120.空の色は
『この世の何処かにあるかもしれない宝を見つけに行く』。
そう吟えば、誰もが耳を疑う夢物語に聞こえるかもしれないが、この世界において『青空を見上げる』という言葉はそれと同義語だった。
先人の行き過ぎた探求は過ちとなり、空から色を奪い去った。延々と続く雲の海原は、広さだけではなく深さもあったのだ。
その果てに、袂を分けた内の一つは空の下に『内側だけで解決する世界』を作り上げるに至る。空の存在すらも、要塞都市国家では読んで字の如く『絵空事』として語り継がれる事になった。
「━━━━━━」
しかし、打破された。
隠されていた『空』の存在はは一人の導き手によって、少女達の世界を広げた。
例え理不尽に晒されようとも天井に広がるのは金属質の板等ではなく、遥かにまで続き拡がる白色だと可能性を示した。
「━━━━━━っ」
その白色の中を、彼女達は揺蕩っている。分厚く、石灰色をした雲の中を『終末の蜥蜴』が両翼で薙ぎ、朽ちた身体を前へ前へと進ませる。
どれ程の距離を、どれ程の速度で進んでいるのか。彼女達には計り知れない。一度暗くなったかと思えば、今は再び白み初めていた。
ただ前に進んでいる事を願って、時を待つ。この世界が彼女達に許したのは、その選択のみだった。
「━━━━━目的地を、確認」
白んだ視界は、初めての感覚に包まれる。
何処かくぐもった石灰色は、ランタンを照らしている訳でも無いのに明るくなり、次第に雲海の中腹に『大地』が見えた。
「……着いた…みたいだな」
『ふさり』と、蜥蜴の足が地を掴む。柔らかな音を、彼女達は聞いた事が無かった。彼女達もその地に足を着ける。
濡れた『草』の露の感触。
柔らかくぬかるんだ『土』の匂い。
それらが混ざり合った『空気』の味。
「……ワタシ、初めての筈なのに、なんでかな。『懐かしさ』を感じる。
……此処まで歩いて来れたような…『当たり前』な光景に、何故か少し思えてる」
「(……あぁ、そうか)」
━━スオウは決して、繋いだ『右腕』を離さない。彼女が何故ノスタルジーに似た懐かしさを抱いているのかを、その時は手に取るように理解出来たからだった。
彼女にとって、その懐かしさは原因不明だろうと。彼女が怖くないように、何もいわずに彼女は強く、強く手を握った。
「……磨耗、及び損傷により、活動を停止。……送り迎えが出来ないのが、残念だ」
「……ワカバ」
「姉さん。此処に求めるモノがきっとある。……僕は姉さんとは違って、兵器だから。
……気にせず……行って━━━」
……声はノイズとなり、直後に事切れた蜥蜴の活動は停止する。少しばかりの超音波が流れたと思えば、それすらも霧散して、しじまが訪れる。
兵器として、道具として生を為した彼の賜った称号は『隠者』。彼はこの地で、隠れる様に静かに眠る事が出来る。
「……スオウ。行こう」
「あぁ。……此処まで送ってくれたんだ。きっと、すぐ近くにあるさ」
━━それから彼女達は歩いた。
冷たい霧に全身を包まれながら、建物とは異なる背の高い何かの合間を縫い、高く。高く。高く。
坂があれば取り敢えず足を掛け、小高い崖があれば登り、存在すると信じてひたすらに登るを繰り返す。
『もし、無かったらどうしよう』という疑問は不思議と沸かなかった。…不安に駆られたくないという切望もあるが、『彼』による確信がトクサにはあった。
「━━あるよ、『絶対』」
いつしか、『きっと』は『絶対』となった。自信はスオウの支えとなり、かつてウスズミがそうだったように彼女達も諦めなかった。
━━━そして。
「…はぁ………はぁ…………」
「……これが………っ」
『空が青い』が空想だなんて、誰が考えたのだろう。
常に暖かな陽気が身体に吸い込まれる。この事実が妄想だなんて、誰が思ったのだろう。
肺に詰め込む澄んだ空気はお伽噺等ではなく、今。間違いなく味わっていると実感する。
「……はは、アカツキなんかの空気と比べ物にならねぇな。アレが何ていうのか分かんねーけど、本当にあったんだなっ……。
お伽噺とか……絵空事とか……そんなもんじゃない……。繁栄なんて、馬鹿馬鹿しくなる位のっ……綺麗な色じゃないかっっ……!」
昼夜を問わず橙色の照明が、日夜世界を照らす世界で、歯車として。兵器として生まれた。
仕事も、交通も、物流も、全てが内側で完結する、機構として組み込まれた都市は、繁栄という営みの一途を脇目も振らず進み続ける変わりに、それを手放したのだった。
日の光が彼女達を祝福する。胸の高鳴りと、貫く様な熱。あれ程覆っていた雲海は疎らとなって、そこにあるのは『あるべき姿』。
何処までも続くと思っていた、灰塵の世界。その果ての果て。
「これが……『青空』なんだね。ウスズミ」
そこに拡がる青空は、とても━━━━━