16
評価・いいね・ブックマークありがとうございます。
日々の執筆の励みになります。感想もお待ちしております。
事務所・一階
「グレンさん戻りました!」
「うむ」
「旦那、掃除終わったよ」
「うむ」
「グレンさんファイリング終わりました!」
「うむ」
「グレンさん回収行ってきます!」
「おう、気張って来いよ」
「うす!」
俺が直接手掛けた中口顧客の残高を圧縮・軽量化する傍らで新人の教育も行い、やっとで自力で取り立て出来るようになり始めた。
こいつらでも問題なく取り立て出来るような小口の優良顧客をあてがってるに他ならねえが、特段問題もなくきちんと回収してくる仕事ぶりだ。
言っちゃ悪いが、『金を受け取って来い』『分かりました』のガキの遣いみたいなもんで、まだまだ一人前には程遠い。
回収業務はやらせてもいいが、中口以上の新規貸し付けをこいつらに任せるわけにはいかねえ。 俺が汗水垂らして稼いだ金だからな。
ビラを見て『銀貨五枚借りたいんです』ってやって来るレベルの小口で練習するのは良いが、目先の利益に目が眩んで勝手に銀貨五十枚以上の貸し付けしようとするなんてのはまだ許さん。
取り立てについてはこいつらに割り振った客の中では、採用した強面のやつが出張る事態はまだなく、誠実そうな優しそうな男が円満な回収を日々せっせと行っている。
問題なく、元からある中口を小口に圧縮し、小口顧客はある程度の人数は完済まで運ぶ。
中口以上の新規貸し付けを一時停止してるから規模は縮小傾向だが、これは想定内だ。
むしろ半人前の四人で回るように仕事量を調整してるんだから。
もうすぐで期限の一か月を迎える。
旅行準備期間として決めたこの一か月は一日一日が目が回るくらい忙しく、怒涛のように過ぎ去った。
思い返せば一か月前が先週の事のように思える。いよいよ王都に旅立つ日も近い。
二か月だけの旅行だけどな。
完全に引き払う訳じゃねえよ。新婚旅行で一時的にラッカラを離れるだけ。
それだけは誤解のねえように言っておく。
「ナディア、もうすぐだな」
「そうねあなた」
受付を任せているナディアも目が回るような多忙を分かち合い、疲労のまま突っ伏して寝る毎日をここんところ過ごしてきた。
目処って言うか、すぐそこにゴールが見えて、ようやくナディアの表情も明るくなり、明後日に出発を控えた今となっては終わりの見えた激務もイキイキとこなしているように見える。
新人四人に負担を割り振ることも出来たから最初よりは大分ラクにもなったしな。
「馬車は朝の鐘だそうだ」
「分かったわ。明日は早寝しなくちゃね」
「今日のうちにあらかた終わらせて、明日は荷造りに専念しよう」
明後日の朝、鐘と共に出る乗合馬車で旅路が始まる。
あまり大荷物は持てないけれど、金ならたんまりある。持って行ける。
持って行く荷物はそこそこにして、行く先々で揃えるのも悪くないかもしれないな。
そうと決まれば最後の追い込み。俺たちは互いに励まし合いながらスパートをかけて残りの仕事を消化していく。
事務所内の仕事を終わらせたら、知り合いに挨拶回りを済ませておく。
特にあいつらには。
冒険者ギルド
「あれ、グレンさん」
「グレンさん」
「どうしたんですか」
「前に話した旅行の件だがな。日程が決まったんで挨拶にな」
依頼を終わらせて冒険者ギルドに戻り達成報告をしていたベルク・マリー・エリオットの三人。
無事完了して帰ろうとしたこの三人に手を振った俺は明後日からしばらく町を離れることを伝える。
「出発、明後日に決まったんですね」
「そっかあ。なんか寂しいなあおれ」
「帰りは二か月くらい先なんでしたよね」
「その予定だ。だからしばらくラッカラにはいねえ。その間事務所に顔出さなくていいからな」
と、贈り物をしないように釘を刺しておく。
「グレンさん、ついてってもいい?」
「駄目だよ。新婚旅行なんだから。お前らのお守りなんかしてられるか」
「ちぇー」
とベルクは両手を頭の後ろで組みながら笑った。
「ま、何か土産でも買って帰るから楽しみにしてろ」
「「「わーい!」」」
こいつらの素材で潤ったのも事実だからな。
王都に行きゃ何かしらあるだろうし、ちょっとくらいは何か買ってやろう。
