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事務所内
闇商人ユージンがラッカラで活動する拠点として、事務所横の倉庫の地下フロアを貸し出した。
ゲオルクはユージンの下働きとして派遣しているため、今後ラッカラにいない場合が出てくる。
雑用を押し付けられる丁度いい奴が出払っちまうのはちょっと不便だが、だからってばあちゃんをユージンに引き合わせるわけにはいかねえ。ばあちゃんにはのんびりと宿屋をやってもらおう。
さあ、しばらく在庫処分の方法について考える日々が続いてたがそれの解決の目途も立ったってところで、これで本腰を入れて通常営業に戻れるぜ。
本業は金貸しだから新規顧客の獲得と優良顧客の育成を行っていきたいところだが、今このラッカラの町はやや俺が動きやすい状況に傾いている。
先月ラッカラに立ち寄ったお偉いさんの護衛隊が落としていった金でラッカラの経済はギュンギュン勢いよく回り出したが、それは思った通り一過性の物だった。
三週間も経てば勢いはそれ以前の状況に戻っちまったが、人間の感情も三週間前に戻ったかって聞かれちゃ、そうだとは言えねえ。
荒稼ぎした金をパーッと使う日々に慣れちまったら、その狂った金銭感覚を直すのにはかなりの精神力と長い時間が要る。
独り身だったり、周囲の人間が忠告出来ねえ立場の人間だったりすると、金遣いの荒さは改善されねえ。
酷くなることはあってもだ。
「ごめんくださーい」
「はいどうぞ」
「張り紙を見てきたんですが、今日からでもお金を借りられるって――」
「はい大丈夫ですよ。まずこちらにお掛けください」
噂をすれば来客だ。
地道に貼り続けてきたビラを見てきたようだ。
事務所一階の応接スペースの一角に通す。
「金貸しのグレンと言います」
「ナディアと申します。この度は突然押しかけてしまい――」
「いえいえ大丈夫ですよ。ナディアさんですね。今回は融資の依頼でよろしいですか?」
「はい」
そう言った彼女はナディアと言う名の成人女性。
歳は多分二十手前ぐらいか。黒髪と白い肌が目を引く。
服は胸元へ切れ込みが深く入った、露出多めのワンピースドレス。
豊満な肉付きで泣きぼくろがチャームポイント、全体的におっとりした雰囲気を漂わせる美人だ。
「差し支えなければ用途についてお聞かせください」
「用途ですか」
「はい。審査に大きく影響しますので融資をお願いに来られた皆さんに聞いています。ギャンブルや遊興目的での融資はお断りしていますので、そのための対策と思ってもらえれば」
「はあ」
「プライバシーの保護については厳重に管理しますので。どうしても答えたくないのであれば無理には聞きません」
「…分かりました。あまり大きな声では話せないのですが」
「――はい」
声を潜めた彼女に合わせて少し椅子を近づけ、耳を寄せる。
誰にも聞き耳を立てられていないか左右をチラチラと見回し、ナディアは言う。
「どうやら私には霊が憑いているようで」
「…はあ」
「その霊が悪さをしているからそれから逃れるためには壺を買わないといけないんです」
「壺?」
「はい。先生の気を注いだ壺を買って、毎日その壺に向かってお祈りをするんです」
「ちなみにその壺はいくらですか」
「銀貨六十枚です」
「銀貨六十枚ってそれ絶対……」
詐欺じゃん。
霊感商法ってやつじゃん。
「少し高いと思うかもしれませんが、先生は信頼出来る人なんです」
「少しどころじゃねえと思うんだけどなあ…」
「先生の気を練り込んだこの数珠を着けてから体調がよくなったんです! 本当なんです!」
と言って、ナディアは木の数珠を三連着けた左手首を見せてきた。
「お札も肌身離さず持つようになってから、良い事がたくさん起こるようになったんです!」
と言って、ばいーんと音が出そうな勢いでがばっと胸元からチェーンに通した木札のネックレスを見せてきた。
