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宿屋二階・ゲオルクの部屋
「おいお前ふざけんなよ? 何吹き込んでくれてんだ。あ?」
「グレンさんすんません」
「余計なことしてんじゃねえよてめえコラオイ」
「す、すんません。ちょっと近いス…」
ゲオルクがあいつらに手を貸したせいでまた処理困難な貴重品が増えた。
もうこれ以上置き場所ねえっつってんのに。
こんな狭い町じゃ捌ける量にも限界ってモンがあんだよ。
関係は清算したのに余計な橋渡ししやがってぇぇ。
「よし、お前今日から大工な」
「えっ?」
「お前が撒いた火種なんだからちゃんと後始末しろよ」
「う、は、はい」
ゲオルクに斧を持たせ、俺たちは西門の先の森に分け入る。
「よし、この辺にある木、十三本切り終わるまで帰ってくんな」
「えぇ!?」
「運搬は手配してやる。安心しろ」
「ちょっと待って、これ全部一人で!? さすがにそりゃ横暴ってもん――」
「ああそうかい。そうですかいゲオルクさん。何か文句がおありのようですねえ。物申したいことがあるのでしたら、存・分・に、お聞きしますがねえ?」
「………いえ、ありません」
「よろしい。ではすぐ取り掛かりなさい。俺は事務所に戻るから、終わったら知らせなさいねえ」
グレンはその場をゲオルクに任せ、手当たり次第目につく限りの木を切らせまくった。
ラッカラ・西の森
カコーン、カコーン、と斧を打ち込む音が響き渡る森の中。
しばらく斧を打ち込むとバランスを崩した木がメキメキメキと悲鳴を上げながら、辺りの木の枝にバサバサと枝葉がぶつかる音を立て、最後にズズンと大きな地響きを立てて倒れ込んだ。
既に何本かは切り倒されているが、何分一人で取り掛かっているためノルマ達成までにはまだ時間がかかりそうだ。
そんなところへ、見知った顔がやってきた。
「あれ、ゲオルクさん」
「ん? ああお前らか。どうした」
「依頼ですよ。ボックリの採集です」
「そうか、この辺は危ねェから避けていけよ」
採集依頼を受けてやってきた、ベルク・マリー・エリオットだった。
「ゲオルクさんは何やってるんですか?」
「丸太を切り出してる最中だ」
「他に誰かは」
「いんや、俺一人でやってる」
「一人でこれ全部やってるんですか!?」
付近には切り倒されたばかりの大木が三、四本転がっている。
一人では運べないので、枝払いと皮剥ぎは後回しにして今は切り倒すことだけを優先して行っていた。
「大変じゃないですか」
「まァな。俺だからこのスピードだけど、普通の木こりだったらこの五割…六割のスピードじゃねえかなァ」
「へえすごい」
「本職よりすごいんじゃないですか」
「そんなんじゃねェよ。<山賊王>のせいで斧の扱いが人の何倍かうめえだけだ。腕っ節に任せて振ってるだけだから、斧手放したら何も出来ねェよ」
「はぁ…そうなんですか」
自嘲気味にゲオルクは笑ったが、肉厚な斧を肩に担ぐその恰好はとても様になっている。実に男らしい立ち姿だ。
「グレンさんが運搬の手配はしてくれてるから他の心配はいらねェが、あんまり待たせちまうとな」
「グレンさんに頼まれたんですね」
「おうよ。だがあと九本残ってんだ」
「「えええ」」
「何か手伝いましょうか」
「いや、これは一人でやらなきゃいけねえ命れ……指示だからな」
「「「あっ…」」」
ゲオルクさん、何かグレンさんを怒らせるようなことしたのかな…。
と、三人は腫れ物に触るような愛想笑いで黙り込んだ。
「――ところでお前ら、新しい宿は見つかったか。しばらく転々としてたが」
「うーん、見つけたには見つけたんだけど…」
「高いだろ」
「……ん」
「そりゃそうだ。あの部屋と比べたらどの宿も高く感じるよな。フッ。何せ、地域最安値だからな」
「あそこ、最安値なんですか」
「それなら連日満室になるんじゃないかしら?」
「まあ初耳だろうな。あの宿の二階はな、原則グレンさんから金を借りてる奴しか泊まれねえ仕組みなんだよ」
「へえ」
「二階以外の客室はレイアウトが違うらしいが、夕食付きの個室で一人一泊銅貨七十枚。それに対して俺たちが使った二階の客室は朝夕二食付きの個室で一人一泊銅貨三十五枚。これはどの宿も真似出来ねェよ」
三人は言葉を失った。
どの宿も個室と食事ありの条件にすると一人銅貨六十枚はいる。
一人銅貨三十五枚の宿がないわけではないが、そうなると素泊まりがベースで、個室ではなく大部屋になったりする。
今更床のゴザで寝ることに抵抗はないが、プライバシーとセキュリティに不安がある部屋を借りるのは、未だ新人である三人にとっては避けたい事である。
しかも今はそれぞれ大金を抱えているだけに、鍵のかかる個室はマストだ。
マリーは半月を過ごしたあの宿を思い浮かべながら二の句を継ぐ。
