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ゆるめに投稿開始します。

「邪魔するぜ」

「グ、グレンさん」

「約束の期日は過ぎてんだが? どうなってんだよ」

「すみません…す、すぐ返しますから」

「すぐって何時いつだ」

「えっと……」

「明日か。明後日か。ん?」

「そんなすぐには…。も、もう少しだけ待ってもらう訳には――」

「あぁん!?」

「ひいぃ! は、払いますから! 今日はこれでどうか!」

「ふん…まあいい。利子にはなるか。また来るぜオッサン」

「は、はいぃ」


 ふう。今日も回収業務完了っと。これで遅れてた三軒分は終わりだな。

 誰が言ったか知らないが、裏通りのグレンと言えばこの中都市・ラッカラじゃちょいと名の通ったもんなんだぜ。


 金貸し稼業を始めてから一年。どうやら俺にはこっちの才能があったみてえだ。

 いろんな仕事に手を出してはみたがまともに働いても長続きしねえ。飽き性でぐうたらなそんな俺だが、どうやら長じたもんが一つあったってこった。


 生まれた時から親はいねえし本当の名前は知らねえ。気がつきゃ流れの劇団に拾われていて、大人たちに着いて行って下働きして飯と日銭にありついたもんだが、その劇団も激動の時代の煽りを食らってな。みるみる傾いて最期は行きずりの盗賊団に首をスパンよ。


 俺か? 俺はたまたま買い出しで留守にしてたから無事だったんだよ。俺だけな。

 盗賊のその後? 知るか。


 正確な歳は分からねえが十年ちょっとくらいは劇団で働いただろう。親兄弟代わりのあいつらが死んだことは悲しい。でもいつまでも泣いてられるほどこの世界は優しくねえ。


 力を持たない者は負ける。弱者は食われる。生き馬の目を抜く奴らが通りをウヨウヨしてんだ。

 生きるには勝つしかない。食う側に回るしかない。

 そう考えた俺が巡り巡って辿り着いたのがこの金貸しだっつーわけだ。



 日が高い中、鹿の串焼きを食いながら家に帰る途中、騒ぐ子供たちとすれ違った。


「おいカレン、早くしろよ、教会混んじゃうぞ!」

「待ってよダッツぅ」

「待つかよ、いい恩恵ギフトは早いもん勝ちだってな~!」

「えー」

「絶対<勇者>か<賢者>を引き当てるんだ。俺はえらくなるぞ! えらくなって――」


 振り返りざまにグッと拳を握り、少年は目を輝かせた。

 向かい合った少女は少年の後ろの空を指差し、


「……あ、ドラゴン!」

「なにっ!?」


 少年は咄嗟に振り返った。

 指差した方角、ラッカラの東の空には、青い空だけがあった。

 何もいない。

 いや、その空の下にはさっきまで後ろにいたはずの少女が駆けて行ったのだった。


「――なーんてね、あたしが良い恩恵ギフトもらうもんねー! キャハハ~」

「くそっ、だましたなカレンー!」


 あっという間に十メートル程に開いた差を縮めるべく、少年は駆け出した。



 ――恩恵(ギフト)