「待て待て! 一気にはだけるんじゃない!」
「あっ! ご、ごめんなさぁい!」
ボロンとこぼれ出そうになった胸を、慌てて背を向けながら隠し、服の中に戻す。
ふう…びっくりした。が、悪くない。
それより木札だ。そう。木札。
胸元に入れるにはややデカいサイズ感。
女性用のアクセサリーとしては無骨すぎるしサイズがミスマッチだ。
言い方は悪いが、まるで囚人の番号札のように見える…。
「オホン…。本当に肌身離さず持ってるんですか?」
「…仕事中とかお風呂とか、お客さんとその…ゴニョゴニョ…時は外します」
「あっ……なるほど」
そーゆーお仕事でしたか。そっかあ。
まあ言われてみれば確かに頷ける。
頷けるどころじゃねえけどな。この露出は。
胸やら足やら女の武器をふんだんに見せびらかす服装だからその時点でお察しなんだけど。
「出来ればずっと外したくないんですけど、やっぱりない時はとても不安で――」
「うん……そうか…」
なかなかの重症だ。
これは金貸し案件じゃねえな。
つっても、このまま放りだすのも寝覚めが悪すぎる。
だってこの子普通にしてればメチャメチャ可愛いし、ボンキュッボンですげえイイ女だし。
今はまだハタチそこそこだが、数年十数年経ったらそれはもう妖艶な大人の女になりそうなもんだけどな。
今でさえこんなかわいいんだから、さぞ人気だろう。
だからそのセンセイとやらに金持ってるんじゃねえかって嗅ぎつけられたんだろうな。不憫なこった。
ったく、なんだってつまらねえ奴に引っかかってんだよ。
引っかける側が引っかかってんじゃねえよ。
「前に買った壺は小っちゃかったせいで効果が薄かったように感じたんですよ」
「ん? 前にも壺を買ってんのか?」
「はい、これくらいの壺なんですけど」
と、両手でマルを描いたくらいのサイズを示す。
「買ったその日は良かったんですけど、次の日には効き目が薄れちゃったような気がして」
「はあ…」
「だから、今度はちゃんとしたサイズの大きさを買おうって思ったんですけどなかなか手が出なくて――」
「ふーん。それでアンタ、上から二番目の中途半端なサイズの壺買って誤魔化そうとしたんだろ」
「えっ。何で分かったんですか」
ナディアは考えていたことを言い当てられて驚いた。
「分かるも何も、銀貨六十枚の壺なんておかしいに決まってんだろ。おおかた、人一人が入れそうなサイズの壺は金貨二枚とか三枚とかしてそれには手が届きそうにないから、手頃なサイズと価格の壺買って満足しようとしたってところだろ」
「どうしてそれを……!」
言葉を失って目を見開くナディアだが、俺は全く言い当てた快感なんてものはない。
だって知ってんだもん。その話。
「その先生ってのは、紫色のベールをかぶってる水晶占いの中年女だろ。壺・木札・数珠の他に、霊山の水・聖地の砂・清めの塩とかも売ってるんじゃねえか」
「はい、その通りです! でもどうしてそれを…」
「ったくあのババア…こんな所でまだ続けてやがったな…性懲りもなく…っ!!」
こんな分かりやすい詐欺を働くヤツは俺の知る限りアイツ一人しかいねえ。
「ナディアさん」
「は、はいっ」
「金を貸してほしいって話だけどその件は一旦保留だ」
「ええっ」
「その代わり、まず初めにその先生とやらに会わしちゃくれねえか」
裏通り・隠れ教団本部
―――バタァン!
「やっぱりテメェかバーバラ!」
「い、いきなりなんだい! ここは神聖な場所ですよ!」
「何が神聖だバカヤロウ。この嘘八百塗り固めやがったインチキペテンババァが!」
「インチキ…失礼な、私は困っている人々を救済するために――」
「救済どころか崖っぷちから突き落としてんじゃねえか。親切の振りした悪魔が!」
教団の入り口の戸を豪快に開け放ち、跪く信者たちの前の台の上に立ってありがたいお言葉を垂れている最中の見知ったババアを見据えて怒鳴りつける。
