13.静けさに沈む(2)
眩しく広がる廊下。天井から全体を照らす蛍光灯のお陰で、奥行きが暗がりに侵される事なく、明瞭に視認出来る。
緊張していないといえば嘘になる。戦獣は兵器だ。
不用意に銃火器の引き金を引けば弾速の鉛が。刀剣を振るえば白刃が容易く命を奪い去る。
僕も戦場で、戦獣を兵器として運用したことがあるが、彼等は命令されればその獰猛さを惜しみ無く敵に奮う。……此度、その歯牙は僕達に向けられる。
「距離はどれ位だ?」
廊下の壁沿いに身を潜めながら、僕達は廊下を歩く。痛く張り詰める静けさの中、周囲を警戒しながらクロガネに囁く。
「現地点から200………190………。かなり速い。2分もしない内に遭遇する」
その発言の後だった。『ズシン』『ズシン』という重い振動の音が、壁伝いに僕達の身体へと届いた。
小さな揺れを経て細かな振動の幅が徐々に広く、広く、『強さ』を伴って、身体に緊張を走らせる。それは、胡蝶の夢で地震を彷彿とさせた。
「…………100…………………70…………50………」
クロガネが測る。
距離が、近付いている。
「━━━━━総員、構え」
僕が指示を促す。
死が足音を伴って、近付く。
「…………来る」
トクサが真っ先に、迫り来る存在に反応を見せる。
刹那━━━━
『 グ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ッ ッッッ!!! ! ! ! ! 』
距離にして凡そ、20mと言ったところか。
猛々しい慟哭と、物々しい咆哮。廊下の壁を礫へと変える、怪物の剛腕の一振りと共に。
双影のが照明の元に晒され、露となった。
一人は僕達の仲間、スオウ・ガエボルグ。何かを叫んでいる様だが、その咆哮によってかき消されてしまっていた。
もう一対は『熊』という生物をベースに、筋繊維の一部に硬質の装甲を組み込んだ異形の姿。甲殻とも篭手とも見える、肥大化した両腕によって対象を容易く薙ぎ払い、文字通り『蹂躙』する為の生物兵器。
名称は、”蹂躙作戦投入用戦獣『オニグマ』”。
「(”オニグマ”かッ━━!!!)スオウ!!! 此方に跳べッ!!!」
「……ッ!!!!」
瓦解した壁が地面に散乱する音と咆哮の残響で、僕の声もまた掻き消された。
……が、僕の送った『殺気』には気付いてくれたようだった。
僕の手に握られたオニビの銃口を彼女諸共『オニグマ』へと向けたその行為の直後。彼女はその規格外の脚力で即座に此方側へと、一直線に空を駆けた。
「狙いは定め易くなった。クロガネはスオウを基地へ。僕はオニグマを対処する」
「ばっ……!! お前何考えてんだよッッ!?」
膝を着いて肩を上げながら荒い呼吸を繰り返すスオウだったが、素早い切り返しが返ってくる。
「クロガネは元偵察部隊。スオウは疲弊かつ負傷。トクサは対象との渉外。……であれば、今対象を沈黙させられるのは誰か。
非常に心苦しいが、僕しかいない。だが安心してくれ。オニグマは兵器として運用した事がある。ヤツの沈黙方法も知っているさ」
「スオウ、心配いらない。ワタシがなんとかする」
僕の横で、トクサがスオウを説得してくれている。親指を立てて、彼女なりの励ましと『大丈夫』という気概を、気性の荒立ったスオウに向けて送っていた。
…とは言ったものの、僕の中で『宇涼』が続け様に警鐘を鳴らしている。まぁそりゃそうだろう。
勿論、僕自身も無事で済むとは思わないが、それも覚悟の上で此処に立っているのだから、関係ない。
ヤツはこの軍の『麻酔弾』に至極弱い。既に装填は終わっている。後は引き金に指を掛けて、少し力を込めるだけだ。
『 グ ルル ル ル ル… ………… ……ッ ゥ …… 』
先程まで目の前に居た筈の獲物が4体に増えたんだ。オニグマの動きが僅かに止まり、此方を警戒しているのか威嚇のような唸り声を上げている。
「第7の奴等…処理用麻酔をケチりやがったんだ!!! 十二分に効いてねェから逆に興奮しちまってるんだよッ!!!
お前だけじゃ無理だから逃げ━━━」
「なら、その倍をくれてやる」
我ながら自暴自棄にでもなったのか、口から出た言葉は実に稚拙で単純だった。僕の引き金は何度も、何度も、何度となく引かれた。
麻酔薬の全弾発射。反動もあって全弾命中とはいかなかったが、警戒してくれたお陰で僕の放った弾丸は運良く殆んどオニグマの身体を捉えた。
「トクサ、頼んだぞ」
「分かった。ウスズミ」
依然唸り声を上げているものの、興奮は既に成りを潜めたのか、先程まで殺気立っていたオニグマはその場から動くことはない。白濁した瞳は、変わらず僕らを見据えていた。
「…………大丈夫。……ワタシ達はもう、キミを傷付けない。…安心して……。大丈夫だから………」
先程調教室で垣間見た、対象を懐柔する優しげな瞳で、オニグマに語り掛けるトクサ。オニグマは一瞬だけ目を見開いたと思うと……
『 ………… …… ……ル…… ル … 』
そのまま静かに、眠りに付いたかのように、『息絶えた』。
「え……(バカな…。少し多めに当たったからって麻酔弾で死ぬ様な命じゃ…)」
「調教した人達、みんな、酷かったって。みんな、量産が、利くからって。………拷問に近い方法で、調教されたって。
勝手に、カラダを弄られて、すごく痛い、痛い、って」
悲しそうな表情で、トクサはオニグマの頭を撫でた。
「…………」
『……そうか』と呟くだけで、僕は答えられなかった。兵器である以上、下手な愛着を持つのは間違いと言えるだろう。
だが、それでも冒涜に冒涜を重ねる禁忌が罷り通って良い訳がない。何が行われたのかを語らなくても分かる程の凄惨を、トクサの表情から察してしまった。
<<━━━…ッチ………………チッ………………チッ……………>>
「━━━━━━━ウスズミ、危険ッ!!!」
「━━━━━━っ」
次の瞬間だった。
僕は、正直何が起きたのか、良く分からなかった。
でも間違いなく、全てが終わったと思った。
動かなくなったオニグマの身体が一瞬だけ閃光を走らせたと、そう認識した瞬間。
熱と重力を最後に、意識を閉ざしたのだ。
何も聞こえなくなり、何も感じなくなる。
静かの中に、僕は沈んでいった。
二歩目 終
二歩目、終了しました!これからがある種、本当の始まりです!
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