昔、田んぼと天の川は繋がってたというお話
冬童話2022参加作品です。
季節外れ、お許しください。
4600字を分けずに一挙に上げてます。
汐の音さまが挿し絵を描いてくださいました。
本文末にあります。
小学校4年生のタカくんは、庭を囲んでいるどんぐりの木の間から外一面に広がる田んぼを眺めました。
庭も田んぼも真っ暗だけど、遠くの街のほうはうすらぼんやり明るく見えます。
「あそこにはお母さんを乗せてくる電車の駅がある」
タカくんは心の中でつぶやきます。
夏休み全部をおばあちゃんちで過ごすとお母さんと約束したのですが、お盆に会ったきり、お迎えはまだまだ先です。
わかっていてもついながめてしまいますよね。
もう夜8時を過ぎていますが、「築地松の中なら何時でも、お庭に出ていいよ」とおばあちゃんのOKをもらっています。
「庭の木に黒蜜を塗ってカブトムシが来るかどうか夏休みの研究をしよう」と言い出したのはおばあちゃんなのですから。
あ、築地松というのは、家の周りにぐるりと植える風よけの木のことなんですって。
「松」というのにおばあちゃんちのはなぜかどんぐりの木。
でもそのおかげか、一度オオクワガタがタカくんの黒蜜をなめに来てくれました。カブトにはまだ会えていません。
タカくんは今日の昼の冒険で、初めて田んぼの真ん中を横切る水路まで行きました。
おばあちゃんちから街の方向に延びる、車一台通れる幅のあぜ道をどんどん歩いていくと、ちょうど十字型に水路が現れたのです。
両岸は落ちたら一人では上がれそうにないほどの、高いコンクリートの壁。
底を流れる水の量は多くなく、透明な水の中にわんさか生えた水草がゆらゆら揺れています。
魚かザリガニとかいないか目を凝らして、タカくんは両岸や、8歩分しかないコンクリの橋の上から水を覗き込みました。
夕方畑仕事から帰ったおばあちゃんに話したら、明日の朝虫取り網を買ってきてくれるって、メダカがいるはずだから掬ってみたらって。
「今行ってみよう」
それはほんのちょっとした思いつきでした。
田舎だから街灯もなく家の明かりも遠く、田んぼの中は真っ暗なのです。
落ちたら危ないから、水路までは行かなくていいかもしれません。
でもあぜ道は真っ直ぐで、タイヤの跡が2本くっきりついています。
草が生えていないので暗い中でも白く光って、まるで「ここだよ」って、築地松の間に居るタカくんを呼んでるみたい。
右のタイヤ跡を歩いていってちょっぴり街に近づいて、気が済んだら左の跡をたどって帰ってくればいい。いかしたアイディアだと思いました。
「築地松を出ちゃダメ」というおばあちゃんの言葉には逆らってしまいますが、タカくんは足を一歩前に出します。
どんぐりの木の間をするりと抜けて、あぜ道へ。
昼間かいだイネの青々としたにおいが、今度はしっとりとタカくんを包みます。
最初は転ばないように気を付けて足元を見ていましたが、だんだん慣れてそよぐイネの先をみたり、広々とした田んぼを見回す余裕も出てきました。
「夜の冒険もいいな」
タカくんはちょっぴり大人に近づいた気分。
夏休みの最初は、おばあちゃんがどこに行くにもついて歩きました。畑仕事もお墓の掃除も街でのお買い物も。
その後は親戚の叔父さんや従兄弟たちが来たので、一緒に「縁結びの大きな神社」に行ったり、山の上の遊園地に行ったり、灯台近くで海水浴したり、イベント盛りだくさんで。
それからお母さんが来てお盆をして、みんなが帰って行って、今は急にさびしく退屈になってしまったのです。
「1人でもいいもんね」
タイヤ跡に立ち止まって平べったい田んぼに囲まれていると世の中には自分1人しかいないように感じます。
ふと進行方向に目を向けると、街の薄明かりが、煙のようにもやもやと、夜空の上まで上がっていっているのに気がつきました。
「え、火事じゃないよね?」
どこにも消防車のサイレンは聞こえませんし、音と言ったら田んぼからじぃーっとおけらの鳴き声がするくらいです。
これがおけらの出す音だって教えてくれたのもつい最近、おばあちゃんですけど。
空のもやもやはタカくんの頭上を越えて、後ろの北山まで続いています。そしてあちこちキラキラした星が透けて見えるのでした。
「すごい。なんかきれい」
タカくんはもやもやを目でたどって、ついでに夜空一杯のお星さまも見渡しました。
両腕を空に向かって伸ばしたら、心の中で「お星さま!」と唱えたくなります。
だって、タカくんの家のマンションのベランダからでは、星は3つくらいしか見えないのです。
タカくんは腕を下ろして目線を前に戻すと、ビクッとして飛び上がってしまいました。
橋のたもと、水路の岸に立つ小さな人影があったのです。
「だ、だれ?」
さっきまで街の方角には誰もいませんでした。あぜ道が続くだけ。薄明かりがもやもやと空に伸びあがっていくだけ。
「どこから来たの?」
水路から上がってきたなんてことはないよね?
