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「旦那、おはよう」
「おはようバーバラ。今日もお出かけか?」
「掃除は済ませたからね。夕方には戻ってくるよ」
「そうか。気をつけてな」
仮の寝床として使っている倉庫から事務所に出勤すると、掃除を終わらせ領主館に向かう所だったバーバラと出くわした。
バーバラは黒のドレスではなく、市民が好んで着る木綿の普段着で領主館に向かう。
先日、ハーベスター子爵から依頼された内容の二つ目には『娘の病気を治してほしい』とあった。
一つ目の依頼はバーバラにある言葉を言わせるだけだったので、執務室での会談の段階で完了している。
子爵には現在二男一女がいるそうで、今年で十になる末娘が可愛くて可愛くて仕方ないと。
だがその末娘がいつからか体調を崩すようになり、今では自力で起き上がることさえ難しい状況。
これまで数多くの医者と薬を試したが病状の進行を遅らせることは出来ても回復方向には引き戻せなかった。
そこで、教会で数百数千の民衆の傷病を治したバーバラに白羽の矢が立った。
一言言っただけで立ちどころに治して見せるバーバラには期待が寄せられていたし、バーバラは自信があったので二つ返事で子爵令嬢の治療を請けたが、根治には至らなかった。
いろいろと言い回しを変えて試してみたけど『子爵令嬢は自力でベッドから出られるまで体力を取り戻す』が限界。
病気の原因を取り除くことは出来なかった。
またバーバラの恩恵による治療の効果は子爵令嬢の病気には定着しないようで、二日おきに領主館に行って治療の継続と実験を行っている。
普通の病気でも怪我でもなさそうなのに、なんでこうも治らないのか。
一時的に体力を戻してもそれは解決にはならないし、他に何かきっかけがあるんじゃないか?
そう考えた俺は、午前中の取り立て業務のついでに領主館に寄ってみることにした。
ラッカラ・ハーベスター領主館
「…何の用だ」
「何でここにいんのよ」
「守護騎士だからだ」
「守護騎士が門番? なんで。ちょっと役不足じゃねえの?」
「五月蝿い」
領主館に入ろうとしたところ、門の前で立ち塞がるように銀色の鎧を着たゼイガンが立っていた。
門番にしては遠目から見ても輝いてんなーと思ったけど、やっぱりゼイガンだった。普通の門番の鎧と違うんだよね。ちょっと。
こいつと会うのは領主館の前の門のそばだなんて変な縁があるんだな。
「…俺、用があるんだよね」
「何の用だ」
「え。言わなきゃいけねえの?」
「当たり前だ」
「言ってもどうせお前の事だから取り次がねえだろ?」
「……」
「オイ」
三日も出勤停止食らったのを根に持っているのか、ゼイガンはそっけない態度。
剣抜いて市民に切り掛かろうとしたのは消せねえ事実じゃんよ。逆恨みじゃん。
「ねーえー入れてよ」
「駄目だ」
「駄目ってさ。それは守護騎士・ゼイガン個人の意見? それとも領主館の総意?」
「……」
「どっちよ」
「……総意だ」
ふてくされたようにゼイガンは言った。
「そう、領主館の総意ね。ハーベスター子爵が俺を領主館に入れるなって言ってるのね?」
「…いいから帰れ!」
「もう一度聞くぞ。お前個人の意見でなく、俺を領主館に入れるなってハーベスター子爵が言ったってことで良いんだね?」
「しつっこいな、いつまでもガタガタと――!」
「旦那どうしたんだい!」
バーバラが慌てて中から出てきた。
『窓から見えたよ。また揉めてどうしたの』と俺とゼイガンとを見る。
「こいつが邪魔してよ。入れてくれねえんだ」
「何を言う。俺は責務を全うしているだけだ」
「せっかく来た客人を門前払いする仕事をしてるんだってよ。立派なことだ」
「何だと!」
また剣を抜こうとしたゼイガンだったが。