 王国で生まれた子供が十二になったらみんな教会に行ってお祈りとかするともらえるらしい。

 その恩恵ギフト次第じゃ<勇者>にだって<聖女>にだってなれるんだってさ。

 恩恵ギフトっつーのはスッゴくて、ちっぽけな人間のちまちました努力なんか、鼻息で吹っ飛ばすようなすげぇものらしい。

 神に選ばれる、神に愛される、みたいなそんなもんだな。


 そうか、今のあいつらはちょうど十二になったのか。


 俺の今の歳は分かんねえけど、多分とっくに十二は超えてる。身長だけなら大人にも勝ってるぜ。

 でも恩恵ギフトなんかもらいに行ったことはねえ。


 劇団が盗賊に滅ぼされた後一人になった俺は、近くにあった、こことは別の町に行った。

 冒険者ギルドに行っても新人イビリなんかしてケッタクソ悪ィし、大工に手を出しても頑固爺どもはてんで教えちゃくれねえ。見て覚えろだとよ。

 どこに行っても落ち着かねえもんで、靴作りやら皿洗いやらを転々として今の今まで飯と仕事以外を考える暇なんてまるでなかった。

 でも、今はちょっとだけ金貸しが軌道に乗り始めて、やっとこさ余裕が生まれた。


 十二ピッタリじゃねえとだめだってんなら諦めるけど、十二以上だったら誰でも受けられるんなら、受けてみようかな。


 走って行った子供の背を追うように俺はラッカラ教会に向かった。



 教会にはそれはそれはたくさんの人…子供がいた。

 良い恩恵ギフトをもらった子供の大はしゃぎする声があちこちから聞こえる。


「<剣士>だってよ! やったぜ!」

「私は<弓士>だった」

「俺は<重戦士>だ」

「最高じゃねえか! すぐパーティー組めるぞ!」

「「おおお!」」


 揃って拳を高く突き上げる三人組。


「<細工師>だよお父さん! やったよお母さん!」

「良くやった、でかしたぞ! これで安心して店を任せられる」

「今夜はごちそうにしましょうね」

「わーい!」


 両手を父母と繋いで和気藹々の家族。


「<料理人>…。やっぱり<料理人>か」

「しょうがねえ。血ってのは強いからな」

「もっとすげえのがよかったよ父ちゃん」

「前向きに考えろ。<料理人>はそう食いっぱぐれない仕事・恩恵ギフトだ。軍で成り上がる奴だっている。そう落ち込むな」

「はぁ…<勇者>が良かったなぁ」

「優しいお前には剣よりナイフのが似合ってるよ」


 望みの恩恵ギフトを引けなかった子供は消沈して、コック服の父に背中を摩られながら教会を去っていった。



 子供への恩恵ギフトの授与があらかた終わったのか教会の中はさっきよりゆとりが生まれた。

 神父様も一息ついているし、今なら大丈夫そうだ。


恩恵ギフトって、俺でも受けられますか。十二は超えてるんだけども…」

「勿論。神は等しく迷える人々を光へお導きくださりますよ」

「じゃあ――」

「ええ。ではそちらへ膝をつき、手を胸の前で組んで礼の体勢を取ってください」


 さっきまで子供たちが繰り返していたように、真っ白な石像の前の絨毯の床で両膝をついて座り、目を閉じながら頭を下げた。


 後頭部から肩甲骨にかけて体がほんのりと温かくなる不思議な感覚をしばらくの時間感じながら目を閉じて待っていると、神父から声がかかった。


「よろしいですよ。あなたに授かった恩恵ギフトは――」



<情けは人の為ならず>。



「…は?」


 ナサケハヒトノタラメナズ?



「<なさけはひとためならず>ですね」

「な、何なんだそれは」

「いや…私も四十年たくさんの子供たちを見てきましたが、こんなのは初めて見まして――」


 神父様も初めて見たという恩恵ギフト・<情けは人の為ならず>。

 今まで見聞きしないそれがどんな恩恵ギフトなのか、神父様も俺も分からなかった。


「内容は分かりませんがこの恩恵ギフトはどうやら禁呪に属するものではありませんのでご安心ください」


 どうやら禁呪を引き当てたわけではなかったようだ。

 禁呪を引き当てた奴はすぐに捕縛・処刑が確定コースとして待っていただけに、死なずに済んで一安心である。


 だがその恩恵ギフトの効果や内容については俺も神父様も全くわからない。

 スッキリしないが後ろがつかえ始めたので俺はそそくさと教会を後にした。



 ――<情けは人の為ならず>。


 戦闘系じゃなさそうだし、魔法系でも技術系でも生産系でもない。


 でも、言葉の響きからして…


「情けをかけるのは人のためにならないってことだよな」


 今の俺は金貸しだ。

 貸し付けと取り立てが仕事だ。

 金が返せないって土下座して猶予をねだってくる奴らから取り立てるのが仕事だ。


 って事はよ。


 中途半端に温情をかけるのは良くない。その人の為を思うなら情けは捨てろって事。

 まさに金をふんだくるための、俺のためにあるような恩恵ギフトって事じゃねえか!


 こいつはとんでもない金の卵をもらったようだぜ。ひひひ。


 よし、そうと決まれば来週からはがっつり取り立てしてやろう!