「そんなことしてどうやって利益出してるのよ?」
「あの宿は半ば利益度外視で運営してる」
「利益度外視って。じゃああのおばあちゃんが赤字覚悟であの宿をやってるってことですか」
「ちょっと違う。あのばあちゃんは言わば雇われだ。あの宿がやってけてるのはグレンさんの資金援助のおかげだ」
「「ええ!?」」
「…これも何かの縁だ、ちょっとだけあの宿の秘密を話してやろう」
ゲオルクは切り出した丸太に斧を立て掛け腰を下ろす。
三人も丸太に腰掛けるように促し全員座ると、ぽつりぽつりと語りだした。
―――出会いは二年前。
グレンさんはその時金貸しじゃなく、いろんな仕事を始めては辞めての繰り返しだったそうだ。
金もなくて住む場所もなくて、行く宛てもなく雨宿りしてたそんな時に飯と軒先を提供してくれたのがあのばあちゃんだ。
ばあちゃんは亡き旦那の遺産と貯金で細々と生活する独り身。
息子は冒険者になったんだが依頼中に遭遇した盗賊にやられて死んじまって、それからはずっと一人で暮らしてたんだ。
盗賊に大事な人達を殺されたグレンさんと子供を殺されたばあちゃん。
たまたま境遇が似てた二人はそれを知ると意気投合して何度も顔を合わせるようになり、いつしか毎日の食卓を囲むようになったんだ。
そうは言ってもいつまでもばあちゃんのスネかじってるわけにはいかねえと思ったグレンさんは、職を変えながらもなんとか稼ぐ方法を模索してたんだ。
合わねえ仕事で稼いだ金を毎日のように渡してな。
ばあちゃんの世話になりっぱなしになるわけにはいかねえからって。
毎日毎日朝から晩まで慣れない仕事し続けて、不規則な生活と年下の先輩に役立たず扱いされながら暮らす日々。
不調を感じながらも働き続けた無茶とストレスが積もり積もって、グレンさんはとうとう高熱でぶっ倒れちまったんだ。
一晩経っても全然熱は引かねェし、厚着しまくっても火を近くで焚いてもガタガタ震えながら咳しまくるんだ。
喉もヒューヒュー鳴って息苦しそうなのが、見てて助けを求めているようで可哀そうだったってばあちゃん言ってたよ。
そんな苦しそうなグレンさんを見かねてな、ばあちゃんは、高い薬と栄養価の高い高級食材を買ってグレンさんに与えて、つきっきりの看病をしたんだ。
もちろんばあちゃんは歳だから働いてなんかねェぞ。
使ったら消えちまう遺産と貯金を切り崩して買ってやったんだぜ。血の繋がりのない他人なのに。
夜を徹してばあちゃんのつきっきりの看病を受けたグレンさんは、二日の闘病の末、無事回復した。
ばあちゃんの蓄えの半分以上を使っちまってな…。
そこからグレンさんは輪をかけてなりふり構わず金を稼ぐ方法を探し始めたよ。
これまで何十もの仕事を渡り歩いた経験から、自分に合ってるのは多分こっちじゃないかと、商人の真似事を始めた。
人が欲しがりそうな物、何が余っていて何が足りないのか。それを靴が磨り減るまで足で情報をかき集めて、それを元に少ない屁みたいな金から露店を始めた。
五か月かけてそれである程度の金を溜めてから、その副業としてとうとう金貸しを始めたんだよ。
この金貸しがどうやらこれまでにねェ程グレンさんの性にバッチリ合っていたらしく、今までやってきたどんな仕事より段違いの速さで成長・拡大して、ようやく金貸し一本で食っていけるようになったんだ。
でもな、グレンさんがようやく一人立ち出来そうってなった頃に、ばあちゃんが倒れちまうんだ。
その時にはばあちゃんの蓄えはそんなになくて、高い薬を買う程の金は残ってなかった。
グレンさんは前に受けた恩を返すために、運転資金の半分を費やしてばあちゃんの病気に効く高い薬と腕利きの医者を手配した。
ばあちゃんの病気は完治したんだが蓄えはもうないから、また一人になった時に人知れず病気で倒れたらその時は分からない。
『また病気になったら俺が助けるから』ってグレンさんは言ったらしいが、ばあちゃんも『それは申し訳ない』って頑なに断ったんだと。
それならってことで、グレンさんは売りに出ていた古いアパートを買い、宿屋に改装してばあちゃんに贈った。
ばあちゃんが宿屋の店主として働いて、これから先何年経っても自分で金を稼げるように―――。
「…以来、陰ながらグレンさんの手助けでばあちゃんは宿屋の店主として働くことが出来、その礼代わりにグレンさんの訳あり客は可能な限り全面的に受け入れる、親子よりも固い縁で結ばれた関係になったってェ訳だ」
「へぇ…グレンさんたちにそんな過去があったんですねえ――」
「うううっ…良い話じゃないのおお」
「ちょ、マリー何で泣いてんだよ」
「互いを思いやる心! 相手のために大金をはたいてまで支えようとするその意気、なんて素晴らしいのかしら!!」
ハンカチで涙を拭うマリーはまるで物語のように素敵な美談に大層心を打たれた様子。