「すぐそうやって柄に手やるのやめろ。剣は脅しの道具じゃねえんだよ。俺がいつお前の命を脅かしたんだ。それだからこないだハーベスター子爵に暇言い渡されたんだろ。休暇明けでそれってマズイことしてるって思わない?」
「クッ――!」
ゼイガンは奥歯を噛み締めながら、柄から手を外してそっぽを向いた。
「ま、アポ取ってないんだけどね」
と舌を出した。
「貴ッ様ァ………!」
カタカタと震わせて怒りを露わにするゼイガンであった。
その後、門までやって来た家宰・デニスに事情を話し、中に入れてもらった。
バーバラには『令嬢に効きそうなものを持って来てみた』と言うとホッとした様子でお礼を言われた。
「旦那助かるよ。もうどうしたら良いのか分からなくってねえ」
「様子はどうなんだ」
「落ち着いてはいるよ。でもいつも通りって感じだね」
「何もなければまた二日後って感じか」
「そうだね…何か方法ないかねえ」
「うーん」
一応鞄にいろいろ詰めて来たけど。
「どれが効くか分かんねえけど、試してみるしかねえだろ」
子爵令嬢の寝室に戻るバーバラに着いて行った。
「初めまして。バーバラの身元預かり人で金貸しのグレンです」
「ようこそ。ロナルド・ハーベスター子爵が娘、アリアナ・ハーベスターでございます」
「突然押しかけてしまってすみません。近くまで寄ったものですから」
「いえ。ご来訪、歓迎します」
うっすらと隈が残る笑顔で俺を出迎えてくれた。
ベッドの上で座ったままの寝間着の彼女は、今は多少落ち着いているが元々の状態がそんなによろしくない事はすぐ見て取れた。
ずっと屋内暮らしのためか肌は真っ白。血管が透けて青く見える程で青色の瞳と相まってより病弱に見える。
運動していないのか筋肉があまりなく食事もしっかり出来ていないのか全体的に肉付きが少ない。
痩せ気味の頬を金髪で隠すように伸ばしているようにも思えた。
メイドの介添えを受けて起き上がったり、ベッドから立ち上がっているよう。
一人では満足に動くことさえ難しいのを見ると何とか治してやりたいと言うバーバラの気持ちも分かる。
「今日の分は済んでるのか?」
「ええ」
バーバラの<噓から出た実>で一時的に子息令嬢の体調を回復させているのは承知。
俺が来る前に既にそれは済んでいるようだ。
…回復させたのにこの調子なのか。
もしバーバラが来なければどうなっていたのか。
バーバラが術をかけなければこれよりもっとひどいのか…。
まだ十の少女が、来客の俺たちに必死に笑顔を作ってくれている。
起き上がって俺たちに接してくれようとするだけで相当な体力を使っていることだろう。
何とか楽にしてやりたい。
「…アリアナ様。今日はいろいろと体に良さそうなものを持ってきました」
サイドテーブルを借りて、次々に鞄から物を出していく。
「ほぉ…!」
「これは…?」
子爵令嬢アリアナとお付きのメイドが、俺が陳列していく物に目を奪われている。
それもそうだろう。今ここに並べているのは珍品ばかりだ。
レギュラーメンバーであるニジイロタケから始まり、その品目は十六品。
これだけあれば有効活用出来るんじゃねえかと思ってのことだ。
決して在庫処分なんかじゃねえぞ。
「これからいろいろと試させていただこうと思います。ご都合がよろしければ子爵様にもご同席願いたいのですが…」
目の届かない所で愛娘に変な物を与えてたなんて思われたらヤだからな。
毒見は当然するけど、現場にいるといないとじゃ大違いだし。
「かしこまりました。ではお伺いを立てますのでしばらくお待ちください」
メイドは一礼すると彼女の父親であるハーベスター子爵を呼びに行った。
――あれ?
どういうことだ?
「…」ドキドキ
「…」ワクワク
「…」イライラ
「…」ソワソワ
ハーベスター子爵だけを呼んでもらうつもりだったんだけど。
何で一家全員勢揃いしてるんだ?
