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15. 正しき道



 あれから少しばかり経った。


 常に静寂の裏で聞こえて居た機械の駆動音は鳴りを潜め、砂利を踏む音は寂しく木霊(こだま)すると暗がりへと逃げ去ってしまう。絶えず続く岩肌の連鎖は、心臓を不安に包み込んだ。



 「…何処まで続いているのかは知らないが…。せめてもう少し人の痕跡があればな…」



 脚に傷を負っているトクサを歩かせる訳にもいかない。背負う彼女がいくら軽いとはいえど、加算された体重は容赦なく僕の体力を消耗させる。


 先程僅かに回復したとはいえ、これではまた直ぐに身体にガタが来るだろう。



 「ウスズミ、ワタシは歩けるぞ。安心してくれ」


 「心遣い、感謝するよ。けれど怪我をしている君に比べて、僕は何故か殆んど無傷だ。…これ位の苦難、何度も乗り越えているしな」



 トクサの体温は暖かい。熱すぎず冷た過ぎず、バイタルに関しては問題もない体温だ。今こうして密着する事で、体温を奪われ続けることは無くなる。


 疲弊した身体を奮い立たせる事くらい、現役の軍人が出来なくてどうする。━━トクサを背負い直し、自身の頬を強く、二回叩いて洞窟の奥を見据えた。



 「っっし……もう少し進んでみるか、トクサ」


 「うん。お願いする」





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━







 一方、二人の落ちた穴の前では…




 「━━で?お前が始末する筈だったオニグマが急に爆発して、第8の新参と古参が落ちてったって?」


 「んだよその言い方ッッ……!! 元はと言えばテメェ等の雑な仕事が巻き起こした事だろうがッ!!!」



 赤髪を逆立て、スオウは吠える。目の前には彼女に処理を委託した、第7戦獣調教部隊の隊員が二人。


 廊下の底に開いた、そこの見えない洞穴を目の当たりにしながら、彼女の口にした真実を鼻で笑い飛ばしていた。



 「僕も見ていた。……スオウは君達第7部隊管轄の戦獣の処理に向かい、処理する筈だった戦獣は君達の『実験』によって憎悪を増し、処理用の麻酔を適量与えず興奮状態にした。


 オニグマは本来対象の敵を文字通り蹂躙する事が目的の、肉弾戦に向いた戦獣兵器の筈だ。自死を迎えた瞬間起爆するなんて聞いたことがない。これはどう考えても君達が何か仕組んだから発生した事故だ」



 クロガネ自身も、隊員を強く睨み付ける。……が。



 「ふーん。何かそういうデータでも?


 知らねぇ知らねぇ。俺達は使い物にならなくなった廃棄物の処理を頼んだだけだしな?それが爆発?? 至近距離で間違えて炸裂榴弾(さくれつりゅうだん)でもぶち込んじまっただけじゃねぇのかぁ?」


 「そーそーっ。落ちた張本人でも居りゃあ話は変わるかもしれないけど…、弁舌の回る御坊ちゃまと戦闘とくりゃあ周りが見えなくなる単細胞が語っちまうんじゃ意味ねぇよってコト」



 発言に含まれる一言一句に、差別的な意図が汲み取れる言葉の羅列。ある程度述べた後、勝ち気な顔をした内の一人が、スオウに顔を近づけ…



 「『誰がお前達の話なんかまともに聞くかよ』」



 そして、敢えて強調した嘲りの言葉を、強く投げ付けた。


 直後に聞こえる『ケタケタ』といったような、邪な笑い声。立場だけを後ろ楯に彼女達を笑う彼等を、スオウが黙って見ている訳もなく━━━。



 「━━手の込んだ自殺願望だなァ」



 彼女の逆鱗は、彼等の嘲笑により裏返った。


 腰に携える彼女の得物『錬鉄強化軍刀”カマイタチ”』が、空に黒い軌跡を一閃描くと同時に、殺意を以て畜生の素首(そっくび)目掛け、切っ先を突き立てた。





 『はいはい、取り敢えずそこまでそこまで』





 声が聞こえたその時。第7部隊の隊員はその居住まいを正す。第8班は、その姿を見て困惑と呆然とした表情を浮かべる。


 たった一人の優男を前に、そこに居る者達の殺気は静まり返ってしまった。



 「きっ……キナリ・シュレッド中将!?」


 「おぉ、本当に大穴が空いてるねぇ。一体どんなメカニズムでこんな大穴が出来たのか…。不思議だねぇ」



 隊員の敬礼には目もくれず、オニグマの起爆によって発生した大穴の方に強い興味を示すキナリ。壁や床には煤によって黒ずんだ形跡や、亀裂の走る壁。爆発による四散した黒い肉のなれ果てが周囲に散見されるが、衝撃の規模は「下」へと集約しているようだった。



 「これ、兵器として使うのは凄く良いよ。転用すれば重力で相手を押し潰す…そんな爆弾になるかもしれない。そうなれば炎を伴う爆発による被害の軽減も考えられる」



 そして、その爆発のメカニズムが分かったからか。彼は嬉々とした笑顔でそれを『称賛』した。

 無論、その言葉はスオウには毒だった。…班長であるウスズミが死んだかもしれないのに、その結末すらも『良い』ぬと判断しているような口振りに、彼女の表情には再度、怒りが灯る。



