返り、居並ぶ集団を見渡す。


「あの時の優しさと、あなたが今みんなを助けた事。そして改心してこれから真っ当に生きる事。これで私は全てを忘れてあげます」

「………っ!!」


 母のような微笑みを向けられたバーバラは、今まで自分が何て愚かなことをしていたのかと、滂沱の涙を流した。

 こんなにひどい事をしたのに、それでも許してくれようとしてくれるその優しさに。

 こんな優しい人を、自分の欲望のために犠牲にしようとしていた浅ましさに。


 女性は、言葉もなく泣き続けながら頭を上げることが出来ないバーバラの背を、優しく撫で続けた。






 双方和解。一応の決着を見た。

 が、解決まではしていない。


「バーバラ」

「…はい」

「その人はそう言ってくれてるしそいつらも同じく思ってるかも知れねえが、俺への返済が済んでねえ」


 今と比べちゃはした金だが、それでも当時の全財産を奪われたことを許す程俺は人間が出来てねえ。

 今の俺は金貸しで、取り立て屋だ。

 貸した分取られた分はきっちり取り立てるぜ。


「これからは俺の指示で働いてもらう。このまま野放しにしとくとまた教祖ごっこしねえとも言い切れねえしな。あそこは引き払って俺の指定した場所に住んでもらうからそのつもりで」

「…分かったよ。言う通りにするよ」


 あと、と付け加えて、後ろの集団に呼びかける。


「金が返って来なくて不満に感じている奴らもいるだろう。ここは俺がお前らの持ってる壺・数珠・木札をまとめて全部買い取ってやる」

「「「おお!!」」」

「さすがに定価じゃねえがゴミにするよりはましだろう。あと希望者には金も貸してやる」

「「「おおお!!」」」

「ただし、慈善事業じゃねえ。俺は金貸しだから、超低利息で貸し付けるって形になる」


 バーバラにムチ打って働かせても、元信者全員分の賠償金を払い終えるまでどれくらいかかるか、払いきれるか分かんねえ。

 俺の私財を擲つ理由にもなんねえ。俺だって被害者なんだから。


 よって、せめてもの補填として、壺・数珠・木札他、バーバラが『これを着ければ体調が良くなる』などと言った効果が付与されているだろう物を全て買い上げる。


 バーバラとは関係なく霊に憑かれている人もいるから壺が合うだろうし、体調不良の人には数珠、運気上昇には木札、その他には霊山の水・聖地の砂・清めの塩なんかが本当に効いてしまうかもしれない。


 ともなれば、これはとんでもない金の匂いがする。

 ユージンを介せばなかなか良い金になりそうだ。


 元信者はゴミ同然のガラクタにそこそこの値がついてWIN。

 俺は超高値で売れそうな規格外の品を激安で仕入れられてWIN。

 みんな仲良く幸せになれるっつーわけだな。


「バーバラは俺の監視下で社会奉仕活動をしてもらう。俺の店の手伝いや他の手伝いなど、とにかく手が足りない所に回して働かせる。それを贖罪とさせてもらいてえ。そうやってバーバラが稼いできた賃金をお前らが借りた金の利子として充当する。全額の弁済には届かねえかもしんねえが、これで何とか落ち着いてくれ。今後、こいつは野放しにしねえと約束する」


 本来であればこの場にいる面々で一番の被害者であり最も直接的な危害を加えられたグレンこそが、一番バーバラに対して賠償請求出来る立場であり、私刑さえも行う権利があると思えた。


 そんな彼がバーバラに一切の請求をせずそれどころか首輪をつけて自ら面倒を見ると言い出した。

 みんなの生活が元の水準まで戻せるよう、金を貸してくれるとも。

 その利子は、バーバラに働かせてその金を充てることでみんなが実質超低利息で借りられるように、便宜を図ってくれたのだ。


 バーバラに対して一番の権利を有するグレンがバーバラに手を下さない決断をし、グレンがバーバラの代わりに元信者たちの生活基盤の立て直し案を提案している。

 この場にいる者は誰一人として、グレンに異議を申し立てる者はいなかった。


「金がなければ貸すし俺が宿を紹介する。仕事も斡旋する。もちろん決まれば次の日には働いてもらうことにはなるが、飢え死にだけはさせねえ。ハハ、散々こき使ってやるから覚悟しとけよ」


 そう言ったグレンの不敵な笑みは、手綱とムチを握る彼は、糸が切れて墜落必至の凧同然の集団の男女の目にはとても頼もしく映った。


「「「はいっ!!」」」


 ――この人に任せれば何もかも大丈夫だ。ずっと着いて行こう。と。




 バーバラの処遇。

 こいつらの事後対応。

 それらが落ち着いたところで。


 俺は今回の出来事の功労者を呼ぶため、手招きする。


「おい、ナディア」

「…へ?」


 自分の顔に指を差しながら、私の事ですか? と小首をかしげるナディアに俺は頷き、呼びつける。


「ナディア、お前のおかげでこれだけたくさんの人々が救われた」

「え、えへへ…?」


 照れくさそうに髪を触る彼女。


「と言うわけでだ。俺はお前が欲しい」

「え、えええっっ?」

「「「おおおおお……!」」」


 大きなどよめきが起こった。


 ナディアの美貌とプロポーションはこの町一番、いや、この町すら飛び越えて地域で一番を張れる程だ。

 夜の歓楽街でそこらの安い労働者に好きなようにさせているのは大きな損失。


「一目見た時から思っていたんだ。俺の手元に欲しいって」

「え、え、いきなり何なんですか…っ」

「今のお前はとてももったいない所にいる。素直で騙されやすい性格なのにその仕事は合わない。俺だったらもっとお前を相応しい場所を用意出来るし、お前がいれば俺は更なる高みへ登れる」


