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14.陥落したその先で



 「…………げほっ、げほっ………!」



 目が覚める。何も整理がつかない。理路整然と物事を解釈出来ない。そんな中でもハッキリとしている出来事が2つあった。


 1つ。『自分』は間違いなく生きている。呼吸を通じて肺に酸素を運びながらも、全身を強く地面に引き寄せられるような鈍い痛みを感じ取っている。


 2つ。自分とトクサの二人は、先程爆発に巻き込まれて、どういう訳か『下に落ちて』いた。



 「トクサ……トクサ!!?」



 気付く。彼女の無事を確認出来ていない。一緒に落ちたのであればそう遠くには居ない筈だ。


 周囲に映り込む瓦礫の塊は『最悪』の二文字を脳裏に走らせる。まさか下敷きにでもなったのではと、悲鳴を上げる身体を無理矢理起こして周囲を確認する。



 「すぅ………すぅ…………」



 ――――そして、すぐにそれが杞憂だと知った。



 「(良かった……大した事は無さそうだ……)」


 血中の酸素を一気に押し出されたかのような、大きな溜息をつく。


 気を失っているのか、それとも単に眠っているだけか。彼女は僕の心配等を余所に、砂塵と岩肌をベッド代わりに側ですやすやと寝入っていた。


 …ただ、無傷ではない。顔や脚には鋭い岩によって負ったであろう裂傷や土汚れが目立つ。


 彼女の服装は自分の物とは異なった、ローブ一枚の下に白色のワイシャツ、ブラックのオーバーオールを着用した、到底戦闘を想定しているとは思えない服装だ。仮にアンダーアーマーを着用していても、それでも『足りない』と思える程の軽装だ。この高さから落ちて、この程度の『怪我』でいられるのは奇跡に等しい。



 「(………一先ずは応急処置か…確か━━)」



 怪我の功名というヤツか。作戦行動中に発生した問題であったお陰で、応急キット等の『一通りの道具』は用意出来ていた。消毒液を浸透させた布を片手に、彼女の顔の患部になるべく優しく触れる。



 「…………ぅあっ……」


 「ッすまん…! …痛いだろうな。だが我慢して欲しい。応急処置程度でどうにかなる軽傷だ……」



 消毒液は所謂アルコールだ。『飲料用』の転用、はっきり言って無いよりはマシレベルの産物で、本当に『応急処置用』のモノだ。下手に傷口に塗り込まれれば刺すような鋭い痛みが襲ってくる事だろう。


 何を以て『繁栄』とするのかは知らないが、技術の転用する箇所を間違えているのではないかとつくづく思う。…恐らく作られているとしても、支給される階級に落差があるとオチはそんな所だろう。


 顔にはガーゼで、脚には包帯で応急処置を終えて、一先ず安全が確保出来たと、深呼吸をする。



 「……すぅ………すぅ………」



 依然として、彼女は寝たままだ。今の内に、少しでも状況を整理しておく事にしよう。



 「僕達は爆発に巻き込まれて、下に落ちた。つまり此処はさっきよりも下の階層。


 であるなら、僕達が今居るのは分類的には『居住区街』の筈だが………」



 自分の記憶と周囲の光景のズレに、懐疑的になる。


 この国、『要塞都市国家アカツキ』には二つの街がある。『表層区街』と『地下居住区街』。戦闘の特性上、表層区街は攻撃の標的となりやすい為か、攻撃の対象から民衆を守る為に地下に人々の住まう空間を作り上げた。……今も尚、それは拡大中だと、言われている。


 この開けた空間は恐らく、その居住区街の筈だが…その光景は街というよりも『洞窟』に近い。


 剥き出しの岩肌と瓦礫の山。砂塵にまみれた地面。街と呼ぶには粗末で、あまりにも退廃的過ぎる。ならば件の「拡大中」のエリアが偶然、爆発の落下地点と重なっていたという事だろうか。


 ……等と考えた辺りで気が付く。そもそもこのフロアは常に『照明』で照らされている。人の手が行き届いているのは明白だった。



 「(未だ拡大を続けている開発予定地の1つで確定かもしれないな…。何にしても、どうにか上に戻らなくてはならないな…どうしたものか)」



 爆発に巻き込まれたあの瞬間、スオウとクロガネを見る事が出来なかった。閃光の眩しさと、熱を伴う重力。それを感じた後、視界は閉ざされて、自分とトクサはそのまま『落ちていった』。