 ◇




 一軒目・木工品店


「邪魔するぜ」

「ハッ…! グレンさん」

「今日が返済日だ。金の用意は出来てんのか」

「そ、それが…売れ行きがあまり良くなく…」

「ああそうかい。だがそれはそっちの都合だ」

「えっ」

「金がねえなら差し押さえだ。この木皿とスプーンとフォークと、なんだこりゃ。木のナイフか。こいつもまとめていただくぜ。これで利子にしといてやる」

「グレンさん、それは売り物で――」

「"売れ行きが良くなく…"とか言ってただろうが。四の五のぬかすな。こいつらはいただいた」

「グレンさん! グレンさぁん!」



 二軒目・皮革用品店


「邪魔するぜ」

「へい毎度…グレンさん」

「今日が返済日だ。金は用意できてるか」

「すみません、ちょっと厳しくて――」

「そうか。じゃあ差し押さえだ。この一枚革はもらってく」

「そ、それは! それだけは!」

「壁に飾ってるだけの非売品だろうが。こんなデカい額縁、場所ばかり取って邪魔だろう。整頓に協力してやる」

「グレンさん、それは祖父の代から伝わる大事な――」

「うるせえ! 知るか!」

「ぐえっ…!」



 三軒目・肉屋

 四軒目・魚屋


「邪魔するぜ」

「いらっし…グレンさん」

「グレンさん…」

「おうお前ら。返済日だが用意は出来てんな?」

「あ、あのぅ」

「それが、ちょっと手持ちが…」

「そうかそうか。金がないか。じゃあ差し押さえだな。こっちは肉でこっちは魚で…おお、ちょうど良い荷車があるじゃないか、これをいただこう」

「「えっ!!」」

「どうせ表通りの店に客持ってかれてんだ。在庫捌くのに協力してやるよ」

「グレンさん今は駄目です!」

「そうだ、これから書き入れ時だってのに――」

「ここが賑わった試しがあるか! こいつらはカタにもらってく」

「「そんなぁ…!!」」



 五軒目・金物屋


「邪魔するぜ」

「グ、グレンさん」

「返済日だ。金は用意できてるか」

「そ、それが」

「用意できてねえよな。分かってるよ。だから差し押さえだ」

「はぇっ!?」

「この大鍋全部いただく。スクラップにしてやるよ」

「グレンさん! それはあんまりだ! 頼む、ちょっと待って――」

「金返してくれねえほうがあんまりだ。これまで散々待ってやってんだよこっちは。借りたものは返す、これは当たり前の事だろう」

「っ…!」

「じゃ、この鍋はいただくぜ。次はきっちり間に合わせろよ」

「あ、あ、ああぁ…!」




 六軒目・大衆酒場


「邪魔するぜ」

「悪いがまだ店は…、グレンさん」

「今日が返済日だ。金はあるか」

「すまねえ、グレンさん。今日はちょっと…」

「そうか。残念だ。差し押さえだな。この酒は全部貰ってくぜ」

「なっ、それはダメだ!酒全部持ってかれちゃ商売が――!」

「安心しろ。酒なら良いルートを持ってる。これでチャラにしといてやる」

「ダメだ、金貨が何枚も吹っ飛んじまう! 返済額超えてるぞ!」

「そうか。確かに貸し付け額を超えそうだ。それは悪いことをしたな」

「ほっ…」

「釣りとしてこいつらをやろう」

「えっ」

「食材と食器類だ。鍋もある。このデカい一枚革もやろう。どっかに飾っとけ」

「えっ、ちょ…」

「おう、お前ら店員だろうが手伝え。これ全部そっちに持ってけ。で、荷車に酒全部積め」

「グレンさん、待っ――!」

「ああ? 店、燃やされてえか?」

「………ひぃ」





 よし。

 これで今日の六軒分の取り立ては終わりだ。

 荷台に積んだ酒は夕方までに全部捌けた。

 あいつの言った通り、金貨四枚。色付いて五枚。良い金になったぜ。


 今日は抱いて飲んで食って、良い所に泊まるぞー!!