信者たちが薄汚れたみすぼらしい恰好をしているのと対照的に、ババアは紫のベールとじゃらじゃらとうるさそうなターコイズの首飾り、真珠の指輪、首元と腕がシースルーの黒いドレスを身に着けていた。
「そもそもあなたは誰なんです。御祈祷に割って入るだなんて神をも恐れぬ所業ですよ」
「…誰。誰だと。お前がそれを言うか。散々甘い言葉で釣って金を絞りつくした性悪女のお前が“誰?”だと」
「私はあなたの事なんて知りません。変なことを言うのはおやめなさい。私は人々の幸せを願って日々救いを求めてくる方たちを導いて差し上げて――」
「言うに事欠いて何ふざけた事言ってんだコラ! だったら何でお前が豪華な格好してこいつらは全員ツギハギだらけの服着てんだよ。おかしいだろうが」
ババアは一瞬顔をしかめるが信者たちに『この男をつまみ出しなさい』と命じた。
信者たちはその命を受けて立ち上がり、俺に組みかかろうとする。
しかしそうさせる前に俺は声を張り上げた。
「よく聞けお前ら。俺はお前らの未来を知っているぞ!!」
「「「……!?」」」
立ち上がりかけた信者たちの足がぴたりと止まった。
俺はその後に言葉を続ける。
「その昔俺がラッカラに住む前、俺は別の町を転々としながら日雇いの安い仕事でその日暮らしをしていた。安い宿を血眼になって探し、銅貨一枚でも高い仕事がないかと毎日毎日掲示板を穴が開くほど見ていた。ある時、仕事先のちょっとしたミスから始まった喧嘩で寄ってたかってボコボコにされちまって、建物の陰で空腹と傷の痛みにうずくまってた日暮れ時に声をかけられた。『これはおいたわしい。温かいご飯と寝床を用意します。一緒に来ませんか』とな」
一見していい話のようにも思える。
傷ついた人を助けた、心優しい人の善行に。
だが、これはそういう話ではない。
「心が傷付いてる時の一宿一飯の恩義ってのはなかなかにデカかったようでな。それからは『炊き出しがあるのでぜひ来てください』から始まり、『集会があるんです』、『あなたに悪い霊が憑いてないか無料で見て差し上げましょう』なんて誘いにホイホイ乗っちまってな。あとはもう分かるだろう」
この中にも同じように誘われて、今同じような状況になっている奴がいるんじゃないのか。
と言って周囲を見渡すと、あからさまにギクリとし、目を泳がせる人が少ない数出た。
『最近肩が重くない? それは悪霊の仕業だからこの数珠を買うと不調が改善されるわよ』
とか。
『このお札を買って毎日持ち続けると、低下した運気が回復するわよ』
とか。
『この壺に自宅で毎日根気よくお祈りを捧げれば、あなたに憑いている霊を払うことが出来るわ』
とか。
「今、ここにいるお前らは、それを買う金がないとそいつに断った後、『では毎日お祈りをしに来なさい。それだけでも霊がこれ以上悪さするのを食い止めることが出来ます。その為にはお布施を必ず持って来て』と言われて、毎日こんなカビ臭えところで日がな一日お祈りしてんだろ」
先程指示通り俺をつまみ出そうと立ち上がった信者たちは今では完全に足を止め、それどころか、奥に控えるバーバラの方を見る。
俺が言った言葉のほぼすべてが自分に当てはまっていたからだ。
部外者では到底知りえない、血の通った経験談だったから。
「ばっ、馬鹿なことを言うのはお止し! 皆さん、その男の言うことを信じてはいけませんよ。皆さんの苦しみを和らげ、明るい未来に導けるのはこの私をおいていません、早くその男を追い出しなさい!」
「この期に及んでまだ言うか。分かったぜ、そっちがその気なら教えてやろう。“ここで毎日拝んで布施し続けて、いよいよ布施する金も尽きた奴の末路”をな。お前らも気になるだろう?」
信者たちはバーバラの指示に応じる姿勢を取らない。取れない。
今までの自分たちと全く同じ道を辿ってきたというこの男の語る、末路とは。
自分たちの未来に待ち受けているかもしれない結末が、どうしても気になったのだ。