覚えてたら。
宿屋
「ばあちゃーん」
「あらグレン君。どうしたんだい」
「明後日発つからその報告にな」
「そうかい。ナディアちゃんと楽しんでくるんだよ」
「本当はばあちゃんも連れて行きたいんだけどな」
ばあちゃんは王都に行った事がなく、二年前は行きたい旅行先の中にも挙げていたことがあった。
でも今は遠出出来るほどの体力はないし、
「何言ってんだい。ナディアちゃんと二人で行ってきな」
と微笑みかけるばかりで、遠くから見守ろうとしてくる。
「ばあちゃん一人連れてく金くらいあるんだぜ」
「そのお金はナディアちゃんのドレス代にしな」
ばあちゃんはせっかくの新婚旅行に水を差さないよう、空気を壊さないように遠慮してくるんだ。
そこがいじらしくもあり、ますますばあちゃんが大切に思える。
あの時の恩を返し切ったとはまだ思ってないし、親がいねえ俺にとっては血のつながりなんかなくてもばあちゃんは俺のばあちゃんなんだ。
「分かったよ。戻ったら一緒に行こうな」
「ふふ。じゃあ王都のおすすめの場所の下見でもしてきておくれ」
「おう、バッチリ下見してくるぜ。王都以外にも行きたいところがあったら遠慮なく言ってくれよ」
「そうね、考えておくよ」
大衆酒場
「いらっしゃ――グレンさん」
「おう。今日は挨拶だ」
「挨拶?」
「明後日から旅に出るんだ。二ヶ月くらい空けることになる」
「そうでしたか」
「つーわけで、しばらくはお前んとこの弁当は買えなくなる。すまねえな」
「何言ってるんですかグレンさん。謝ることじゃないですよ」
「だからよ、今晩オードブル四十セット頼むわ」
「えっ」
「今夜は宴会だ。お前も来るか?」
「えっと……いいんですか」
「ったりめーだろうが。俺とお前の仲だろ」
肉屋・魚屋
「あっグレンさん」
「グレンさんどうしたんですか」
「ああ、ちょっとな。今日は店の在庫を全部頂きに来た」
「ええっ」
「な、な、なんでですか。我々はもう――」
「まあまあ落ち着け。ちゃんと筋は通すさ。ほらよ」
「こ、これは?」
「金に決まってんだろうが。誰よりも金にはうるせえ男だぞ俺は」
「今夜、宴会がある。そこに持ってきてくれ。お前らも参加するか?」
「よろしいので…?」
「おう。俺とお前らの仲だろ」
◇
ラッカラ・壁内郊外広場
顧客・元顧客・友達・知り合い。
来る者拒まずで呼びまくった結果、この広場には八十人を超す人々が集まった。
その半数以上は俺が旅行に行く前の区切りの会であることは知らなかったようで、俺が木箱に上がって挨拶をするとざわめきが広がった。
だが、傍らにナディアを呼び寄せて新婚旅行であることを告げると、
「「ヒューヒュー!」」
「熱いぞグレンさん!」
「楽しくやりなよー!」
皆から熱い声援を貰った。
新婚初夜の宴よりも大勢の人でごった返すこの広場には沢山のディナーが並ぶ。
園遊会のように、並べられたテーブルにはずらりとオードブル、数々の料理、離れたところには樽のワインと豚の丸焼き。
焚き火の周りには串刺しの焼き魚が会議をするように囲み、全ての人々が俺とナディアを見ていた。
せっかく旨そうな料理が並んでるってのに長い挨拶は野暮。
俺とナディアは共にワインの入ったコップを掲げて。
「乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
ラッカラで過ごす夜はあと一日。
それはそれはにぎやかで楽しい夜を、見知った仲間たちと過ごしたのだった。
事務所二階・自宅
全ての仕事を終わらせ、残りの一日はナディアと荷造りをしながら旅行計画を練った。
ナディアはリビングのテーブルにパンフを広げ、ソファで俺と肩寄せ合いながらとても楽しそうに話す。
「まず王都に着いたらベリーベリーケーキは外せないわよね! あとはハニーマウンテンとホワイトショコラ、それからこのチーズフォールも――」
「ナディア気が早いぞ。一日でそんなに食えねえだろ」
「甘い物は別物なの。大丈夫」
「でもこの絵を見る限りどれもデケエぞ。大丈夫か」
「半分こすれば大丈夫♡」
「半分こか…残しそうだな…」
「そしたら私が食べるから大丈夫♡」
流石王都、ラッカラよりも豊富なグルメのバリエーション。
