~記憶2~
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「君さぁ…何度同じミスすれば気が済むの?」
目の前の理不尽に、溜め息をつきそうになる。
別にミスしたくてミスしてる訳じゃない。事情が重なった結果必然的に発生したんだ。しかもその背景にはアンタの指示があるだろうが。
訳知り顔で俺の作業中に発生したミスを叱責する上司とやらの薄っぺらさが、酷く滑稽に見えた。…最も、一番滑稽なのはそんな理不尽に対して、縮図に収められた結果何も言えない自分なのだが。
「…申し訳ありません。以降は無いように気を付けます」
「ほぉん…具体的に?」
「ミスの原因を共有し、自分の中でも反芻して再度起こらないように努めます」
具体的にもへったくれも無いだろう。此処で事細かく説明した所でアンタはその首を絶対に縦に振らないだろうに。
波風の立たない回答を告げた後、侮蔑を込めた顔を僅かにこちらに向けて自分の作業へと戻っていく上長。何が気に食わないのか知らないが、叱責するのならばしっかりと身のある説教をして欲しい。
今さっき俺は、売り場で値引きを忘れた商品の期限が過ぎている事で、案の定粘着質な叱責を受けたばかりだった。だが昨日は久方ぶりの休暇で、俺は店には居なかった。この値引きをしなければならないのは上司の方であり、そもそも上司は「値引き作業はやっておくから掃除をしておいてくれ」と俺に談判していた筈だった。
……早い話が、立場を盾に相手のミスを擦り付けられた訳だ。心底やってられなくなる。
「(…もう、色々と疲れた部分はあるが、だからといってああはなりたくないな)」
心臓が痛い。内容は兎も角、自分を能無しだと決めつけるあの目線と態度は、「叱責」とは名ばかりの嫌がらせだ。それを何とか堪え、売り場の整頓を続ける作業に戻るも、目頭に込み上げる熱い物は正直に身体のSOSを訴えている。
「くそっ…ふざけやがって…!」
あぁ、自分はとても惨めだ。
惨めだと分かっていて、もうこの場から逃げ出す事すらも億劫になってしまった。
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一日9時間の拘束の後、仕事を終えた俺は電車に揺られて帰宅する。手元に小銭を握り占め、最寄り駅の売店に売っている甘ったるいスチール缶のカフェオレを購入し、それを喉に流し込む。
酒があまり得意では無いのも、そもそも金が無いのもあるが、電車内には何かしらの「万が一」は常に潜んでいる。そんな時にふらついていては自衛もままならない。
10分余りの空き時間で、少しばかりくたびれた自分の身姿を正す。…性根の真面目さというか、不良になり切れない半端な自分に、心底うんざりする。
「(あの場面で強く何かを言ってたら…何か変わってたのかな…)」
頭の中で叱責する上司に、反抗の牙を以て噛み付く。そんな想像をしながら電車を待っていると、ホームの向こう側に見える夕日が自分の瞳を強く照らした。
「っっ………」
眩しさのあまり腕を上げ、目元を覆い隠す。…しかし、反射的に思い浮かんだ。
都会とは思えない雄大な自然を感じさせる茜色の夕日。波打つ水面を黄金色に染め上げ、ゆるゆると下降する大きな川。
朝はとてつもなく厄介だと思った青空も、この夕日を見てしまうと、嫌いになり切れなかった。
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