 ◇




 大衆酒場


「御免」

「ああ兵隊さん。こんな昼から済まねえが今日酒場はやってないんだ」

「ええ? どうした」

「いやあ酒が無くてな…飯は作れるんだが」

「なら大丈夫だ。飯が作れるなら問題ない。いや、それどころかこちらからお願いしたい事がある」

「ど、どうしたってんだい」

「今から三百人分の料理を持ち帰りで頼みたい」

「さ、さんびゃくぅ!?」

「ああ、こちらに寄られた、さるお貴族様の麾下の将兵を持て成すのに手が足りない。料理と食器があとセットで三百人分必要だ。兵士に供するゆえ素焼きや木皿で構わない。期限は今日の日没。とにかく数がいる。頼めないだろうか?」

「そんな数は流石に…」

「…」

「…いや、用意できるかもしれねえ!」

「おお!?」

「おいボン、テイロ、ジャーナ! さっきの食材はどれくらいある!」

「ええと、ええっと…。サンドイッチとスープにすれば、三百は足ります!」

「よし! なら兵隊さん、その仕事はうちが請け負った!」

「ありがたい! よろしく頼む!」




 同日夜・ラッカラ領主館前の練兵場は大層賑わった。


 領主館内では侯爵とお付きの者、配下の将がラッカラ領主自慢の料理人が腕を振るった料理に舌鼓を打ち、今宵兵士たちの駐屯地となった練兵場では、市民たちによる炊き出しが行われていた。

 大量の肉・魚・追加で購入した野菜をたっぷり使って兵士たちにサンドイッチと具沢山スープが振舞われる。


 グレンが残していった肉魚では足りなくなった酒場の店主は近隣の商店に応援を要請。その中にはグレンが同日のうちに物納・・させた複数の商店も参加していた。

 おかげで焚き火のそばで追加された魚を塩焼きしていたり、追加された巨大な肉をグルグルと回し焼きする光景も見られ、兵士たちの夕食はそれは豪勢な夕食へと変貌していたのだった。


 別の酒屋から供された酒を飲みながら兵士たちは思い思いの夜を過ごす。


「な、なんだこのナイフ。木なのに切れ味が良いぞ」

「薄い。けど折れない」

「これうっかり手に当てちまっても怪我しねえぞ」

「軽いからかなり使いやすいな。これどこのナイフだ」

「あそこだ。そこの出店で買えるみたいだぞ」

「すげえな。ウチのにも買って行ってやるか」

「なあなあ…これひょっとして、牢の罪人の食器としてもいいんじゃないか?」

「そうか、これなら刃物にならないな!」

「天才!」

「お前勘が冴えてるなぁ!」

「そうか? そうかぁ~?」


 不思議な木のナイフに感動し切る兵士たち。


 炊き出し中の大鍋を、その中身たる料理ではなくガワに見入る兵士もおり。

 途中から参加し、より調理効率の良い鍋への切り替えなどを指揮していた件の金物屋の店主を呼び止める。


「この鍋のもう少し大きいのはないのかい?」

「店に戻ればあると思いますが」

「いいね、では後で見せてもらおう」

「――おやっさん、寸胴の横に取っ手を三つ着けた大鍋が明日までに欲しいんだ。三人で運びたい」

「でしたら有りものの鍋に取付作業しますよ。いくつかありますが一緒に店に来られますか」

「ああ、お供しよう!」


 片や額縁に飾られた立派な一枚革に釘付けになる腕自慢の兵士たち。


「なんだこのでっかい革は…!」

「丁寧な仕事をしている。縫製がとても細かくて緻密だ。割れも切れも全くない。素晴らしい」

「ああ、それ多分知り合いの皮革屋のですよ。…おーいエディー」

「どうし…。何でこれがここに!?」

「やっぱりお前のだったか。グレンさんが俺んとこに持ってきちまったんだ。それより――」

「店主よ、この革はそなたが作ったのか」

「いえ、これは祖父が鞣したガルガンベント・キラーベアです」

「ガルガンベント・キラーベア!?」

「二十年前から禁猟指定された絶滅危惧種じゃないか」

「まだ禁猟指定されていなかった頃に祖父の知り合いの冒険者が狩ったらしい物です。どうやら製作に一年かかったとか」

「…成程、こんなに見事な革ともなればそれは当然か」

「これを売ってもらうことは出来ないか?」

「すみません、こればかりはお売りすることが出来ません」

「むむ…そうか…」

「兵隊さん方、そう気を落とされますな。このエディという皮革屋ですが、革製品作りにかけては実はこのラッカラで一、二を争う程の腕前なのですよ。皮さえあれば、持ち込み次第でこれにも勝るとも劣らない仕上げをしてくれるかもしれませんよ」

