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評価・いいね・ブックマークありがとうございます。

日々の執筆の励みになります。感想もお待ちしております。

 あいつらに木の手配は任せたから今これ以上は出来る事はない。

 棟梁の事務所にも書置きをしておいたし、手が空いたらこっちに来てくれるだろう。

 俺が住んでる間はタダで直してくれるとかなんとか言ってたしな。

 今はそれどころじゃねえと思うが…。


 ちなみに、倉庫を確かめてみたところ、倉庫はなんと無事だった。

 事務所は古い木造だから降ってくる槍を防げず壊されたけど、倉庫は作り立てだから丈夫だし、屋根に頑丈な素材を使っていたのか槍は屋根に軽く刺さるか倉庫の周りに散らばる程度で済んだ。


 二階に保管していた素材も全て無事。

 これなら事務所が直るまで倉庫で雨露を凌げそうだ。

 棟梁、あんたってヤツは大した男だぜ…!


 こっちは落ち着いたから教会に戻って様子を見に行こう。



 教会に戻ってくると、治療を待つ負傷者の列が止まってるのに気付いた。

 さっきのスピードなら止まってる時間なんて全然なかったはずなんだが、完全に止まらされてる。これはどういうことだ?


「ごめんよ、ちょっと通るよ」


 行列をかき分けながら教会の方へ進む。

 行列の先頭では何やら言い合う声が聞こえた。


 治療を求める市民と、何度もペコペコと頭を下げ続けるシスターの姿が映った。


「いつまで待たせるんだよ!」

「すみません。もうしばらくお待ちください」

「すぐ治せるって言うから来たんだぞ」

「すみません、もう少ししたら医者が来ますので――」

「どうしたんだ?」

「ああ、グレンさん」


 教会の前でクレーム対応していたシスターは、そう呼びかけた俺を見ると少しだけほっとした顔をした。


「なんで列が長くなってんの? 止まってるし」

「それが、その…」

「――私が説明します。こちらへ」


 と、別で処理に当たっていた、関節痛に悩んでいたあのシスターに言われた俺は行列を外れて、彼女からこっちに耳を貸すように目配せ手合図される。


「実は先程、ハーベスター子爵家から騎士様がいらっしゃいまして」

「おう」

「治療途中のバーバラ様を領主館にお連れになったのです」

「何?」


 それから詳しい状況説明をシスターから受けたが。


「…そりゃ連れて行ったなんて生易しいもんじゃねえぞ。これは連行だ」

「すみません。私共ではお止めすることかなわず…」

「いつだ。いつ連れて行かれた」

「恐らく、十分ほど前かと」

「場所は領主館の方角か」

「はい、そうだと思います」

「分かった」


 この場はシスターたちに任せ、その騎士がバーバラを連れ去ったと思われる方角・領主館の方へ走り出した。





 ラッカラ・ハーベスター領主館前



「――待て!」


 通りから領主館前の門に差し掛かろうとしていた騎士を後ろから呼び止めた。

 その騎士の左手にはバーバラの細い腕が握られていて、バーバラは力なく歩かされているのが見て取れる。


 領主館に入られる前でよかった。なんとかギリギリ間に合った。

 全速力で走ってきた甲斐があったぜ。


「ハァ…ハァ…、バーバラをどうするつもりだ」

「貴様は誰だ?」

「そいつの保護者だよ…ハァ」


 振り返って俺を冷たい目で見下ろした騎士は対して表情も変えず、『何の用だ』と言った。


「悪いが仕事が残ってるんでな。そいつを返してもらおうか」

「それは無理な相談だ。俺も仕事だ」


 抑揚も感情も籠っていない声で断るとそのまま領主館内にバーバラを連行しようとするので、


