~記憶1~
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
…朝。また朝が巡ってきた。空はまさしく日本晴れ。雲一つ無い青空の色に染まっていた。
しかし、自分の中の劣等が『不釣り合い』な青空を軽蔑しているのが分かる。惨めな自分を嘲笑っているのだと、穿った見方で青空を睨む。
いつからだろうか。『人に優しくする事』に疲れを感じるようになったのは。
いつからだろうか、『人の為』だと行動を示すのがいかに無力な物だと気づいたのは。
気付いた所でもう遅い事も分かっている。優しくする事に、誰かの為に動く事に疑いを持つ事もなく生きてきた自分を変える事は出来ない。変える労力を割く事すらに疲れ果て、今日もまた俺は誰かの為に働くのだ。
街中に流れる人混みの中、時折耳を切り付ける舌打ち。『邪魔だ』と聞こえる小さな雑言。今日もベースラインの上では、他者を貶しめ、蹴落とそうとするチキンレースが行われている。自分のイヤホンを耳に付け、大音量で流すのは流行りのミュージック。周囲の喧噪を掻き消しながら、窓際に映る開放的な空を見る。そうする事で、周りの醜悪な現状から目を逸らす事が出来た。
『いつもありがとうございます。おはようございます。いらっしゃいませ。ありがとうございます。』
一つ一つ、点呼を確認する。
終えた後は店長が毎日同じように、中身のない目標を自分達に告げる。告げた後は解散し、各自自分達の作業場に着く。マスクと手袋をつけ、さして高級でもない魚や貝類をパッケージに詰める。その中で、いわゆる「親切心」で手を抜く技法とやらを上司に説明されるが、俺は何故だか商品に手を抜く事だけは嫌だった。
仕事は楽になるだろうが、冷静に考えてみれば馬鹿でも分かる事だろう。やらないのは「いずれツケが回ってくる」からだ。仮に貝一つとってもそうだ。一つ一つを選別して行うのは至極面倒だが、その中に新鮮でない死ぬ直前の物が入っていればクレームが入る。その場合上司は形だけでもクレームに対応し、頭を下げる。
だが、その後は決まって自分を叱責してくる。教育を盾に、自分の指し示した『手抜き』を糾弾する。
恐らくもっと上手い手の抜き方があるのだろう。『力を抜いて仕事をしろ』という意味合いだったのだろう。…彼なりの気遣いだとしても、それでミスが発覚して自分に矛先が回ってくるのなら、丁寧に仕事をした方が幾分マシというものだ。
しかし、表面上自分も嫌われる事はしたくない。…人手不足なのか、割く人員が居ないのか。今作業場に居るのは自分と上司の二人のみだ。本来であればあと2人程作業員が居る筈なのだが、その二人は非常勤。勿論来ない日も決められている。なんとか仲を取り持てる様に、自分は仕事をこなしながら上司の気を取り持つ様に笑顔とおべっかを振りまいている。
決して自分が完璧で居たい訳では無い。しかし、何処かしらが欠けている事で不和を生み出す事は避けたい。『当たり前の事を当たり前にやる』のは上司達の中では普通の事らしいのだが、それを人は完璧と言うのではないだろうか、と常々思う。少ない人員の中、ただ嫌われたくないだけで俺は「完璧」にならざるを得なかった。
それで得られる報酬は限りなく少なかったというのに、完璧でいなければならなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――