「本当か」

「じゃあ、今度獲物を持ち込んだらやってくれるのか」

「ええ。技術料を頂ければ大きさ次第では」

「おお!!」

「エディの作る革手袋も良いですよ。頑丈なのにしなやか。冷たい剣や槍を持つのには外せない逸品ですよ。ナイフホルダーも財布もオススメです」

「ほうほう!」

「エディ店主、これから買いに行っても良いだろうか」

「ぜ、ぜひぜひ!」



 このようにして大盛況となったこの練兵場の宴会は、商機と見た他の商人たちの出店が続々と現れ、更に活気を増す。出せば売れる特需状態となったこの場、官民入り乱れてそれは楽し気な祭りの様相を呈したのだった。




 ◇




 そして翌日。


「ふわ~あ」


 いやーたっぷり寝た。

 いっぱい食って飲んで騒いで抱いたなあ。最高の一夜だったぜ。

 このグレン、人生最高の一日を過ごさせてもらいやした! あざす!

 ここまでじゃんじゃん金を使ったことなんてなかったからな。これも良い経験だ。


 昨夜は俺以外にも外で何かドンチャンしてたみたいだが、別にそんな事はどうだっていいんだ。

 今の俺は神の心で何だって許せる。優しい心の持ち主なんだ。


 さて、今日も張り切って仕事するか。

 つっても、次の取り立ては来週なんだけどな。昨日の取り立てが上手く行きすぎた。

 流石にやり過ぎたかな…とは、全く思わないわけじゃねえ。

 返済日だってのに遅れるあいつらが悪いんだよ。


 昨日のでもっと悪化してたら、貸し倒れなんつーことになったりしねえよな。

 全額じゃなくて利子分だけだぜ?

 いやいや。それはないない。利子分だけだし。全額じゃねえし。


 ほら、<情けは人の為ならず>って言うし。

 相手の事を思うなら甘やかすなってことだし。

 甘やかさずに厳しく接することで、自らを律して返済スピードが速まるってことになるかもしんねえから。


 やる事ねえだろうから来客がなきゃ本読んで時間潰そうかな。

 ひとまず、事務所に行くとするか。



 事務所内


 窓から取り入れた日の光で本を読んで暇つぶししていたところ、窓の外がだんだん騒がしくなった。


「―――あ! グレンさん居るぞ!」

「――ほんとだ!」


 ん?

 どっかから俺の名を呼んだ声がするぞ?


「おーい!!」

「グレンさーん!」


 近付いてくる。

 一人じゃない。複数だ。

 誰だ!?



「「「「「「グレンさん!!!!」」」」」」


 昨日取り立てた奴らだ!!

 いきなりドアを開けて入ってきやがった!