一度会った子爵はこれから行われる事に緊張した様子。
初めて会う奥様はこれから何が始まるのかワクワクしている。
長男と思しき背が高い方の令息は機嫌が悪く。
次男と思しき小柄な令息は人見知りなのか居心地が良くなさそうだ。
四人とも金髪で、違いとしては父・子爵の目がブラウンなのに対し母・子爵夫人がブルー。
息子たちは子爵の生き写しのように金髪茶眼で娘・アリアナは母の碧眼を色濃く残している。
「みみみみみ皆様、こここれから私共がおおお行いましゅのは――」
「…いい、俺が喋る」
完全にアガッてるバーバラがまともに息も出来ないままどもりながら解説しようとしたので、聞き苦しいと俺がそれを止めて子爵様方に向かい合う。
「まずは自己紹介から。バーバラの身元預かり人のグレンと申します。こちらのバーバラがお世話になっております」
「妻のカーラよ。こっちがアンドレイ。こっちはエルヴィス」
「…宜しく」
「よろしく、お願いします…」
子爵夫人・カーラの仲介で長男・アンドレイ、次男エルヴィスと一言挨拶を交わした。
「これまで何度かこのバーバラがお邪魔してアリアナ様の治療をしてきたと思いますが根本的な解決には至っていないと耳にし、このグレンがその一助になればと、役に立ちそうな物を持参しました」
サイドテーブル・ダイニングテーブルに被せた布を一気に取り払う。
布に隠されていた十六品目のそれらを見て、御一同は色めき立った。
「これは…!」
「殺人蜂と蜂蜜」
「王乳もあるわ」
「この虹色に光るキノコは…?」
「大樹の朝露まであるじゃないか」
「この光る草は一体…」
立ち上がって間近でまじまじと眺める子爵・子爵夫人カーラ・次男・エルヴィス。
貴重品の数々を丁寧な手つきで手に取って見つめたりしていた。
「今からアリアナ様にこれらを処方します。もちろん私の毒見を経てからですが、皆様にはその一部始終を見守っていただきたいと思います。どれが効果があり、どれがアリアナ様の症状を緩和させるのかをご家族の立場と客観的な目線でご判断くだされば」
「分かった。アリアナ、それで良いか」
「はい、父上」
「――待て!」
そう言って椅子から立ち上がったのは長男・アンドレイ。
「お前は医者か」
「いえ、医者ではなく金貸しです」
「金貸し風情が医者の真似事か。そんな奴に妹を診せられるか」
アンドレイはあからさまに俺に敵意を向けてきた。
当初から機嫌が悪かったのは、どこの馬の骨とも知れない男が妹の治療をしようとしていたからか。
「アンドレイ。お客人に無礼であろう。控えなさい」
「ですが父上、アリアナに何かあっては!」
「控えなさいと言っている。アリアナの治療を依頼しているのはこの父だ。父に意見するのか」
凡そ父が息子に放つようなものではない殺気を放った。
無表情に近い表情のそれは、あからさまな怒り顔で言い放たれるよりも底知れぬ恐怖を感じた。
「……クッ。分かりました父上」
「済まないなグレン、許せ」
「…はっ」
逆の立場なら俺も噛みつくかもしれねえ。
こいつの気持ちは分かる。
叱責されたアンドレイは椅子にドカッと座り、腕を組みながら窓の外の方へ不満を隠しきれないままに顔を背けた。
「いざとなればバーバラの力で解毒することも出来ますので、しばらくの時間お付き合いください。持てる限りの力を尽くします」
そう言って、俺はアリアナ・ハーベスターの治療を開始した。
まずニジイロタケ茶。
これは俺が日頃から常飲しているからおすすめだ。
