119.見送り(3)
「…っリーダーは卑怯だぜ。あんなに『死なない』って言ったのに…結局死ぬじゃないか…っ」
━━『絶対に死ぬな』。
約束したあの日、釘を刺された言葉だ。だからこそ未練は後を経たないが、僕は強い安堵に包まれていた。
「……あの時、僕はこうも言った。『残酷な決断も、戦争では致し方のないモノ』だって。
契った約束、果たして欲しい。僕に構わず……『トクサを空へと連れていってくれ』」
既にピースは揃いつつある。『二人を霊丘ルグラズマへ』と、場所を十二分に知っていておかしくない者に頼む事が出来た。空が見えるかも知れない場所を、まだ身体が覚えてくれていて良かった。
スオウは確かに気が強いが、その分物分かりも、察しも良い。一度契った約束は、間違いなく果たそうとする義理硬さがある。
まだ僕の目が生きている今、彼女はトクサを空へと導く役割を受け継いでくれるだろう。
「……ずるい。ずるいよ、リーダー」
……僕もそう思うが、声を出そうとしても出ない。代わりに嗄れた咳音に似た呼吸の音のみが肺から放出される。眠気はより一層強くなり、既に頭を起こす気力も無い。
スオウも、トクサも泣かせてしまった。……とても、申し訳がない。
そんな事が脳裏を過ると、ふと頬に柔らかさを感じた。
━━少し濡れた頬の冷たさと、唇の感触だった。
「……別れの『習わし』だ。ウチに伝わる……。やるのはリーダーが初めてだよ。
アタシは強いからもう泣かない。これから死に往く者の頼みを無下になんて出来ない。……だから、さようならだ」
……最後の意趣返しか、それとも手向けの花といった所か。何故だか申し訳なさが余裕の無い精神に押し込まれる。
一方でクロガネの方を見るが、視線があったと思えば、彼は僕の目の前で踵を返す。
「━━僕は見たくない。班長に見せる顔なんて無い。後ろ指を差される覚悟で、僕は裏切者になったんだ。
死ぬなら勝手に死んでくれ。僕はその為に処置したんじゃな━━━」
「クロガネ」
何とか、声が出た。クロガネの足が止まる。
「リンドウを……頼む」
「………っっバカかよっ……何で……!!」
結局、僕は伝えたい事を一方的に伝えてしまった。器用な人ならばもっと、気の効いた事を言えるのだろう。残された猶予でもっと、大切な事を伝えられるだろう。せめて、彼女達の要望も効いてあげられたならどれ程良いか━━。
けれども、許される様な状態じゃない。既に途切れ掛けた意識は、僕を『早くしろ』と急かしているようだった。
「ウスズミ」
「……トクサ?」
既に、姿が見えない。名前も、姿も、暗闇に熔けて、欠落して、曖昧となる。
けれど、彼女の言葉は……それに対して言うべき事は……まだ不思議と覚え留める事が出来るようだった。
「ソラを━━見に行ってきます」
「━━あぁ、行っておいで」
━━男の掌は、少女の緑髪の上に置かれていた。小さく、優しく、頭を撫でながら。彼はその末に一抹の夢を見るだろう。
その夢はきっと、柵や束縛から解放された一人の少女の夢。境界線を遮る物の存在しない、空いっぱいに広がる青色の世界で踊る、少女達の夢なのだろう。
━━数奇の果てに、大切な者の側で。
彼は眠るようにその息を止めたのだった。