「――待てよ!」


 回り込んで進路を遮る。



「教会で治療を待ってる奴らがいるんだ…それだってのにそいつを取り上げるなんてどうかしてる」

「…本当にこの者が治療していると思っているのか。詐術で民衆を誑かす悪党かも知れん。徒に民心を弄ぶ輩は守護騎士として看過出来ん」

「傷付いてる連中を放置するのが騎士の役目かよ!」

「この町の平和を守るのがこのゼイガンの役目だ。これ以上の問答は無用だ――」

「待てっつってんだろうがァ!!」


 俺の脇をすり抜けバーバラを館へ連れ込もうとした騎士の鎧の端に手を引っ掛け、通りの方へ投げるように引き戻した。


「話は終わってねえぞ」

「…貴様。守護騎士たるゼイガンに手を上げたな」

「先に俺の持ち物に手を出したのはお前だろ」


 じり、と砂を踏みしめる音。

 騎士はやや左足を下げた構えに移る。


「本人の意思で来てんなら良いが、こいつはお前に無理矢理連れて来られてんだ。嫌がる女を連れ込むのは野暮だって酒場の男でも知ってるぜ」

「平民と一緒にするな! 貴様らとは違うのだ。俺は君命を受けて――」

とうが立った女を拉致したわけだな?」


 口の端を小さく吊り上げて言ってみると、これまで表情をあまり変えなかった騎士の目が切れ上がった。


「子爵様を愚弄したな…」

「領主じゃなくてお前だ。お前のやり方はスマートじゃねえんだよ。相手の都合を考えない独りよがりは嫌われるぜ。俺だって仕事終わりを誘うさ」

「ぐ、ぐ、ぐ…!」


 みるみる頭に血が上っていく。

 小刻みに震え、鎧がカチカチカチと音を立てる。


「見てくれは良いが、剣しか振ってこなかったんだろう。人の扱いがダメダメだ。もうちょっと勉強しな」

「貴ッ様ァ…! 斯くもこの俺を愚弄するか、許せん!」


 騎士は腰の剣を抜き放ち、正眼に構えた。


「おいおい、一市民に剣を抜くのか。守護騎士ってのは随分チンケなプライドを守る仕事なんだな」

「黙れぃ! このゼイガンに唾した事をあの世で悔いさせてやる」


 腰に手を当てて、大きくため息をついて見せる。


「冷静に考えてみ。俺は丸腰であんたはそんな立派な鎧と剣。やり合ったらそりゃあんたが勝つが、勝って当たり前の事を守護騎士サマがやっていいのか」

「何だと」

「守護騎士って何を守護してんの。何から守護してんの。一番はあんたの仕える主君だろうが、二番はこの町、住民だろ。今お前は守らなきゃいけない住民に剣を向けてんだぞ」

「…ハッ! 命が惜しくなったか。もっともらしい事を言いおって。所詮貴様の命が惜しいだけだろう!」

「ああ命は惜しいさ。一個しかねえんだもんな。そんな一個しかねえ命をお前は自分のくだらねえプライドの為に奪い取ろうとしてんだぜ。口喧嘩に剣を抜くなんて、子供の喧嘩に親が怒鳴り込むようなもんだ。情けねえったらねえわ」


 目の前で剣を抜かれていると言うのに余裕を残したグレンの挑発が続く。

 いくらなんでもやりすぎに思える挑発にかえって騎士はやや余裕を取り戻したのか、剣先を下げた。


「貴様、一般市民にしては口が回るな。どこぞの家にいたのか」

「いいや。諸国を渡りながら夢物語を語っていただけだよ」

「異な事を。…いつまでも貴様に構っている暇はない。付き合いたければ後日付き合ってやる」

「何を言ってるんだ?」

「…ああ?」

「おいおい、まだ気付かねえのか。俺はもうお前に付き合う道理はねえんだぜ?」

「―――貴様…!」


 さっきまでここにいたはずのバーバラがいない。

 剣を抜いた時か。いや、それより前? 後?


 ――はっ!


 この男に投げられた時か…!