「何をしているんです。早くその乱入者を追い出しなさいと言っているんですよ!」
…誰も何も言わない。
聞こえるのはバーバラの耳障りな叫び声だけ。
信者たちは全員、何も言わず俺の次の言葉を待っていた。
「教えてやろう。金が尽きた奴の末路…それは、人間としての死だ」
水を打ったように静まった。
誰も反論しようとしないことに焦ったのかバーバラは殊更声を荒らげる。
「これ以上ふざけた事を言うのは止しなさい! 警備兵に通報してもいいんですよ!」
「通報? お前が“通報する”のか」
「当たり前じゃない。ここは私の本部、あなたは無許可で立ち入った罪人。普通のことです」
「はあ、良くもそこまでいけしゃあしゃあと言えたもんだ。帝国のタンザーナ領主から指名手配されてんのに」
「「「…え?」」」
時が止まった。
驚きを隠せない様子の信者たち。
ベールの奥のバーバラの顔が一気に青ざめるのが見えた。
「このバーバラと言う女は、王国と国境を接する帝国のタンザーナ領でかつて全く同じ手口で詐欺を行い、そこの領主から指名手配されている。その罪状は違法取引。その詳しい内容こそが、これから話す末路だ」
―――布施する金がとうとう底をついた俺はバーバラに言った。
『もう金がありません。布施はとてもじゃないけど無理です。でもお祈りには毎日来ますからそれで許してください』とな。
それを言った瞬間、それまでは聖母のような笑みだったバーバラの顔は鬼の形相に変貌した。
『じゃあもうお前には用はないね。最後に役に立ってから消えてもらうか』
バーバラがそう口にしたのとほぼ同時、何者かが俺の両腕を捕らえながら袋をかぶせてそのままどこかに乱暴に連れて行った。
行先は奴隷商の地下牢。俺はバーバラに奴隷として売られたんだ。
「う、嘘おっしゃい。奴隷にされたんだったらどうしてここにいる。でっち上げもいい加減になさいよ!」
「…こればかりは俺の力ではどうしようもなかった。手枷足枷もされていて満足に食事もとっていなかったし道具が全くないから脱獄も不可能。…だけどな。その時偶然の出来事が起きたんだ」
タンザーナ領内で少年少女が相次いで行方不明になる事件が多発していて、その犯人探しに以前から領主は頭を痛めていた。
そのどれも死体が見つからず、捜査は行方不明の線から組織的な誘拐事件なんじゃないかとアタリを付け始める。領主が悪を嫌う性格だったのもあって、警備兵たちは職務に真面目に取り組んだ。
そこから事件は急速に動き出したんだ。
初めは街中での聞き込み程度だったが組織犯罪の疑いが上がると領軍総出でゲリラ的に領内の全ての建物・家屋をくまなく捜索し、逃げる暇さえ与えずその日のうちに暴き出したんだ。
この町の地下に巣食う、借金や負債を押し付けて本人の意思と関係なく強引に奴隷に落とした奴隷商と霊感商法で民衆から大金を巻き上げていた悪党どもの巣を。
まあ少年少女誘拐事件の犯人は小児性愛のジジイだったわけで俺が閉じ込められていた奴隷商とは全く関係なく、たまたま偶然、芋づる式に助かったってだけなんだけどな。
奴隷商と教団幹部はお縄になったが、バーバラだけは難を逃れて帝国を脱出したようだ。
その後の消息は知れずだったがまさかこんな所で会うとは思わなかったぜ。
「俺が捕まってた間の外の動きは後から聞いた話で脚色してるが、俺が奴隷商に売り飛ばされる経緯は俺本人の証言として知らしめよう。このバーバラと言う女は――」
ズビシッ! と指を差しながら声高に言う。
「奴隷商と結託して市民から金を巻き上げる、れっきとした詐欺師だ!」
流れ着いた場所が悪かったな。バーバラ。
年貢の納め時だ。
…と笑ってやったが。
「う、嘘よ。出鱈目よ。その男の言うことは全部嘘! 私がそんなことするはずないじゃない。ねえ?」
お腹を空かせていたらご飯作ってあげたし、住むところがなかったら泊めてあげた。あれもこれも全部、目の前で困っている人を助けたかっただけなの!