一番煎じを飲めば体の不調は取り除かれ、毎日活力に溢れる万能薬のはず…だったんだが。
「…美味しいです」
と言ったアリアナの顔は特に変化のない疲れたままのものだった。
次に、名前からして効くだろうと持ってきた延命草。
これをすり潰して、午前中の取り立ての間に近所の菓子屋で作ってもらっておいた草餅を出した。
そのままだと苦くて食えたもんじゃねえが、灰汁抜きしてから餅に練り込んで中に甘煮クルミの餡を包めば良い菓子になる。
これは好評だった。
「美味しいです」
甘いものが好きなせいか、アリアナの表情はやや柔らかくなった。
ちなみに、延命草の茶もある。
ここまで二つ続けて美味しいと妹が言った事からなめてかかったアンドレイが『貸せ、俺が試してやる』と試飲してみたが。
「ウ゛ッ…!」
と呻いたきり、こみ上げる何かを我慢するように時折手を押さえたりしながら口を噤んだ。
あとは大樹の朝露。
これを飲むと特に消化器系に作用し、体中の毒気が抜ける。
鼻と口の中を森の清涼感が駆け抜けるような感覚を覚える液体で、口当たりはほぼ水。
そう説明した直後アンドレイはこれの試飲を無言の挙手で買って出たが。
「ン゛ム゛ッ…!」
洗い流すどころか何故か草×草の相乗効果で胃の中がとんでもないことになってしまった。
たまらず長男は慌てて退散した。
一応俺が大樹の朝露を飲んで無毒をアピールしたけど、延命草との食い合わせが良くないのなら、草餅を食べているアリアナ嬢には飲ませない方がいいだろうということでパスした。
これ単体ならスースーしてスッキリするのに。
二日酔いとかにも聞くんだけどなー。
次は殺人蜂の蜂蜜。
これはトーストに塗って食べた。
…美味い。
普通の蜂蜜とはやっぱり違う。
どこにでもあるトーストを四等分に切って塗っただけなのに高級料理に様変わりした。
これぞ貴族しか味わえない味―――。
と噛み締めていたらカーラ夫人とエルヴィスが目をキラキラさせていたので、
「…いかがですか? 弟君も」
と聞くと
「いいのかしら!」
「いいの!」
と、待ってましたと言わんばかりのテンションで目を輝かせた。
「はぅん…!!」
「おいひい!」
ハニートーストをサクッと食べた瞬間、カーラ夫人は幸せそうにとろけて腰砕けになった。
エルヴィスはさっきまでの消極的な態度からガラリと変わり、年相応の元気さを取り戻しペロリと完食した。
貴族なんだから普段から良いもの食べてるだろうけど、やっぱりこれってメチャメチャ美味いんだな。
一つ食べただけでは満足出来ないようで二つ目に手を伸ばそうとしたが。
「夫人、弟君。アリアナ様の分がなくなってしまいます」
「え。…えええ~~~」
「そんなああ」
遠ざかる恋人の馬車を追いかけるヒロインのように、夫人と次男は皿に手を伸ばして別れを惜しんだ。
アリアナにもハニートーストを食べさせると、その優しい甘味に母と同様に顔をとろけさせたが、控えめな二口だけ食べてあとは残してしまった。
胃が大きくないのか食べる体力があまりないのか、あるいはその両方。
長く付き合わせる余裕はなさそうだ。
その後、俺とバーバラは領主館でそのままご家族と一緒にお昼を頂き、しばらくのお昼休みを挟んだ。
これまでバーバラは午前中に治療を済ませた後はお昼をご一緒し、その後は夕方までアリアナ嬢といろんな話をしていたんだそうだ。
最初はそうではなく治療が済んだらすぐ帰っていたらしいが二日毎にやって来て治療を続けていると二人は打ち解けて、治療後の経過観察をしながら話し相手として過ごすようにもなったらしい。