ベルク・エリオットもそれはもちろん同様。
「おれてっきりおばあちゃんを脅してムリヤリ二階借りてるのかと思ってたよ」
「だったらグレンさんとあんなに仲が良い訳ないだろベルク」
「ハハハ、そっか。…グレンさんにも良いところあったんだなあ」
「ゲオルクさん、何でそんな話を知ってるんですか?」
「両方から話を聞いたんだよ。グレンさんは酔っぱらってる時に、ばあちゃんは仕事の合間に、タイミングずらしてな」
「ズっルぅ~」
「何がズルいんだよ」
「バカスカ飲ませまくったんじゃねえの?」
「違ェよ!」
アハハハ、と楽しそうな声が上がる。
エリオットはだいぶ深い事情まで知っているゲオルクがやや気になり、
「ゲオルクさんは何でそんなにグレンさんのことを知ってるんですか」
「ん? ああ。グレンさんが金貸しを始めてから一か月の頃からの関係だからかな」
「「へええ」」
「金貸し一本で食ってけるほど安定する前から知ってるから、まあ、良いことも悪いことも知ってるよな」
「ぱっと見グレンさんよりゲオルクさんのがちょっと年上ですよね。何で敬語なんですか?」
「そりゃ金借りてる側だからよ。上から見下ろされて取り立てされたら敬語になっちまうって」
「ハハハ」
「それもそうですね」
だったら…と前置きして、マリーがゲオルクに問う。
「なんで一年くらい経ってるのに、ゲオルクさんは今も借金があるんですか?」
「ギクッ!」
「…」
「…」
「…ゲオルクさん?」
「…」
「…」
「…ねえどうして。ゲオルクさん」
急所を突かれたゲオルクは、冷や汗を流しながら黙りこくった。
そこを聞かれるとは思ってなかっただけに、答えを用意していなかったのだ。
「十一か月前の借金を返し終わってないって」
「どんだけ借りたんすかゲオルクさん…」
「………そんな借りてねえよ」
「じゃあ何で今も借金残ってんのよ」
「まさかちゃんと返してなかったり――」
「返済はきっちりしてるわ! 一日たりともトチッたことはねェ!」
「そしたら何で今も借金残ってるのよ」
「………」
「ねえ何で? どうして? 私をだましたの?」
さっきの感動秘話から急にリアルに引き戻されたマリーは、鬱憤をぶつけるようにゲオルクに詰め寄る。
「騙したとか人聞きの悪い事…」
「さっきの話聞かされて黙ってられるわけないでしょ! グレンさんもおばあちゃんも頑張ってるのよ? それなのに借金返さないなんて人間の――」
「借金返してるっつってんだろーが!」
「じゃあ何で一年経ってるのにまだ残ってんのよ!」
「そ…それは…」
子供とはいえ一対三の状況で言い負かされそうな気配のゲオルク。
何とか反論の余地を見つけたいところだが、ここで思わぬ加勢が入る。
「――俺も聞きてえな。ゲオルク。いつ完済すんだ?」
「ぐ、グレンさん」
「仕事せずにくっちゃべってるとは良い度胸してんじゃねえか。ん?」
「すんませんグレンさん…昼休憩しようと思ってたらこいつらが――」
「おい、人のせいにすんのかお前。自分の不手際を人に押し付けんのか」
「あっ、す、すんません。そんなんじゃないっすハイ」
一対三が一対四になった。
飛び上がるように立ち上がったゲオルクは直立の姿勢でグレンから見下ろされながら謝り倒す。
「ったく、様子見に来たらこれだよ。こんなんじゃ今日中に終わんねえぞ。明日もやるか?」
「すすすんません、急いでやります」
「斧増やすか? 斧二本なら倍になるか?」
「…いや、一本でいいっす。頑張りますんで…」
「さっさとやれよ?」
「ハイ!」
「後つかえてんだからな?」
「ハイッ!!」
「分かったらさっさと取り掛かれ」
「ハイすんませんしたッッ!!!」
直角の深々とした礼でようやくグレンが帰ってくれた。
圧迫の緊張から解放されたゲオルクは疲れ切ったため息を大きく一つつくと、のろのろと斧に手を伸ばし、だるそうに肩に担いだ。
「…そういう訳だから、この辺でな」
「ちゃんと返済してグレンさんとおばあちゃんに楽させてあげなさいよ」
「………おう」
ベルク達三人は本来の目的・採集依頼の達成のためその場を後にした。
またゲオルクだけとなった森の中に斧で木を打つ音がカコーン、カコーンと響く。
「…その気に、なりゃ! 借金は、とっくに! 返し、終わっ、てんだよッ…!」
腰の入った重たい大振りは唸りを上げながら幹に何十回も深く食い込む。
そして自重に耐え切れなくなった大木は、バサバサメキメキと悲鳴を上げながら地面に地響きを立てながら倒れ込む。
小さく息を切らせならが汗を拭い、地に横倒しになった大木を見下ろす。
ゲオルクは、胸に秘めたある目標に向けて斧を振り下ろしていた。
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