と、涙なんかもうっすら浮かべながら、品を作って情に訴えようとする。
しかし。
「…先生、今まで僕たちをだましていたんですね」
「な、何を言っているの」
「…先生の言う通りにしてれば報われるって言ってましたよね」
コップの縁ぎりぎりで何とか耐えていた感情。
「『この家は呪われているから手放せ』って言われて私、あの家売ったんですよ。そのお金であの壺買ったんです。嘘ですか? あれもこれも全部」
「俺は先生の言う通りにこうして毎日雨の日も雪の日もお祈りにだって来てんのに、ちっとも娘の病気治んねえよ。先生、俺が頑張ったら娘の病気治るって言ってたよなぁ…。真剣に祈ってたら治るって言ってたよなあ!」
「待ってみんな、落ち着いて私の話を――」
これまで信者たちに積もり積もっていた不安・不満・不信感が。
グレンの一押しで、決壊した。
「ふざけんなあぁぁ!!」
「金返せえええ!!」
「このウソツキィィ!」
「詐欺師!」
「ペテン師!」
「この魔女が!」
「ひ、ひいいいぃぃ!」
「逃がすな、捕まえろおお!!」
「左右から行け」
「挟め、挟めえ」
「逃がすな、よおし!」
暴徒と化した信者たちから逃げ出そうとしたバーバラだが、あっけなく捕まり。
群衆によってうつ伏せに押さえつけられ、両手足それぞれに二人以上が取り付いてピクリとも動かせないようにした。
「ハァ…どうするコイツ?」
「まずは身包み剥いで金にしよう。そんで…」
「奴隷商に売り飛ばそう。今まで散々やって来たんだ、報いを受けさせよう」
「おい待て、そんなんじゃ俺の気が済まねえ…」
「ああ…いっそ殺そう」
「そうだ、こんな奴殺しちまおう。こんな奴、生きてる価値なんかねえんだ」
「そうだ殺そう」
「殺そう」
「殺せ!」
「「殺せ! 殺せ!」」
うつ伏せで大の字に押さえつけられ、その周囲から罵声を浴びせられる公開処刑の光景が広がる。
「ごめんなさい、ごめんなさい。謝るからゆるじで…!」
「おい、なんかねえか。でっけえ刃物とか、ノコギリでもいい」
悲鳴じみた哀願も聞かず、凶器になりそうなものを総出で探し回る。
バタバタと探し回り、怒りに震えた大勢の男女が混み合う奥から一人の男が大振りの鈍器を持ってきた。
「あったぜ…ハンマー…!」
「おお、いいじゃないか」
「これでいこう」
フシュー、フシュー、と歯の隙間から息を漏らしながら、ハンマーを持ってきた男は目を血走らせて肩で呼吸する。
今まで信じてついてきた気持ちを踏みにじられた恨みを今こそ。と、にじり寄る。
一歩、一歩と近寄るごとにバーバラの歯はカチカチと震え、すすり泣くような、縋りつくような声で許しを乞う。
「お願い…私が悪がっだがら…何でもするがら…お願い…お願い…」
そんなバーバラの頭に狙いをしっかりつけ、大きく振り上げ。
思いっきりハンマーを頭部目掛けて一撃―――
「待てよ」
する前にハンマーの柄を掴んで止めた。
「な、何するんだ」
「何するはこっちのセリフだ。俺の客なんだよそいつは」
「きゃ、客ぅ?」
ハンマーを振り上げた態勢のまま固まる男。
ハンマー越しに伝わってくる力がふっと抜けたのを見計らってハンマーを奪い取り、肩に担いでバーバラを見下ろす。
「さっきも言ったが、俺はこいつに全てを奪われた。どうにか命は取り留めたが、お前らはまだそうじゃねえ」
全財産を貢ぎ切ったわけでもなく奴隷として売り飛ばされたわけでもない。窮していてもまだなんとか自由の身だ。
「お前らの痛み悲しみは十分分かってるつもりだ。だがここで私刑を加えて何になる」
「な、何なんだ。善人ぶるつもりか!」
「善人ぶるつもりなんか爪の先程もねえよ。俺はコイツに殺されかけてんだよ」
「ひぃっ」
俺に反論しかけた信者の男の顔面スレスレまで詰め寄ると男はか細い声を上げながら後ずさった。
数分前までバーバラが信者たちの前で立っていた台の上にダンと左足を乗せながら、未だに頭に血が上っている連中を睨み見下ろす。
「俺の復讐に余計なチャチャ入れるんじゃねえよ」
「「「……っ」」」
「俺がここに踏み込まなきゃお前ら、今も殊勝にお祈りしてたんだろうが。自力で立ち上がらなかったお前らが俺の報酬を横取りしてんじゃねえ。恥を知れ雑魚どもが」
バーバラを押さえつけている連中も。
周りで囃し立てていた連中も。
バーバラ本人も。
ここまで俺を連れて来てくれた、入り口付近で立っているナディアも。
全員が黙った。
「――うわっ!?」
「――きゃっ!?」
バーバラを押さえつけている連中の肩を掴み、次々に剥がしていく。
最後の一人を剥がした後、バーバラは俺を見上げるだけで、逃げる事さえしなかった。
解放されたバーバラの襟首を掴んで乱暴に引っ張り上げる。
「お前の恩恵は禁呪に違いねえ。これから教会でもう一度見てもらおう。しかるべきところできっちり裁いてもらおうか」
「ひ、ひぃぃぃいい」
ここまで悪事を働いたこいつには見合う恩恵がついているはず。
そうでなくとも大罪人。
法の裁きを受けさせてやろう。
そう笑った俺に対してバーバラはこの世の終わりのような表情で震えた。
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