「な、なん、何だお前ら! 朝っぱらからいきなり。何なんだ!」


「「「「「「すみません!!!!」」」」」」


「要件は何だよ。そんないきり立つな」


 六対一の状況。

 狭い屋内だからとは言っても同時に殴りかかられたらまずい。


 動揺してるのがバレないように、ゆっくりと逃げ道がある裏口の方へ後退りながら落ち着いた風な口調で話す。


 やってきた六人は目を見合わせると皮革用品店店主・エディが代表して口を開いた。


「グレンさん―――」

「な、何だ…」

「…」

「…」


「長い間すみませんでした! 返済に来ました!」

「「「「「すみませんでしたっっ!!」」」」」


 金が入った袋を前に突き出しながら、六人は一斉に頭を下げた。

 ザッ! と一つに纏まった統率の取れた一糸乱れぬ動きにグレンはたじろいだ。


「え? え?」

「この半年、利子しか…いえ、利子もまともに払えない状況でしたがようやく目処が立ちました」

「グレンさんには本当に悪いことをした。本当にすまねえ」


 昨日の今日で六人総出での来訪。

 お礼参りされてもおかしくないと思っていたグレンだが、まさかの返済に来たという事実。感謝を述べられている現状に頭の理解が全く追い付いていなかった。


「いや、いいんだよ。分かってくれりゃあ」


 差し出されている六つの革袋を、汗の流れそうな笑みで一つずつ受け取っていく。

 受け取った袋の中身には銀貨銅貨がぎっしり。


「おいお前ら…細けぇだろコレ」

「「「「「「すみません!!!」」」」」」

「あの、売上が出たんですぐに返しに行こうと思って」

「そこまで頭回んなかったス!」


 ジャラジャラとうるさい袋六つを机に置き、顧客名簿と照らし合わせる。

 昨日利子はもらったからそれは差し引き、残りの返済額とこの現金を合わせると…。


「………多いじゃねえか」

「「「「「「迷惑料です!!!」」」」」」

「はあ?」


「これまで散々迷惑かけてきたんで!」

「グレンさんには今まで待たせてしまったお詫びと言いますか」

「昨日、実はグレンさんが色々と手を回してくれたって事、俺たちもう分かってますから!」

「…は?」


 手を回した?

 俺が?


「いつもらしくないグレンさんだったからびっくりしたけどな」

「ああ。まさかあんな大波に乗れるとは思わなかったよ」

「グレンさんのおかげでうちの不良在庫が全部捌けました」

「うちも」

「うちもだ」

「それどころかうちなんて半年先の予約まで埋まりましたよ!」

「やったじゃねえかエディ!」

「え? ええ?」


 なんだか分かんねえが、俺の知らねえところで勝手に話が進んでるぞ。

 一体どういうことだこれは!


「待てお前ら、俺は何にもしてねえぞ。俺はただ取り立てただけだ」


 返済が滞りまくりのお前らに強権を発動しただけなんだ。

 生活が傾きかねないことをしたってちょっと思ったけど、甘やかさないように、心を鬼にしたんだよ。


「またまたぁ」

「何をおっしゃいますか」

「全部知ってたんでしょうグレンさん~?」


 それがどうして感謝されて、しかも全額返済されるんだ。

 いや、ちょっとばかし釣りも出てるじゃねえか!



 …待てよ?


 ひょっとして、これまで甘かった俺のやり方から血も涙もないやり方にガラリと変えたもんだから、こいつらブルッちまったんじゃねえのか?


 また返済が遅れたら今度は何されるか分からねえってんで、ご機嫌取りに来たって。


 はあはあはあはあ。

 なぁるほど。そういうことか。

 それなら納得。大納得だ。


 かなり乱暴な取り立てをする金貸しからはずっと金借りてたくなんかねえよな。

 別から借り換えてでも、そんな金貸しとは一日でも早く関係切りてえよな。

 俺だったら真っ先にそうするわ。


『裏通りのグレン』がここで効いてくるとはな。クックック。

 これまでは甘ちゃんだったが、やっぱり一思いにムチ振るった方が効率良いんじゃん。


 さっすが、<情けは人の為ならず>だな!


「ま、まあなんにせよだ。これでお前ら全員完済だ! これで俺とお前らの関係は清算されたってわけだな」

「「「「「「はい!ありがとうございます!」」」」」」


「これから(借り換えの返済)大変だと思うが頑張ってくれ」

「はい! 確かにこれから(爆発的に急増した注文の処理で)忙しくなると思いますが」

「それもこれも(俺たちの商品を宣伝してくれた)グレンさんのおかげです!」

「おうそうか。(ムチでぶっ叩いて死ぬ気で頑張るきっかけをくれた)俺のおかげか!」


「「「「「「「ハッハッハッハッハ」」」」」」」




 その日の夜、例の大衆酒場でたっぷりと馳走になった。もちろん支払いはこいつらの割り勘だ。

 今日で俺とこいつらの関係は終わるが、寂しかねえ。

 俺は金貸しだからな。貸した金が返ってくりゃそれで終いよ。


 <情けは人の為ならず>の効果の実証実験も無事成功したことだし、次も張り切って取り立ててやろうじゃねえか!


「グレンさん! とびきりの美女たち連れてきましたよ~!」

「ヒューヒュー!」

「ヒューヒュー!」

「おおいいね~!」

「「グレンさん。今夜はよろしくお願いしまぁす♪」」

「おうおうおう! さあ飲もう飲もうー!!」


 今日も人生最高の一日を過ごせそうな予感!

面白いと思った方は、★★★★★押していただけると嬉しいです。

続きが読みたいと思った方はぜひブックマークよろしくお願いします!


2022/4/3

酒の売却益を変更

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