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「あ、あれ?」
私は一体どうしてこんなところで寝ているんだろう? あ! そうだ、ハル君に怒鳴って山の中走ってたら道に迷ってたんだ。
ヤバ…… もう真っ暗じゃん。 どこをどう帰ればいいんだろう? それにハル君に合わす顔がない。
と思って下を向いた、すると矢印が地面に書かれている。
何これ? 誰が書いたの? 私?! そんなわけないよね…… それになんで熊よけスプレーなんて持ってるの私は。
走ってる時はこんなの持ってなかったんだけど。 スプレーの中身は空なんじゃないかと振ってみるがどうやら入っているみたいでよく見れば新品っぽい。
起きたら謎だらけで更に怖くなってきた。
こんなよくわからない矢印の方向に進むのは怖い気がしたけど自分じゃどうにもならないしただあてもなく歩くよりはと矢印の方向へ向かう。
「あッ、またあった」
少し進むと矢印がまた地面に書いてあった。
誰かが私と同じ様に迷って付けたのかな? それにしてもこの矢印の先には何があるんだろう。
そうして矢印を辿って行くと茂みから音が聴こえて私の肩はビクンと跳ね上がる。
「え…… ええッ!!?」
茂みから現れたのはなんと熊だった。
大きい、ていうより私大ピンチなんじゃ…… この矢印はまさか熊がここに居ますよ的なあれ?
心の中はもうパニックだけど私は今熊よけスプレーを持っている! でも使う機会があるとしたら襲って来られた時、それだけはどうしても避けたい。
テレビか何かで観たことある、熊に遭遇したら後退りでゆっくりと後退する。
私はその通りゆっくりと熊と相対したながら後ろに下がるが……
「あッ……」
後ろに木があってぶつかってしまいそれに気を捉われてると熊が私に向かって来た。
熊がもう目と鼻の先に来た時私は熊よけスプレーを噴射した。
熊の顔に命中して熊は動きを止めて慌てた様子で鼻先を擦っていた。
「い、今のうちに!」
私は無我夢中で走った。 まだ矢印がある、これに従ったせいで熊に会ってしまったのかわからないけど喋れるわけじゃないし熊の行動なんてよく考えたらわかるわけないよねと思って進む。
「う、嘘……」
走っていると少し前に物影が見えたので立ち止まるとまたしても熊……
さっきのと同じ? と思ったけどちょっと小さい、けど私なんかじゃどうにもならない。
こ、今度も熊よけスプレーちゃんと当てれるかなと不安になっていると……
「探しましたよ梢様」
「え?! メイちゃん!!」
木の上からメイちゃんが降りて来た。
「メイちゃん!! 怖かったよぉー!」
「まったくどこに行ってたんですか? 気配が急に消えたので私でもわからなかったです、そう思ったら急にまた…… とは言え無事で何よりです」
「ごめん、ごめんね…… そ、それより熊!」
「ああ、あれは襲って来ません」
「え?」
「野生の勘か何かわからないですが勝てない相手には襲って来ないということです」
メイちゃんが言うように熊はその場から動かずメイちゃんに連れられて歩いている私達をジッと見ていたが襲って来なかった。
しばらく歩くと私がハル君と釣りをしていた小川に辿り着いた。
私は安心してそこでへたり込むとメイちゃんは私の隣に座った。
「大丈夫ですか? 疲れましたよね」
「うん。 でももう大丈夫…… でもなんでメイちゃんが?」
「聞きましたよ、ハル様と喧嘩してしまったと」
「あ…… ええと、うん」
「来たのが私でガッカリしました?」
「へ? な、なんで!?」
「ハル様と会われた梢様を見てたらわかります、梢様はハル様のことが好きなのですね」
そう言われて私は顔が熱くなった。 好き、好きだよ。
でもそんな好きな人がメイちゃんを上手く利用するなんて考えていた事に私は反発してしまって……
メイちゃんに言えるわけないけど。
「ハル様も内心ショックだったのかすぐれないお顔でロッジに戻って来てルノ様にだったら戻って来ないで探しに行きなさいよと叱られておりました」
「ハル君も探してくれてたの?」
「はい、それはもう慌てて。 ハル様も気が動転していたのかもしれません、ですが梢様の気配が完全に消えてしまって行方がわからなくなりあちこち駆け回って探すしかありませんでしたのでこんなに遅くなってしまいました」
気配が消えてたって寝てたからかな?
「ところでその熊よけスプレーはどこで? ハル様とお出になられた時は持っていなかったと思いますが」
「ああ、これ? 気付いたら持ってたの。 私もよくわからないけど」
「まぁ何はともあれです」
「ほんとメイちゃんには迷惑掛けっぱなしだよね、ダメだな私って」
メイちゃんは何故か俯いてしまった。
「ダメなのは私の方です」
「メイちゃん?」
「私が梢様の気配を見落としてしまったり屋敷での件も本来なら防げていました。 なのに私が出来ないから」
「そ、そんなことないよメイちゃん! メイちゃんはいつだって頑張ってるもん!」
「それなんです……」
「え?」
「梢様は本当にお優しいです、私が出会ってきた誰よりも。 だから私もそれに感化させられたのかもしれません、私はそうではダメなんです、いつでも冷静で瞬時に物事に対応して的確に動く、ハル様からもルノ様からもそう教わっていたのに……」
あ、ええ…… ダメじゃないよ。 私からすればだけど。
「私メイちゃんのことが好きだよ」
「…… はい?」
「確かに不思議な力を持ってて闘ってる時はちょっと怖かったけどそんな風に悩んだりも出来るみんなとどこも変わらない優しい女の子だよメイちゃんは。 ごめん、全然悩んでいることと関係ないよね」
「…… そうですがなんだか少し恥ずかしいです」
「だ、だよね! ごめん」
「いいんです、ありがとうございます」
気付けばメイちゃんが私の服の裾を掴んでいた。
可愛いなって思ってしまって私はメイちゃんを自分のところへ引き寄せて頭を撫でた。
「ッ!!? こ、梢様?」
「なんかメイちゃんがしっかりしてるからだけど私の方がお姉ちゃんなんだよね、だからたまには……」
「……」
そうしてメイちゃんは嫌がるわけでもなく私に頭を撫でられていると……
「ゴホンッ!」
「え?」
「ハ、ハル様!?」
小川の反対側でハル君がいつの間にか居た、メイちゃんは私からパッと離れる。
「なんか出て行くタイミングがわかり辛かった」
い、いつから見てたんだろう?
「ハル君さっきは」
「ごめんな梢、俺は急ぐあまりあいつらと同じ道を辿るようなことをお前に……」
「ハル君ッ!!」
ハル君の顔を見た途端私は脚が濡れるのも関係なく小川を走って渡り抱きついていた。
「梢ッ?」
「ハル君……」
ハル君が思い直してくれたのは嬉しかった、けどこうして改めてわかる。 私は結局ハル君が好きなのだということを。