カッパとかだったらどうしよう?
タカくんの頭は大パニックです。
「わたし、みいちゃん。あっちから来た」
人影は、タカくんと同い年くらいの女の子で、水路の左の下流のほうを指さしています。
「な、なにしてるの?」
みいちゃんはすぐには答えてくれません。タカくんはみいちゃんの顔が見えるところまで近づきました。かわいいかどうかより、ちゃんと人間かどうか知りたかったのです。
おかっぱの普通の女の子だ、安心と思ったとたんに、みいちゃんは背中を向けて水路の岸に足を投げ出して座ってしまいました。
タカくんもおずおずと隣に座ることにします。
「あのね、お星さまが川を流れるの」
「星が? 川を? この水路を?」
タカくんはもう4年生ですから、小さな星も太陽のように大きいと知っています。ぶらぶらさせている自分の足元を星が流れるはずなどありません。
「星が流れるのは天の川だよ。ほら、あそこ」
みいちゃんは街の方角を指さしています。
「天の川って七夕の? 銀河系のことだよね?」
タカくんは自信が無くてこそこそっと聞きました。
「そうだよ、あそこにあるじゃん」
都会育ちのタカくんは、天の川を見たことがなかったのでした。
さっきまで薄明かりのもやもやだと思っていたものが天の川だとハッと気づきました。
「きれいだよね」
こう言えば、知らなかったことをごまかせるでしょう。
みいちゃんは、両手をお尻より後ろについて夜空を見上げます。
髪の毛がさらっと後ろに流れて、ぷりんとしたほっぺと、かわいいお耳が見えました。
でもタカくんは、みいちゃんが重心を後ろにもっていきすぎてずりっと滑ってどぼんと水路に落ちないか、心配にもなります。
「私ね、考えたの。彦星様が渡れないんだから天の川には何か流れてるよね? でもお水じゃないと思う。だってお水よりキラキラしてもやもやだもん」
いや、天の川はお星さまの集まりだって子供百科事典で読んだはず、とタカくんは思います。
でもみいちゃんが、自分とおんなじように天の川を、「キラキラもやもや」だと思っているのがわかって、嬉しくて黙っていました。
「何が流れてると思う?」
「何か流れてるって言ったのはみいちゃんでしょ、ぼくに聞いてもわかんないよ」
タカくんはずり落ちないように用心しながら、自分も手を後ろにつき、みいちゃんと同じ格好で空を見上げました。
あぜ道は街に続き、そのまま天の川に繋がっているように見えます。
「なんだろね……」
タカくんが聞き返すとみいちゃんは、上を見たまま「きっと流れ星だよ」と答えました。
「流れ星なら流れてるとこ見えない?」
ここはツッコミどころです。
流れ星ならタカくんも知っています。
お盆前、おばあちゃんと縁側でデザートのすいかを食べた時に、タカくんは生まれて初めて流れ星を見たのですから。
すぐ消えちゃったけど、びっくりするほど速くて大きかったもの……。
「見えないの。星くずの流れ星」
「ああ、そうかあのもやもやはみんなキラキラの小さな星くずなんだ、なら流れてるとこそばで見たらきれいだろうな」
おしゃべりより想像するのが得意なタカくんは、口に出さずにうなずきながら思い描きました。
「でも天の川、どっちに向かって流れてるの? 上? 下?」
タカくんは、街から煙のようにもやもやと上に上がっていってる気がしていました。みいちゃんは、
「流れるのは上から下に決まってるよ!」