 「……待って。スオウ」



 しかし、クロガネはそんな彼女の目の前に自らの腕を差し出す。だがスオウは、『止まれ』と、彼女の意思を歪めるような腕を払い除け、鋭く口走る。



 「…止めるんじゃねぇクロガネ。階級なんか知った事かッ…!!!」


 「お願いだから…。……」



 それでも尚、クロガネはまたもや腕を目の前に差し出す。…視線はキナリ中将へと向けられている。





 「………で、でしょう!! これを開発したのはわたくし達…いや、第7戦獣調教部隊です!!


 蹂躙を目的とした戦獣兵器オニグマの持つ全身の筋力を、死の間際に急速にコアに集約させる事で…質量のエネルギーで対象を焼きながらも押し潰す事の出来る機構を搭載した、最高傑作になります!!」



 隊員の一人が、しばらくの沈黙の後。緩んだ口元を、徐々に開き始めた。


 上官の上官、更にその上の…そんな立ち位置に居る人物からの称賛。好意的・肯定的な発言。


 当人達に『自分達が開発した』という事実があるのならば。

 もし歯牙にも掛けない輩しか居ない、周囲に警戒すべき相手が存在しない、所謂気兼ねなく話せる環境であるならば。


 罪を逃れる為に隠匿したとしても、簡単に舌を出して、毒欲を曝け出す。



 「…あぁ、君達か。これをやったのは」


 「へ…?」



 そして、そんな輩に待ち受ける展開は、想像の通りの結末。

 先程、嬉々として穴を見つめていた彼の顔は、一転して静けさを感じさせる無表情に変わる。若くして中将となった者の慧眼とも言える透き通った瞳は、隊員の晒した毒の首を掴んでいた。



 「兵器として転用? 出来る訳がないじゃないか。安全性の検証も誤爆の危険性も、実証すべき事は何一つとして出来ていないのに。もしこれがテストだというのならば、それは通らない」



 隊員の顔は見るからに、青ざめていく。



 「何故なら、既に犠牲者になったかもしれない二人が居る。その時点でこの兵器はそれこそ産業廃棄物も良いところさ。…そもそも、戦獣兵器の勝手な改造や実験の権限は与えられていない筈だが?」



 きっと、全てが図星なのだろう。壁を背にキナリに対して敬意を表していた筈の二人の姿は無く、直立不動のまま互い互いに目線を配り、一刻も早くその場からの逃避を渇望していた。


 しかし、その選択を、目の前の中将ジェネラルが取らせる訳も無い。



 「『良い夢』は見られたか?」



 さして鋭くもない眼光であるにも関わらず、さして強い言葉でないのにも関わらず。


 訓練を重ねた上でこの軍に所属している筈の男二人は、その場に強く痙攣したと思うと、腰が抜けたようにその場に座り込む。


 言葉にならない、嗚咽のような声が大穴がへと吸い込まれる。何も知らない者であれば同情の声位は掛けるだろうが、その因果応報の結末の悲痛な叫びは、この場に居る誰の耳にも届かないだろう。




 「…相変わらず、落とし込むやり方がお上手ですね。キナリ中将」



 僅かにズレたローブの繋ぎ目を中心に合わせ、キナリ中将に頭を垂れるクロガネ。その横ではスオウが納得の言っていない表情で、カマイタチを鞘に納めていた。



 「君は確か…、ホーマさんの所の甥だったかな?」


 「はい。クロガネ・ホーマと申します。元アマテラス第3情報偵察部隊所属、現ツクヨミ第8戦獣調教班所属です」



 名前を聞いたキナリは、一度だけクロガネの名前を復唱すると、ほんの少しだけ考える素振りを見せる。心当たりがあるのか、彼は記憶を掴む為にそのまま口元に手を当てて、難しい顔をしている。



 「………あぁ。あの一件で部隊内のトラブルに巻き込まれた子か。…苦労を掛けてすまないな」


 「いえ。もう気にしてはいません。……それよりも、何故中将自ら此処に?」


 「……それ、アタシも気になったわ。他の部隊に羽虫扱いされてるアタシ等に手助けするような事したら、他の部隊からの心象悪くなるんじゃねーか?」



 質問に質問が重なる。第7部隊の隊員に見せた表情とも、開いた大穴を見ていた時のわざとらしい嬉々とした表情とも違う、優しげな顔を浮かべて、キナリは口を開いた。



 「今回みたいな基地内部での問題では、僕はなるべく動くようにしているのさ。他の中将に比べて若いってのもあるけど……。戦場には出ずとも、自分の行動に責任は持ちたいからね。


 今回のように身勝手な改造が横行している事が露見したのは凄く残念だ。僕一人の力にも限界はあると、つくづく思い知らされる。それに………」



 三度(みたび)、大穴の底を見るキナリ。



 「ウスズミは…僕の友人でもあるから」









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