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『アウト・オブ・灰塵世界』【完結】  作者: 久瀬 風助@鬼叺 連
【一歩目:胡蝶の夢と灰塵の世界】
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7.空を目指して

※台詞が僅かに多いです。その結果いつも以上に長いです。ご了承ください。



 「……」



 脳内が混沌とする。渦を巻く流動的な思考が、脳内を循環する。決して纏まることなく、答えに辿り着く事は無い。



 「ウスズミ、そういえば、どうしてここに?」


 「あ、あぁ。…メインの仕事になるから、トクサに教わってくれ、とスオウに指示されたんだ」


 「そっか。ウスズミは、あの子達を知らないのか」


 「いや、運用もした事はあるからその辺りは問題ない。ただ調教となるとな…」



 どうにも、会話の中で彼女との『間合い』を掴む事が出来ない。煙に巻かれている訳でもないが、ハッキリとした実体を持っている程明確でもない。


 純真に見えて、何処か飄々としている。彼女の浮かべる表情といい、自分の隠していた部分をピンポイントで言い当てて来る点といい、調子の歯車が何処かズラされている様に感じる。



 「じゃあ、紹介する。右からトリオン、クジャ、サルベントだ。みんな、挨拶しよう」



 ……兵器に名前を付ける事をツッコんだ方が良いのだろうか。しかし、紹介する彼女は心なしか爛々としているように思えた。自分が彼女に向けて差し向けた表情が脳裏には鮮明にこびりつき、自分の中で押し留める罪悪感をよりザラつかせる。



 「……よろしく、お願いします」



 結果、ペースに呑まれてしまった。

 正論は誰にでも言える。正しい事は誰にでも分かる。それを加味してもなお『外れた事』をするという事は、当事者にしか分からない推して測るべき事情があるのだろう。だからこそ、今は疑問を飲み込んで、彼女に教えを乞う。


 ライジュウの2体は彼女の言葉に反応して、自分に向けて咆哮する。宇涼としては勿論の事、ウスズミとしても、犬とも馬とも似付かない甲高い鳴き声は新鮮であった。…が、一番右端のライジュウ、『トリオン』は自分の事など眼中に無いかの如く、その場に身体を伏せる。



 「…きにしないで、ウスズミ。彼女は、少しだけ、臆病なんだ。まってて」


 「…?」



 トリオンの前に跪き、一呼吸。

 次第に口を、ゆっくりと、開き始める。



 「…大丈夫。ウスズミは、こわい人じゃない。きっと、気に入る。トリオンも、心をひらいてあげて」



 檻の中から獣の身体を抱擁し、一言、一言、静かに、言葉を口にする。トリオンの背中を長い間隔を保ちながら指先でマッサージし、怯えや緊張といった障壁を取り除いていた。それは手慣れているという領域よりも…



 「(まるで言葉が分かっているかのようじゃないか…。彼女は一体…?)」


 「うん、しばらくしたら、きっとトリオンも、サルベントやクジャと一緒に、ウスズミを歓迎してくれると、おもう」



 立ち上がり、膝に付いた土埃を払うトクサ。…一応このタイミングで伝えておこう。と、感情を振り絞る。



 「…トクサ。分かっているとは思うが、一言良いだろうか」


 「うん」



 問い掛けた一言で身体に脱力感が走るが、気にしている訳にも行かない。


 彼女がやっていた様に、一呼吸して緊張を整える。



 「その…。ライジュウは戦獣だ。戦獣とは軍の保有する軍事兵器だ。…僕としても、生物兵器なんてものは酷く莫迦げていると思う。生命への冒涜だと、そう思う。


 …だが、兵器として存在していて、それが運用されている。その事実は揺らぎようもない。君達が調教してきた戦獣は、もしかしたら既に…」


 「しってる。何匹も、戦場あっちで死ぬことは、わかってるんだ」



 間髪の無い返答。『浅ましかった』と、一呼吸を置いた後に、会話を継続する。



 「……そうだな。今のは、情報の共有をしておきたかったのと、単純な年長者のお節介だと思ってくれ。答えてくれて感謝する。ありがとう、トクサ」


 「細事だ。きにしなくても大丈夫。それに、これはワタシのわがままなんだ」


 「…わがまま?」


 「ワタシの中にある、『忘れたくない』名前なんだ。ワタシの思い出で、ワタシの記憶で、ワタシの中にある礎。


 なにが起きても忘れないとはおもうんだけど、時折、さみしくなるんだ」



 3匹の戦獣に僅かに目配せをする。…それらは、一斉にトクサを見つめている。



 「…悲しくさせてしまったお詫びと言ってはなんだが、1つ話をしても構わないか。傷の舐め合いとは少し違うかもしれないが、君の気が晴れるかもしれない。君も気になっていた、僕の中に刺さっていた『トゲ』の話だ」



