12.静けさに沈む(1)
「(緊急警報…内部で何かあったのか…!?)」
考えられる理由は二つ。外部からの攻撃か、内部で発生したトラブルか。
拠点が地下に存在する以上、外部からの攻撃は考え難い。この階層の下には居住区があるからこそ、表層区外の守りと攻めは文字通りの鉄壁だ。…であるならば、必然的に後者の考えに行き着く。
問題は『そのトラブルが何なのか』。今まで此処に留まる事は少なかった身である僕には、何が発生するのかはおろか原因すらも見当が付かない。漠然とした不安は、朧気に僕の背中を撫で上げる。
「ウスズミ班長、いらっしゃいますか? 緊急要請が発せられ…あら?」
「……リンドウ」
後ろのカーテンが開く。その声に直ぐ様反応を示したクロガネに続いて、自分も視線の方へ顔を向ける。
「君は……ずっと後ろで作業してたのか?」
「えぇ。それが仕事ですからっ♪」
思わず、反射的に自分は彼女に確認してしまう。
彼女の名前は確か、”リンドウ・ダミア”だったか。この班で一番最初に聞いたのは彼女の名前だった。彼女は真面目そうな容姿と顔付きに違わず、受信した警報に関しての情報を共有してきた。
クロガネとの会話が聞かれていなければ良いが、そんな心配を察したのか口元に少しばかりイタズラな微笑みを浮かべたまま、続ける。
「……此処で何か話されてましたけど、まぁそれはおいおい聞くとしましょう。それよりもすぐ近くに居て助かりました。今のアラートは恐らく、スオウさんの緊急救難要請です」
「スオウから…? …そうだ、今彼女は何をしている?」
先程まで足をテーブルに乗せて、ケタケタと笑っていた彼女は、いつの間にか姿を消していた。どれだけ節操が無いのかと懐疑的になっていたが……緊急要請だと?
否応なしに緊張が走る。
「彼女、所謂『汚れ仕事』も請け負っていまして。兵器として運用出来なくなった戦獣の処理も任されてるんですよ。ライジュウは勿論、ウシオニやオニグマといった、獰猛な蹂躙戦獣も処理しなくてはなりません。だから、危険が無い訳ではないんですよ。
一先ずアラートの発信されたのはその位置です。確認をお願いします」
一転して真剣な面持ちへと表情を変えた彼女は、自分の手に一つの端末を手渡してくる。画面には、拠点のある現階層の大まかな地図が表示されていた。
赤い点を中心に波紋が絶え間なく広がり続けており、それがスオウの送った信号だと一目で分かる。…不安の正体とでも言いたげな事象が、そこには映されていた。
「…近づいてきてないか?」
「えぇ。…それは即ち、彼女も死なない為に必死になっているということかと。こんな事は初めてです」
―――『初めて』という発言から、リンドウの困惑を察した。
「……リンドウ、その汚れ仕事とやらはこの階層で行われている仕事か?」
「その通り。彼女は処理場から此方に向かってきています」
最悪な結末を悟った瞬間、不思議と神経が冴え渡る。此処で翻弄されていたと思えない程に、心に一切の迷いが生まれない。目の前のモヤを払われたかのように、何をすれば良いのかが明白になる。
「クロガネ、装備の点検は既に終わっているか?」
「…終わっている」
また一つ、事が明白に。
「分かった。…リンドウ、此処でトクサを呼ぶ事は出来るか?」
「可能です。今からコールします」
また一つ、また一つと、事が迅速に運んでいく。処理場が近くにあるのだとしたら、彼女は今現在戦獣に関するトラブルに巻き込まれていると考えられる。それならば、トクサは間違いなくそのトラブルを解決出来るだろう。
無論、彼女一人には任せる事は出来ない。手負いであるか否かはさておいて、彼女が困窮する程の凶暴性を想定するならば、例えトクサが戦獣の意思を汲み取れるとしても最悪の結末は免れないだろう。
自身の腰のホルスターに収められた錬鉄特殊拳銃『オニビ』のシリンダーを開き、装填された弾薬を確認する。
…此処は『僕』も身体を張るべき場面だと、本能が強く咆哮していた。
「ウスズミ、ワタシを呼んだか」
「あぁ。…唐突だが、スオウが今現在追い詰められている。戦獣が暴れている可能性がある。……トクサの力を借りたい」
リンドウに連れられたトクサ。几帳面に並べられたオニビの内一丁を手に取り、彼女の眼前に差し出す。
例えそれが残酷だとしても、僕はそれを突き放すだろう。
……僕は軍人だ。戦地で死ぬ事はあっても、基地の内側で仲間が死ぬのを黙って見ている様な薄情漢ではない。
「………ウスズミ、ワタシのはこれだ」
そして、それは彼女も同じようであった。僕の横を通り過ぎた後、机の上の内一つを手に取り、自身のホルスターにオニビを収める
その時の表情は、変わらず包み込むような微笑みであったが、今は気にするべき場面ではない。
「感謝する。…クロガネ、状況を把握する為に君にも着いてきてほしい。僕は此処に来て日が浅い、偵察部隊に居た君の感覚を頼りにしたい」
今、こうしている間にも一刻、一刻と仲間の命が危険に晒されている。猶予があるかと言われれば、無い。
だからこそ僕の声にも覇気が宿る。情報偵察部隊に在籍していた彼のノウハウは、十二分に役立つと僕は判断した。…だからこそ、今度は彼の黒い瞳を捉え、語り掛ける様に言葉をぶつけた。
「………断れる訳、無いじゃないか。そんなの」
「その通りだ。…命は危険に晒す事となるが、僕も最悪な結果を避ける為に尽力する。
状況の確認。スオウ・ガエボルグ二等兵はこの階層の通路にて、詳細不明の対象と接近。今現在、対象から逃走を継続している。トクサ・アグリース二等兵、クロガネ・ホーマ二等兵。そして僕。此度の作戦はこの三人で、スオウ二等兵を追跡している対象の沈黙、並びに懐柔する事を目的とする。
…分かりやすい話が、僕達三人でスオウを助けるぞ。良いな」
頷く二人。僕自身の腹も、既に決まっている。
「(もう…黙って屍を生むのはゴメンだ)……よし、行動開始だ」
(2)に続きます。