44.継続する記憶、既に無い体
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……また、この空間だ。知らない筈の見知った空間の中、僕は再び俺と相対している。多少の変化は見られるが、それを踏まえても根拠の無い既視感は僕を覆っていた。
「……また、引き寄せたのか?」
「…『結果的』には、な。俺はそんなつもりなかったんだが……」
よれた布団の上、胡座のままの態勢を続ける俺は酷く疲れた顔をしている。ふと思い出したように窓の向こうを確認すると、その先には深淵が広がっていて、背筋が僅かに強張る。
「━━そうだよな、さっきまで見てたのはあくまでも夢。俺はもうとっくに、『役割を終わらせた』筈なんだがな……」
「(………やはり……俺は……)」
かつてトクサに語った、『20年あまり過ごした』という過去形の記憶。掴み所の無かった不明瞭な想い出の断片を、今。 やっと掴んだ気がした。
俺は、胡蝶の夢の僕は『既に死んでいた』。それも病に伏した訳でもなく、事故にあった訳でもない。
『自ら選んだのだった』。
停滞した、空間の詰まるような沈黙が背後の暗がりに浮かび上がり、疲弊した彼の表情を際立たせている。
「俺もな、この世界を認識していた。夢って形ではあったが、明晰夢にしちゃリアリティがありすぎた。
『都合』が良かったんだろう。意図的だろうとアクシデントだろうと、死んだ肉体とは裏腹に意識は此処に腰を落ち着けた。俺と機械的な人間だったお前は、良くも悪くも『混ざった』んだ」
「………………………」
この世界を俯瞰して見ていたからこそ、僕と混ざったからこそ、俺は僕の知りたがっている事を知っている筈だ。未だ朧気なこの場所の正体も、俺は露にすることが出来るだろう。
だが、それを答えた瞬間に彼が霧散してしまいそうな気がした。理性が僕を溜飲させ、向き合うだけの時間が経過する。
「……お前が知りたがってんのは『此処』の事だろ。前も言ったろ?俺とお前の根本は繋がってんのよ。隠したって分かっちまうもんなんだ」
布団の上、俺は重そうに腰を持ち上げる。数回のストレッチの後、シンクの方へと足を進める。かと思えば数十秒と立たぬ内に片手に銀色の缶を携えて、再び布団に腰を落とす。…僕よりも年下である筈なのに、二回りは老けて見えるのは何故だろうか。
肉体は既に在らず、僕の内側に存在するのにも関わらず。飲酒という行為に意味はあるのだろうか?
「っと、また野暮なこと考えてるな?気にすんなって。全ては生前の模倣だよ、『模倣』。
……と、また話が逸れそうになったな」
何か引っ掛かる言葉があったような気がするが、今は俺の話に集中する。
目付きの裏にある『気迫』が反転すると、俺は一呼吸を置いて、話を続ける。
「━━此処は『継承記憶体』だ。人間の親…その親の親の、その親と、連鎖的な『願望』は此処に込められて、この世界の人間は生まれてくる。
『オギャア』と生まれたその時から生き方を決められ、成長であると同時に『歯車』として製造される。……この世界は、そんな選択したようだ」
……何も答えない。沈黙と頷きで返答を投げ返すと、続けて俺は語った。
「俺はこの世界と繋がれたと同時に、そのコネクトとして『ウスズミ・フォルシー』と繋がった。それが偶然か必然かなんて分からないが…。その因果は『管』となった。
色々と要り混ざってる筈の継承記憶体に、運良く根付く事が出来た。だが此処に居座る事が出来るのは、やはり『願望』って制約がある事が条件みたいでな」
「条件…それは前に此処で話した……」
「正解。…改めて明言するならば━━」
銀色の缶のプルタブを開けるが、炭酸の放出される『あの音』が無い。……模倣だと言った意味が、やっと腑に落ちる。
言い方を変えるならば、アイスケは此処に『幽閉』されていると言っても差し支えない。入れ替わることは出来るが、それでも既に死んでいる彼には僕の持つ『自由』が無いのだ。
「俺はお前の『セーフティ』として此処に居る。お前が、ウスズミ・フォルシーが道を間違えないようにする為の抑止力として、死んだ筈の俺は此処に呼ばれたんだ」
空になった缶は弧を描くと、乾いた音を一回だけ鳴らして、透過する。影も形もなく消え去ったそれは、床に転がった缶の『形跡』に同化したのだろう。
「……アイスケ、すまない。君の役割を理解せず…僕は……」
「弱気にもなっちゃならねぇ。……言ったろ、道を間違えないようにする為のセーフティだぞ俺ァ。
俺に謝罪する前に、周りの変化に気付いてやりな。……話すべき事を話してねぇ奴が、一人居るだろうが」
━━彼のその一言は、僕を強制的に気付かせた。変わり続ける状況に、話すタイミングを掴めずにいた彼女の事が、脳裏に浮かぶ。
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既に『乖離』は始まっている。彼の居る継承記憶体から、僕の身体は元の身体へと━━