「アリアナ様とどんな話してたんだ?」
「それは言えないねえ」
「何隠してんだよ」
「ふっふっふ。女子のヒミツは男子禁制だよ…フッフッフ」
「ババアが自分の事女子とか言ってんじゃねえ。気持ち悪ぃな」
「なっ、ひどい!?」
休憩が終わった後、またアリアナの寝室に戻って治療を再開する。
子爵、子爵夫人、次男が席に着いた。
「ご長男…アンドレイ様は?」
「ああ、あいつは気にするな」
「部屋で休んでいるだけだから大丈夫」
「………そうですか」
子爵と夫人のニッコニコ笑顔での返答。
何か嫌な予感がしたので、俺はこれ以上追及しないでおいた。
六人で再開した治療と言う名の午後のお茶会は、夕方頃問題なく終了した。
「お力になれなかったようで申し訳ありません…」
「気にするな。言っては何だが予感していた事だ。アリアナの病は誰も治せなかったからな」
目立った効果もなく終了した。
ここまで色んな物を使えばどれかは効果があるだろうと自信を持って来たけど、これは効いたと言い切れる程の物はなかった。
美味しいお菓子と美味しい飲み物で親睦を深めただけだったよ。
上手く行けば、今日使った物の代金を子爵にガッツリ請求出来たのに。チクショー。
「色々手を尽くしてくれたと言うに。その心意気はこのロナルド・ハーベスターが確と受け取ったぞ」
「はは…光栄でございます」
アリアナの病気が治らなかったのは残念だが、ロナルドはバーバラに光明を見出していた。
今まで数多くの医者に診せたが大口を叩いた割にはどれも力にならなかった。
それに引き換え、バーバラは想定外の効果を見せつけてくれた。
これまで沈むのを黙って見ているしかなかった太陽を、空に再び引き戻す程の驚きと希望を感じた。
バーバラの助力があるからこそ、こうしてグレンたちを笑って送り出せている。
「せめてものお詫びと言っては何ですが、これを試してみてください」
去り際、グレンが置いて行った謎の小壺。
数珠とチェーンに通された木の札。瓶入りの水・砂・塩。
数珠と木札は身に着け、砂と塩は枕元に飾り、水は就寝前に一口飲み、壺は暇があればそこにお祈りをしてください。と。
これまで色々未知の物を試して来たアリアナは何の抵抗もなく、実は期待もなく、それらを言われるまま身に着け、水を飲み、壺に祈った。
病に冒されてからやれることは何でもやるがいちいち期待と失望を繰り返しては疲れるから、いっそ最初から過信しないと心境がドライに塗り替わったアリアナだが、グレンの残した物を、グレンの指示通りに、事務的でありつつも全てを完璧に実行したのだった。
『うまく行かなかったとしても、バーバラさんがいればこれ以上ひどくなることを止めてくれるのだから』と。
どうせ入浴とお手洗い以外でベッドからは一歩も出ないので『四六時中肌身離さず着けた方がいい』、『なるべく長く祈った方がいい』とのアドバイスもあっさりと言葉通りに受け取ってこなしてしまうのだった。
◇
翌日
ハーベスター領主館・アリアナの寝室
事務所まで家宰・デニスが来て、昼過ぎに領主館に呼ばれた俺とバーバラは、一家から熱烈な大歓迎を受けた。
「グレンさん、バーバラさん、本当にありがとう。お陰様でこの通りです」
シュパタタッ、シュパタタッ!
と、この場で縄跳びをして見せるアリアナ。しかも二重跳び。
「グレンさんのお言い付け通りにしてみたらお昼にはすっかり良くなっていて。ご飯もしっかり食べられて、こんなに動いても大丈夫!」
ヒュヒュパタンッ! ヒュヒュパタンッ!