大衆向けから高級志向までありとあらゆるオススメが描かれていて、ナディアは目をキラキラさせながら思い浮かべる。
「は~ん♡どうしましょ♡」
滞在は十日~二週間。
その間に王都にある美味しいグルメを全部網羅出来るのか。
きちんとナディアの腹と心を満たせる最適なルートを作れるのか。
普段帳簿と名簿を照らし合わせて算盤を弾く苦行とは似ても似つかぬ、実に嬉しい難題である。
ナディアがくねくねしながら迷っていたところ、新入りの一人がドアをノックしてやってきた。
「リチャードです」
「入れ」
新入りを取り纏め率いる立場として、俺がいない間の店長代理を務めるのがこのリチャード。
どこにでも良そうな普通の青年。性格も温厚で見た目も平凡。中肉中背で余計な脂肪も鍛え過ぎたような筋肉もない。
仕事には忠実だし物覚えも早く、いち早く新人四人の中から頭一つ飛び抜けたのがこの男。
彼の性格上、“先頭を突っ走るからみんな俺についてこいタイプ”と言うよりも、“大将が抜け駆けしたので早く助けないといけないからみんな私についてこいタイプ”って感じ。
振り回されがちな補佐って言うのかな。
粗削りに好き勝手やるトップの軌道修正と尻ぬぐいに奔走する副官みたいな。
しかしそれがとてもちょうどいい。
俺の求める代理像にぴったりだ。
俺の恩恵<情けは人の為ならず>はその特性上、時として突飛な行動を取ることがある。
いくら恩恵が凄くても、最終的にやすり掛けする人間は必要。
そこで伸びてくれたのが彼・リチャードって訳だ。
彼は冒険しない堅実主義な性格だから、俺の留守を守ってくれるだろうと期待している。
周りにはバーバラもユージンもゲオルクも商店の連中もいるし、昨日の宴会でいろんな人と顔見知りになったから、助けを求めれば助けてくれるだろう。
「頼まれてた物を持ってきました」
「すまねえな」
リチャードはナディアの持っているパンフと似た厚みの別のパンフを二、三冊持ってきた。
ナディアのパンフはライトビジター向けの広く浅くな内容だが、リチャードが持ってきたパンフはジャンル別に特化した狭く深くなマニア向けの内容だ。
「おお、良いじゃねえか」
王都に来たなら行くべき観光名所が、ナディアのパンフよりも細かく沢山書かれている。
やはりマニア向けなのか、そこには王城・教会・噴水前広場などのありきたりな…いや、ハズレがない観光名所とは少し違った、あえてアタリハズレのある観光スポット・アクティビティスポットが地図に描かれている。
「グレンさん、こことかおすすめですよ」
とリチャードが指差したのは王都内にある西の尖塔。
「この塔は見張り塔として昔に作られたものですが、外壁が拡張・移動されたのに合わせて役割を終えたものです。現在では一般開放されていまして、ここの頂上から夕暮れ時に見える王都の街並みと地平線に沈む夕日がそれはそれは綺麗で」
「まあまあ♡」
ナディアが手を頬の横で組みながら、ロマンチックな情景に思いを馳せた。
「荘厳に聳え立つ王城の迫力。眼下に一望できる城下。果てしなく広がる地平と空。ここは隠れた絶景スポットですよ」
「素敵…」
「せっかくの新婚旅行ですから、ここは強くお勧めします」
「助かるぜリチャード。王都生まれは伊達じゃねえな」
「ははは…商人の四男坊ですけどね」
家業を継いだ兄と次男以外は王都を出たという。
商人の家に生まれ家を継がなかった娘・弟たちは別の業種、別の町、別の領土に旅立った。
リチャードも紆余曲折を経てこのラッカラに来たわけだが。分からんもんだな。
「金にはうるさい家で堅実に育ったつもりのお前が霊感商法に引っかかるなんてな」
「言わないでくださいよそれは」
痛い所を突かれたリチャードは苦笑いした。
真面目がゆえに詐欺にはまりやすいってのもあるしな。
この一ヶ月接して分かったけど、根は良いやつだし、基本的に人を信じて動く人間だ。
今は改心して働いているバーバラの手前、リチャードもそう悪し様には言わないけど、リチャードもバーバラの被害者の一人だからな。ちゃんと償いは伝わってもらわないと。
「留守中、バーバラがまた何かしたら“俺に言い付けるぞ”って言って灸を据えてくれ。手紙に寄越してくれてもいいから」