 戦獣がどのような感情を抱いているかを察する力は自分にはない。しかし、トクサが此処まで手懐けたこの獣達が、彼女に此処まで反応を示しているという事は、彼女の中に何かしらの変化が起きたのだと、推測した。


 それが悲しみなのか、虚無なのかも不明瞭だが、感情の向くベクトルを外に向けさせる。つまるところ対症療法な訳だが、彼女の中の琴線に触れてしまった以上は自分も琴線を差し出さなければならないと思った。



 「うん。聞きたい」



 柔らかな声で、彼女は自分を見た。



 「僕は9人、仲間を見殺しにしてしまった。敵国部隊との戦闘中、僕の意識は何処かへと飛んでいってしまったんだ。作戦も指示も無いまま、僕は3日間目を覚まさなかった。


 …信じて貰えないかもしれないが、3日間気絶している間に不思議な体験をした。僕は…別の世界で生きていたんだ。似たような名前で、似たような容姿で、この世界と似通った言葉で。…約20年あまりの時を、胡蝶の夢の中で過ごしたんだ」



 戦場での情景は、無論自分の中から抜け落ちている。どのように仲間が死んでしまったのか、その姿や臭いさえも思い出すことは出来ない。


 『目覚めなければ良かった』と、思わず口走りそうになる。



 「わぁ…。続けてほしい。すごい、きになる」


 しかし、トクサの一言がそうはさせなかった。彼女の表情は変わらないが、ライジュウ達を紹介していた時と同じように、自分を見つめるトクサの瞳は爛々としていた。



 「…そうだな。どんな事が気になるんだ? 知りたい部分があるなら教えよう」


自分の見てきた世界を自分の口から語るとなると、恐らく悪い部分をそのまま説明しかねないだろう。彼方の世界にも、此処とは別の方向性でロクでもない事に溢れていたのだから。


聞きたい事が纏まらなかったのか、初めて彼女が沈黙し、分かりやすい『身振り手振り』で考える様子を見せる。その結果、彼女が辿り着いたのは




 「………ソラ」


 「ソラの色は、何色だった?」



 爛々とした彼女の瞳は、変わらず自分を見据えている。


 表情に反映される『物悲しさ』にも似た瞳の色は、遥か先に見えないモノを渇望していた。



 「…この世界は、ずっと灰色なのに対して、青い色が果てまで続いていたかな。対称的に白い浮雲が漂う日もあったし、そんな雲が繋がった群雲となって、空に絨毯を敷く時もあったな。


 太陽は時間によって色を変えるんだ。眩しすぎる虹の入り交じる白が、直視出来る山吹色に。そうすると空は、今度は茜色へと変わる。群青を経て次第に暗い紫色へと変わる黄昏が訪れて、その後は黒色の夜空を迎える。


 白く輝く星が明滅を繰り返して、太陽の代わりに月が浮かぶ。月は時々に応じて形を変えて、僕達の住んでいた世界を見下ろす。それが毎日繰り返される。


 …伝わるかな。これで」


 

 不思議と、口が紡いでいた。意識と無意識の狭間で、朧気な空を言葉で描いた。


 自分の中に現存する語彙で、上手く説明出来たのだろうかと不安になる。一言、二言で済む箇所を必要以上に綺麗にし過ぎてしまっている気がしたから、尚更思考に角が立つ。


 しかし、そんな『ウスズミ』の感覚に反するかの様に、自身の頭の中で胡蝶の夢の引き出しを広げ、目に映った空の光景を一つ一つ取り出す『宇涼』の記憶を、止める術は無かった。


 きっと、トクサはその情景を想像しているのだろう。その場で立ち上がり、色の変わる事のない天井を見上げ、呟いた彼女は――――






 「そっか…。やっぱりソラって、青いんだ。へへへ…。本当だったんだ…!」






 初めて、少女らしい笑顔を浮かべていた。


 人間らしい喜怒哀楽を持つ、『トクサ・アグリース』という一人の少女の姿をしていた。

 描いていた空の風景が上手く伝わってくれたのだろうか、先程まで見えなかった彼女の一面が見れたからか、自分の顔にも微笑が伝播した。



 「…この世界にも空はある。雲の向こう側には、同じ様な空が広がっているかもしれないな」



 純粋に、嬉しさが込み上げてくる。自分の記憶にある光景が彼女の心か何かを懐柔したのかと、少しばかり満足気に。笑顔のままのトクサを前に、自分の本心を告げる。



 「…ウスズミ。ワタシ…」


 「ん?」



 トクサが、自分の方へと振り向いた。



 同時に、その手を空へと、ぎゅっと、



 ━━差し述べた。





 「ソラを、見てみたい。この目で、見てみたいです」





 一歩目 終

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― 新着の感想 ―
[良い点]  登場人物も個性的でとてもいいと思います。 [一言]  これからも頑張って下さい。
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