と、はやぶさ跳びをして見せた。スゲエ。
「私達も驚きましたのよ。病で伏せる前よりも元気になって」
「そうだな。昨日色々と頑張ってくれた君の力あってこそだ、父として礼を言う。有難う!」
「ありがとう!」
「ありがとうグレンさんバーバラさん!」
子爵・夫人・アリアナから、バーバラごと纏めての力のこもった抱擁を頂いた。
昨日帰る時についでに持って来てみたバーバラの壺他数点を預けて来たけど、まさかあれが決め手になるとは。
何が起こるか分かんねえもんだな。
ってか、バーバラが『これを着ければうんたらかんたら――』って言ってたやつに実際に効能があるのが分かったのは大きな収穫だぜ。
これでユージンに安心して流せる。
いくら値が付くことやら…クックック。
「く…俺は認めんぞ」
「あ。昨日の! ねね、今日はハチミツ持ってないの?」
「今日は――」
「蜂蜜ッ!?」
「いや持ってないですよ今日は。急でしたし」
「「がーん!」」
俺に敵意むき出しの長男・アンドレイと、次男・エルヴィスが入ってきた。
昨日のハニートーストを気に入ったようだけど、呼び出しがいきなりだったから蜂蜜持って来れなかった。
夫人とエルヴィスは頭を抱えて落ち込んだ。分かりやすいくらいに。
「途中から体調悪かったようですが大丈夫ですか? ニジイロタケのお茶なら持ってますけど」
「……ッッ! い、要らん!」
昨日途中退席した長男・アンドレイに気を遣ったのに、毒入り茶を飲ませようとしてるんだろみたいな青ざめた顔で断られた。なんでー。
何かあったのかなって思ってせっかく親切したのに。美味いんだけどなー。
「は、蜂、蜂蜜はまだあるのかしら!!!」
「カーラ夫人。そんなに目を血走らせなくても大丈夫ですよ。帰ればありますから」
「本当ッ!?」
「本当ですよ…」
「ハチミツあるのー!?」
「ありますよ」
「「やったあ!!」」
ハイタッチして蜂蜜の在庫を喜ぶ母子。
また再度縄跳びを始める娘。
元気を取り戻した娘をニマニマ見つめる父。
巧みに跳ぶ妹になぜかライバル心を抱き始め、自室に縄を取りに行った兄。
「―――――くううっ!!」
「お兄様、もう少し! もう少しですよ♪」
「くそおっ…!」
取ってきた縄で二重跳びに挑むがギリギリ踏んでしまう兄に声援を送る妹。
それをニマニマ見つめる父母。
『次はいつハチミツ持って来てくれる? 明日? あさって?』と俺の裾を引っ張る次男。
治ったのは良いんだけどさ。
はっちゃけすぎじゃねえ?
俺とバーバラ置いてけぼりになってねえかこれ。
まあでも、依頼達成出来たから良いか。
…あ。
「子爵様…子爵様…!」
「ん? ああすまんすまん。何だね」
「これで例の件は不問と言うことでよろしい…でしょうかね」
「ああ。言うまでもない。よく頑張ってくれた」
「恐れ入ります!」
よしっ!
バーバラがうっかりミスで槍を降らせた罪は消えた!
「あとですねえ…」
「何だね。言ってみなさい。娘の命の恩人の頼みだ、聞こうじゃないか」
「昨日お持ちした物の代金を頂戴したいと思うのですが…」
「済まない、忘れていた。私としたことが…ついつい浮かれてしまっていたな。ワッハッハ」
しばらく待っていなさい。
と部屋を出た子爵はしばらくして金貨袋を持って戻ってきた。
「お待たせした。金貨十二枚で足りるだろうか」
きんかじゅうにまい!!
お試し程度の量しか持って来てなかったのに金貨十二枚!
「え、ええ。それくらいあれば充分です」
「我々家族の気持ちの分も上乗せした。本当に感謝している」
「お役に立てて何よりです」
こちらこそ感謝ですよ子爵様~!
金貨五枚になればいいかなと思ってたのが十二枚だなんて太っ腹だなあ!
さっすが領主様あ!
「ではこの辺で――」
「あっ。ちょっと良いかしら」
「はいなんでしょう夫人」
帰ろうとしたところ、カーラ夫人に呼び止められた。
「蜂蜜の事なんですけどね。…もしなかったらいいのよ。なかったらいいんだけど…瓶か樽で蜂蜜を売ってくれたらって思うの。何度も足を運ばせるのも悪いから。あと、他に何か面白いのがあったら見せてくれないかしら。良さそうな物があれば、言い値でいくらでも買うわよ」
と声を潜めて提案してきた。
「言い値で?」
「言い値で」
って事は、うちの在庫を表から一気に捌けるって事か…?!
「いくらでも?」
「いくらでも」
と言って笑いかけた夫人に対する俺の回答なんて決まっている。
もちろんですとも!!!
「是非ともご期待に応えて見せましょう!」
「助かるわ! 明日にでも見せにいらっしゃいな」
「はい! カーラ夫人に喜んでいただける品々をお持ちします!」
ハツラツと応えた今の俺は、見た目と態度だけなら奥様に忠実な家臣に見えたことだろう。
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