 ナディアはみるみる顔を赤くして、長い睫毛が揺れるほど瞼をしぱしぱと瞬かせながらきょろきょろと目を動かす。


「で、でも、私、お店が…そのぅ」

「それなら問題ねえ。店主には話を付けた」


 先程の騒ぎには店の嬢が相当数いた。

 不特定多数の客と交わったせいで病を患っていたがその全てを完治させ、更に()()()をおすそ分けすると約束したところ、ナディアが所属していた店の店主はすぐに首を縦に振った。


「だからお前はもうあの店にいなくていいんだ。これ以上悩み苦しむことはねえ」


 火照った両頬を両手で隠すようにするナディアの肩にそっと手を添える。


「…ナディア」

「………は、はいっ!」

「お前の過去の事は気にしねえ。大事なのは今と未来だ」

「…」

「これから俺のところに来てくれ」


 ナディアは伏し目がちになりつつも、上目遣いで俺の目を見返した。


「……大事にしてくれますか?」

「もちろん」

「…幸せにしてくれますか?」

「もちろん。休みもしっかりやろう」

「私の事を一番に考えてくれますか?」

「…いや、お前は二番。一番は俺だ」

「えっ?」

「お前が背中を守ってくれれば俺はのし上がれる。こんな狭い町に収まりきらねえ程デカい男に――世界一の男になれる。そうなればお前は、世界一の女になれるぞ」


 ナディアの肩と腰を抱いて、耳元で囁く。


「それじゃ不足か?」

「……っ!」


 ナディアは俺の耳元で髪を小さく揺らした。


「もう一度しか言わねえからよく聞いて答えてくれ」

「………はい」

「これから俺を支えてくれるね?」


 俺の腕の中のナディアは、両腕を伸ばして俺にぎゅっと抱き着いた。

 そして、相手の耳元にあっては相応しくない程の大声で。


「はい! 一生支えて行きますっっ!!」


「「「キャーーーッ♪」」」

「「「おおおお!!!!」」」

「「「ヒューヒュー!!」」」


 万雷の拍手と黄色い歓声が上がった。





 くっくっく…。


 計画通り。


 俺の店の受付嬢にはこいつを置いて他にいない。


 有望株のヘッドハンティング大成功だぜ。


 これだけの美人がいれば俺の商売は更に飛躍する。

 ナディア目当てに客が殺到すること間違いなしだ。

 今はまだ小さい店だがいずれ王都に店を――



「――では、ご両人」


 …え?

 神父様、どうしたの?


 シスターたちも、なんで綺麗に並び直してんの?


「新婦・ナディア。貴方は新郎グレンを生涯唯一の伴侶とし、病める時も健やかなる時も愛し続けることを誓いますか?」

「はい、誓いますっ♪」


 え、ちょっと待って?

 ちょっと待ってよ。


「新郎・グレン。貴方は新婦ナディアを生涯唯一の伴侶とし、病める時も健やかなる時も愛し続けることを誓いますか?」

「えっ…と…?」


 なになに。なにこれ。

 え。なに。え?


 ちょっと待ってこれなんか違う。

 なんか意図してない方に話が進んでる気がする。


 これひょっとして俺、結婚するの?

 今から? 俺結婚すんの?


 なんで急にこんなところで……


 あ、ここ。教会だった……。


 いや……えー?

 ちょっと。…えー?



 ニコニコ笑顔のナディアが俺を見ている。


 ……かっわいい。

 頬赤らめて純情そうで。でもダイナマイトボディで。

 すっごく俺と結婚したそうなの分かる。


 俺としてもね、これだけの美人相手ならよろしくしちゃいたいけども!

 結婚となるとやっぱり心の準備がいるもんで。


 もうちょっとお互いの事を知ってからの方がいいんじゃないかと思うけど…。




 無言の圧力を感じる。

 神父様から。

 シスターたちから。


 後ろの集団から。

 隣で俺をじっと見つめる新婦ナディアから。


 ニコニコしてるけど、みんなから『早く誓え』って。



 でも…うん。


 悪くない。俺にとって何も悪い話ないよこれ。

 オイシすぎる話だよ…。


 裏がありそうだけど…っ!

 でも…………くっ…!


 …そうだ……そうだな…。



 ここまで来ちゃったんだし――。



 福利厚生(家族サービス)を頑張ればいいだけの話だあぁ!!



「…誓います!!」


「では誓いのキスを―――」



「「………………―――――――」」






 出会った当日。


 話してわずか七時間。


 優しくて愛嬌があって素直でかわいい女の子と。


 たくさんの参列者たちに見守られて。


 超スピード婚をしましたとさ。めでたしめでたし。







 ………全く計画通りじゃなかったけど!!!!

ここで一旦区切りとさせていただきます。

面白いと思った方は、★★★★★押していただけると嬉しいです。

続きが読みたいと思った方はぜひブックマークよろしくお願いします!

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