118.見送り(2)
━━意識が明瞭になる。それは『目覚める』とは異なる、言うなれば遠く見ていた胡蝶の夢から『ふっ』と現実に引き戻された感覚だった。
しかし、そこには幾ばくの余裕も無い、旦夕に迫った狭間の時間であると察した。
「━━たぞ!!リーダーが起きた!!」
「刺激するなスオウ!!運良く応急処置が合致していたかどうかも分からない奇跡だ…!
班長、あまり動いてはダメだ。直ぐに適切な処置をしないと━━」
……やはり、僕がこうして目を覚ます事が出来たのは奇跡に等しいらしい。右腕が空を切る感覚も幻覚ではなく、本当に右腕が無くなっているのだと理解した。
この様相で、本当に僕は戦っていたのかと。思考が巡ろうとした瞬間に、激痛とは異なった『ショック』で思考が止まる。━━この身体は言うなれば、内外共に壊れてしまったガラクタと大差が無いのだろう。かろうじて、かろうじて何とか動いているだけで、次にこの眠気に負けてしまえばきっと、二度と目を覚ます事は出来ないだろう。
「………くは……良い…。それより……ワカバを…此処に」
「何を言って……助かるかもしれな…」
「━━ッ分かった、連れてくる」
目覚めの開口一番の弱さに自分も驚いた。スオウもきっと、僕と同じように『長くない』と察したのだろう。
クロガネの言うことも分かる。折角目覚めた者を目の前で死なせる等、何れ程の善性が彼にあるとしても許さないだろう。
━━ふと、遠くから此方に近寄る音の軽い足音が聞こえた。姿が霞んだ視界に見えた。
「…………トクサ・アグリース」
彼女が…トクサが此処まで僕を導かせた。僕に役割を与えた理由だったか。神経も既にズタボロなのか、網膜に写される景色はどうにも先刻のように映らない。褐色の肌と緑の髪の毛、声でトクサだと判断が付く。
どうやら彼女は、僕を前に膝をついているようだった。
「……ウスズミ、ごめんなさい。ワタシは…ワタシは沢山の人を殺しました。喰らいました。…身体が覚えているんです。……ワカバも…ワタシが……っ!
貴方の右腕も…ワタシが食べてしまったんですっ……!
まだっっ…!その事を謝れてっ……っ…」
……その言葉に、僕は続ける。
「……兵器は合理性の上に成り立つ。謝る事が出来る君はもう……兵器じゃない」
「………っ……でもっ……!」
「……食べられたのが、片腕だけで良かった」
霞む、ノイズの走る視界。きっと声を聞く限り、彼女は自らの所業を懺悔して、泣いているのだろう。
彼女を慰めなければならない。人となった彼女に、人として告白した彼女に答えなければならない。
側に居るトクサの、淡く靡く薄緑の髪を、優しく撫でる。
「こうして君を……慰める事が出来る」
片腕を奪われた事は覚えていた。
キナリによって、強制的な『兵器』として消費された彼女に理性があったのか。それともただ死ななかっただけの運の帳尻合わせか。どちらにせよ蹂躙の名を冠する戦獣を前に、僕は生き延びてしまった。
トクサは泣いていた。罪悪を感じながらも、僕の左の掌の中で、抑えていたモノを取り払ったように泣いていた。
━━苦境に一人踞る中手を差し伸べられれば、その時に伸べられるのが追求ではなく無償の愛ならば、誰でも人はこうなるだろう。
「━━リーダー、連れてきたよ」
「……ありがとう」
容態が分からないが、返答が無いという事はきっと彼も限界なのだろう。けれども足音はゆっくりと、僕の方に向いている。
トクサと同じように、僕の側に立つ影がある。……その影に可能な限り、僕は身体を寄せた。
「━━━━━━━━━━━━━」
「……要請を受託する。可能な限りの体力を以て、この任務を最後に。僕は活動を停止するかもしれません。
━━受託。後は遂行するのみです」