「はは…考えておきます」
リチャードは軽く笑って、頭を下げて部屋を去っていった。
「じゃあ、デザート巡りと西の尖塔は確定ってことでいいね」
「ええそうしましょう♡」
「あとはどうしようか、いろいろあるけど。多すぎて迷うな」
「あなたと一緒ならどこだっていいわよ、新婚旅行なんだから♡」
「な、何言ってんだよ♡」
「変に予定を決め過ぎず、行きたいところに行けばいいんじゃない♡」
「……そうだな♡」
王都を見たことがねえ俺たちが王都に着く前から王都での過ごし方を決めるのは早計だ。
王都の空気に触れ、王都の人々に触れ、王都の味を確かめてから身の振り方を考えればいいか。
俺たちの旅行は時間に金に追われるようなものじゃねえんだから。
良い新婚旅行をする目的の為には、手段は無限大にある。
ラッカラ・門前広場
東の空が白み、朝の冷たく湿った空気を胸いっぱいに吸い込む。
まだ静かな町。門前にはまだ早朝なのに開門を待つ人と馬車が多く列をなしている。
カラァン…カラァン…と鐘が鳴り、門が開く。
門の外にも同様に開門待ちの列が伸びていて、左側通行で出入りが始まる。
俺の乗っている乗合馬車も動き出した。
じわじわと進む馬車に揺られているのは俺とナディアと数人の客。
ここから三つの中都市を経由して、王都に至る道のりは約十五日。
国土の端から中央まで直通で行ける乗合馬車なんてものはなく、乗り継ぎをしながら王都に向かう訳だが、途中で立ち寄る町にはその土地の特産品や名産があることだろう。
ナディアは王都のデザートに首ったけだが、俺は途中で立ち寄る町で食える食事にも興味がある。
ラッカラとは違う料理。境界一本超えただけで食材も味も変わることを俺は知っている。
果たしてどんな味があるのか。それが楽しみだ。
「そろそろだね♡」
「ああ」
馬車の脚も徐々に早まり、門を出た。
後ろに見えるラッカラの外壁がゆっくりと遠ざかっていく。
町を離れるわずかの寂しさと、まだ見ぬ王都への道程に期待を抱きつつ、ナディアとかちりと目が合う。
狭い車内。
体がすぐに触れ合う距離でナディアと見つめ合いつつ、馬車の揺れに体を揺らしながら、小さく笑った。
ナディアがふっと目線を横に向けて声を上げる。
「あ、何あれ」
「あれ? どれ」
「あれだってば。よく見て」
「どれどれ――」
「――ちゅ」
馬車の外に向けナディアが指差した方に俺が身を乗り出そうとした時、不意に唇を奪われた。
「――っ!?」
「にしし♡」
と悪戯っぽくナディアは笑った。
「な、なにしてんだよ…!」
「行ってきますのキスみたいな♡?」
「人いるんだぞ…」
他の乗客に見られないよう、背中に隠すように小声で話す。
「乗合馬車ではなるべく静かにするのがマナーなんだからな。浮かれてちゃ迷惑になるぞ」
「うー」
「近くに馬車がいるんだから気を付けないと。ほらそっちとか」
「ええ?――」
「―――チュ」
俺が指差した方にナディアが目を向けた瞬間を狙って、唇を奪い返した。
「!?」
「ふっふっふ…」
目を丸くして驚いたナディアは一瞬言葉を失って俺の顔を見つめた。
「ちょっ、なーにもうー!」
「いってらっしゃいのキスかな?」
「もぅ…そういうこと。行ってきますにはいってらっしゃいがいるってこと」
「そゆこと」
してやられたりな感じ。
でも嫌な気持ちは全くなくて。
ほっこりした気持ちで馬車に揺られる。
ナディアの髪が風にたなびく。
頬を膨らましてナディアが俺に睨むも、すぐに解いて微笑む。
俺に近付こうとするナディアの唇を人差し指で待ったをかける。
「宿に着いてからな」
我慢できるのー?ケチー。と言いたげな目でナディアは俺の太ももに人差し指で渦を描く。
「やめなさい」と言いながらその手を握り、ナディアの太ももの上に戻す。
暁を進む王都行きの馬車の中、なんだかんだで幸せな日々を共に歩んでくれた妻と。
新婚旅行の始まりをふざけ合いながら、笑い合いながら、声を潜めながら楽しんだのであった。
今回で一旦区切りとさせていただきます。
面白いと思った方は、★★★★★押していただけると嬉しいです。
続きが読みたいと思った方はぜひブックマーク、感想レビューなどもよろしくお願いします!