 俺を投げた拍子にバーバラから手を離した…あの時…!


「やっと気付いたか。あとちょっとでお遣いが成功するところだったのに、残念だったな。プクク…」

「おのれェ…!」

「女を連れ込もうとしても、嫌がってんならすんでの所で逃げられちまうってのが分かったか?」

「この…謀りおって…!」


 バーバラが逃げ去ったと思われる教会の方へ走り出そうとしたが、その背中に投げかける。


「逃げた女を追うなんてガキみてえだな。良い歳した大人がすることじゃねえ。未練タラタラの青二才か? これじゃあさぞ守護騎士サマは女日照りのご様子だな! ハッハッハッハ!!」

「度重なる愚弄、もう許せん! 死んで悔いろォォォオオ!!!」


 ゼイガンが上段からグレンに斬りかかろうとした時。


「――やめろ!!」


 領主館の方から制止の声が聞こえた。


 老練な気配の取り巻きを何名も従えた、風格を漂わせた壮年の貴族服の男性が領主館から姿を現したのだった。



「子爵様っ…!」


 ゼイガンは剣をすぐさま背に隠しながら右膝をついて頭を下げる。

 供を連れて現した子爵は門前まで来、膝折るゼイガンの前に立ち止まる。


「往来で騒がしいぞゼイガン。館まで丸聞こえだ」

「も、申し訳ございません」


 更に頭を下げたゼイガンを、仕方ないといった風な顔で見下ろす。

 一方、素手で地に立ち残ったグレンを見ると、小さく笑った。


「なかなか度胸があるな。臆せず立ち向かう気概や見事」


 ハーベスター子爵はグレンに賞賛を与えた。

 しかし、と前置きを添えて、


「次も助かるとは思わない事だ。弁舌は武器だが人は斬れぬし打ち合えぬ。程々にな」


 グレンの肩をポンと叩くとそのまま子爵は後ろへ振り返り、館へ進む。


「ゼイガン、三日暇を出す。頭を冷やせ」

「なっ…!?」

「子爵家の面汚しと罵られたくはなかろう」

「…………畏まりました」


 ハーベスター子爵はそのまま領主館の中へ消えていき、ゼイガンは姿が見えなくなるまで頭を下げた。


 グレンは子爵に触れられた感触が残る肩に、無言のまま、ゆっくりと手を添えた。





 バーバラは隙を見てゼイガンの手から抜け出してより、教会に戻って恐る恐る治療を再開した。

 再度連れ戻されるとしても、一人でも多く治療しようと。


 再度進み始めた治療待ちの列がみるみる解消されていく。

 その裏では、領主から密かに追加で派遣された調査員の報告があり。


 バーバラが用いる何らかの手法あるいは恩恵ギフトにより回復しているとの見解を出した。

 以後、奇襲を仕掛けた見えない敵の捜索に注力しバーバラは一旦捨て置く方針を取ったため、治療が終わるまで余計な横槍は入れられなかった。


 ゼイガンの再来はバーバラの杞憂であった。




 投げ槍騒動によって発生した負傷者の全てを治療し終えたのはその日の夕方。


 市民たちの住居の復旧には大勢の大工やバーバラの治療を受けて復帰した労働者を含む男達が多数駆り出され、町には工事の音が方々から鳴り響いた。



 事務所二階の居室・寝室にあった家具はほとんどが壊れており、新たに買い直した。

 今日買えたのはベッドとイスとテーブルくらいだけだった。

 それらは暫定的に倉庫二階に置くことにし、事務所が修復されるまでは当面そこで寝る。


「お疲れ様、あなた♡」

「ああ、お疲れナディア」


 ナディアは駆けずり回った俺の心を癒してくれる。

 傍らにナディアの体温と柔らかさを感じ、とても安らぐ。


 ところが、領主に肩を触れられた時の笑みをなぜか不意に思い出しつつ、やがて疲労からかあっさりと眠りに落ちた。

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