 それを自分は死だと受容しようと思ったが、流れてきたのは誰の物か分からない意味深な記録の一端で、此方で目が覚めたと同時に、現実の引力が僕をその記録から弾き出した。


 …スオウとクロガネは無事だろうか。リンドウやルリにも心配を掛けていることだろう。



 「━━っっ」


 心配事が一枚、二枚と重なると、ふと、目の前が歪む。やはり身体にダメージが残っているのだろうか。


 …いや、違う。これは所謂『微睡み』だ。此処に来るまでに、何度となく情報量の雪崩に身体を探し続けた。無論、疲弊した身体にも限界はある。

 隣に寝ているトクサが目に入る。………せめて、彼女を一人にしないようにしなくては━━。




━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━


━━━━━


━━









 夢を、見た。…というよりも、自分は今、夢を見ている。


 身体を新鮮な風が通り抜け、心地良い青臭さと清涼さが鼻腔を擽る。肌を撫でる優しげな季節風は、初めてじゃない筈なのにも関わらず、不思議と感情を揺さぶられた。


 目を開ける。一瞬の眩しさを感じたと思うと、すぐに開けた視界の風景が露になる。


 大小の隆起が果てまで続く、境界線を遮る物の存在しない世界。上を見上げずとも、目の前の上半分を覆い尽くす程に広がる碧の晴天。輝きが反射し、銀色にも錯視する輝いた白色の群雲。

 そして、自分が地に足を着けている、若々しく生命を感じさせる、地を覆い尽くす緑の草原。



 「━━━━━━━━━━━━」



 言葉を失う。


 込み上げる感情が自分を底から後押ししてくるようだ。堪える選択肢など最初から存在していないかのように、自分の涙腺は直ぐ様、決壊した。今すぐ、この風景の素晴らしさを言葉にしたかった。したかったが…言葉にしてしまえばその風景が音を立てて瓦解してしまいそうで、息を呑んで見つめる事しか出来なかった。






 ふっと、自分の横を、誰かが通り過ぎた。




 ━━彼女は、トクサだ。彼女の草色の瞳に、晴天の澄みきった空色が反射して、まるで翡翠のように輝いている。浮かべているのはあの時調教室で見た時以上の…煌びやかで開放的な笑顔だ。


 苦しみやしがらみといった、彼女を取り巻く全ての陰気が排斥されたその世界で、彼女は地を駆ける。胸を踊らせ、ステップを踏む。

 その姿はまさしく、生命を謳歌していると言えるだろう。彼女もこの新鮮な空気を、空いっぱいに広がる青色を感じているのだと。


 彼女に不思議と移入してしまう。自分の胸は締め付けられると同時に、その光景は網膜に焼き付いたのだった。








━━


━━━━━


━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━




 「━━━━━ズミ、ウスズミ」


 「………………………」



 岩肌の天井を背景に、トクサが自分の顔を覗き込んでいた。



 「……すまない、疲労には勝てなくてな」


 「大丈夫。それより…、何処か、いたいのか?」


 「え?」


 「ウスズミ、寝ながらないていた」



 目元に指を当てると、確かに瞳には水滴が着いている。息を大きく吸うと、喉と胸に突っ返る、『泣いた後の嗚咽』のような感覚も残っていた。



 「安心してくれ。僕は大丈夫だ」


 「そうか、よかった。……ワタシの傷の手当て、してくれたの?」


 「こんな環境だと、裂傷でも命取りだ。僕に出来る事は勿論限られているし、それも完璧とは言えない。…応急処置だから、無理だけはしないで欲しい」


 「……アリガトウ」



 脚に巻いた包帯に手を当てて、擦りながら自分に礼を告げるトクサ。その返礼も、何処かぎこちのないものであり、岩肌で冷やされた空気が体温を奪うからか、トクサは自身の方へと身体を寄せる。



 「……この世界は…、とてもつめたいね」



 ━━そんな彼女を見て、網膜に焼き付いた夢の光景が頭から離れなかった。




 「トクサ。空が見たいんだよな」



 「うん」



 少しだけ間を置いて、トクサが答える。その後見上げた天井は、先程目の当たりにした岩肌が自分とトクサの二人を見下している。こんな閉鎖的な世界の中、自分の見た夢の光景が彼女の求めている物だとしたのならば…


 揺れ動かされる。自然と『僕』の腕は…あの時のトクサと同じように、天井へと差し伸べられていた。




 「見に行こう。……この軍を抜けて、何処かにあるかもしれない、果てまで広がる『空』を」



 ━━理由や責務よりも先に、『僕』の感情が優先された瞬間。僕の中で何かの歯車が、動き出した気がした。

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