と、ぶすっとしちゃいます。
「じゃ、空から街に流れるんだね」
タカくんはくすくす笑いになりました。
だって、天の川のことでこんなに真剣になっているみいちゃんがかわいいようなおかしいような気がしたのです。
「街にじゃないよ。この田んぼに流れて来るの」
「この田んぼに? 星くずが?」
「うん。昨日も来たから今日も来ると思う」
やっぱりみいちゃんは変な子です。昨日星くずをここで見たと言っています。そんなの、タカくんには信じられません。
「ぼ、ぼくそろそろ帰らなくっちゃ」
タカくんが庭にいないことをおばあちゃんは気付いてしまったころでしょう。
冒険はしたかったけれど、おばあちゃんに心配をかけたかったわけではないのです。
立ち上がろうとすると、みいちゃんの柔らかい手がタカくんの左手をつかみました。
「静かに、10数えてみて」
しかたなしに胸の中で10数え終えたときでした、タカくんの右前にある橋の下から、星くずがひとつ、うぃ~んと流れ出たのです。
「星くず!」
これはタカくんも黙ってはいられません。でもみいちゃんは「静かにしてってば」と言ってタカくんの手をキュッと握ってきます。
タカくんがドギマギするうちに、2つ3つ、4つ5つと星くずが橋の向こうから流れてきたのでした。
まぶしいほどではなく、色は黄色と黄緑の間のようでさびしげです。
気がつけば、水路の向こうの田んぼの上にも星くずは飛び回り、後ろを向いたらおばあちゃんちの田んぼも星くずだらけ。
真っ黒に見えるイネの葉っぱの間にも星くずは挟まって点滅していました。
「すご~い、星くずいっぱい!」
タカくんが、「これ、ホタルだよね」って聞こうとした瞬間、水路の左手のほうから大人の男の人の声がしました。
「みぃーこ、見えたか? もう帰るぞ」
みいちゃんは、タカくんの手を放すとすっと立って、「うん、いっぱい見えた!」と答えました。
そして小声でタカくんにバイバイと言うと、水路に沿ってお父さんらしき人のほうに歩いていってしまいました。
星くずの飛び交う中をおばあちゃんちに帰ったら、タカくんはやっぱり、「どこ行ってたの!」と叱られました。
でも「ごめんなさい」と言ってすぐタカくんが、
「大人の人と女の子がホタル見てた。みぃーこちゃんって近所の人?」
と、質問すると、おばあちゃんの機嫌はすぐに直ってしまいました。
「近くに住んでるのは幼稚園か高校生だねぇ。タカくんみたいにお里帰りしてるんでしょ。誰のお孫さんだかね?」
と首を傾げていました。
次の日から、「水路の橋を渡らないならホタルを見に行ってもいい」とおばあちゃんと約束しました。
タカくんは、庭の黒蜜チェックの後毎日ホタルを見に行きましたが、みいちゃんは2度と現れませんでした。
都会に帰ってしまったのでしょう。
タカくんはみいちゃんに会う前はあんなに淋しかったのに、お母さんが迎えに来ると「え、もう家に帰る日なの?」とムッとしてしまいました。
「まだおばあちゃんちでしたいことがあるのに……」
そんなタカくんを見ておばあちゃんは何も言わず、ただニコニコ笑っていました。
昔、天の川が星くずをまき散らすようにホタルが飛び交う夏の夜があった頃の思い出です。
高校生になったタカくんが独りでおばあちゃんを訪ねて、みいちゃんを探し当てるのはまた別のお話。
おしまい。
by 汐の音さま。