~ある怪物の終幕(2)~
ロマネスクの言葉も、ターコイズの言葉も、痛い冷たさを伴っていた。不快さを表出するキナリとの軋轢は明確であったが、彼はそれでも自らの態度を改める事はない。
「ははは……僕を止められなかった事への仕返しとか、そういうつもりかい?
……たかだが人の身が『破壊』その物を前に、よくそこまで喚き散らせたモノだッ…!!!」
問題は無い。好き勝手嘯かせておけばよい。喚かせておけばよい。
どうせ彼等は圧倒する事が出来る。その為の力は既にある。 ……脳裏に余裕が生まれたか、先刻に受けた麻酔弾によって強制的に身体を休まされたからか。彼の左手には再び『破壊特化型』を象徴する黒色が侵食する。
……が、思い描いていたようにはならない。
「…………は……っ……?」
抜ける。抜けていく。胸に受けた衝撃と同時、身体を構成する要素その物を吸い取られているかの感覚に、キナリは気付く。
『何だ?』と、自らの懐に視線を移す。何故かは知らないが、そこに居る筈の無い『見慣れた影』が、掌を強く胸に突き出していた。
「……ふざ……けるなッ…!!!」
突き飛ばす。華奢な身体は床に転がるが、すぐに立ち上がるとロマネスクの側へと向かう。
━━あり得ない。そこにそれが居るわけが無いと、不和に駆られたキナリは左腕を突き出す。
「出来損ないが何故…!!プロトタイプが何故そこに居るんだよォォオオオ!!!」
━━『斥力』が発生しない。
「………!?」
「私の甥は、良くやってくれた。残された時間は限り無く短かった筈だった。
キナリ中将の侮った『クロガネ・ホーマ』は、君が用いた方法や構成する破綻者、人工破綻者のリストアップ。欠点、そしてそれ以外にも『年長者の製造』すらも暴いてくれた。」
「そして元帥に進言したのは俺とターコイズ中将。……『新たなる決定力』が必要になるかもしれないと熨もつけてな。
そしたらすんなりOKが出て、アンタは自分で勝手に国を出た。基盤も素材も磐石、早い段階で『完成』したさ」
ロマネスクは語る。しかしキナリは尚も、『ふざけるな』と一蹴する。
「どうせ非合法な手段を用いたに決まっている……!!こんな非力な未完成品が決定力となる訳がない!!!
僕さえ居れば安泰なんだよ……ッ!!何をしたのかは知らないが返して貰うぞ……『僕の力』をッ!!!」
しかし、言葉を連ねる毎にキナリは追い詰められる。
再び懐への衝撃、そして『背中』、『左腕』と次々に感触がキナリを蝕む。━━視線を移さなくとも、その個体が『プロトタイプ』の姿形をしている事を認識する。
「違う。それは『この国の所有物』だ。貴様はそれを勝手に持ち出し、私物化したに過ぎない。
……それでも、繁栄に繋がるなら『仕方なし』とされることもあるだろう。だが貴様は、非合法に染まりながらも何も成し得てないじゃないか」
懐からヒトガタが離れていく。身体から要素が離れていく。
痛みは傷口を撫でるように刺激する。『修復』が奪われた。
「…………違う…違う違う違う!!
逃げようにも逃げられない。『瞬間移動』を失った。
「僕は国の繁栄に心血を注いできた!!それは結果で示してきたじゃないか!!」
一網打尽にも出来ない。操ろうと思ってももう不可能だ。『流動金属の操作』も取り返された。
「何も成し得てない……成し得てないだと…?!僕を野放しにしか出来なかった有象無象が賢しら顔を浮かべるなァァあああああああッ!!!」
けれどまだ、残されていた。発現すると、発生するという想定の一切を省いた『都合の良さ』を体現する権能。
『裏界侵略』。継承記憶体に干渉する事で『二つの世界』から、相手に選択を迫る手札を、キナリはついに切った。
「━━なれば、これもお前の成し得た『結果』だ。キナリ」
━━何に対して手札を切ったか。その答えが表していたのはキナリがどのような人間かを表していた。
その一瞬に生まれた空白、彼はそれを逆転の一手にする訳でもなく、更なる遁走に費やすでもなくい。彼が選択したのは、一時の報復。
ターコイズの頬を、弱った拳で殴打した後。彼の身体はトクサの姿形をした何かに取り押さえられる。
「積み重ねた結果は私とてよく分かっている。……副官として、常日頃から側にいたからな。だからこその『危険性』もまたあると、踏まえていたとも。
これもまた結果だ、君自身がこれを招いた。君は最後の最後まで、その自尊心を捨てきれなかった」
身体から要素が離れていく。
既にその身体に、精神に残されたのは。ただただ己を重んじる虚栄の灯火のみ。
「ロマネスク中将は新たな決定力として、『自己改造型の量産』に関する全ての権限を、私は再度『アマテラスの師団長』の責務を任命された。
……ターコイズ中将にも勿論命じられた任がある。此度の独断による戦闘行為を働いたキナリ中将の『処刑』だ」
「………っ!!」
……何も無くなった。これから更に奪われると、キナリの第六感が空間を拒絶する。
動きたい。動けない。量産されたであろう『自己改造型』が逃走を許さない。
かつて自身が従えた、年長者の弾丸を切り裂いた黒い刀身の音に、理解が追い付いてしまったキナリ。地に伏した顔は、青を経て次第に色を失い始める。
━━死ぬ。死んでしまう。
「ま……待ってくれ……まだ…これから面白くなるんだ……。 こんな……これがおしまいだなんて…!!!」
灯火が消える。消える。消える。
これから面白くなる筈だったという、過ちばかりだった身勝手な悔恨等通る訳も非ず。
最後の最後まで『善』を独りでに扱った男の、果てに全てを奪われた怪物の、残った唯一の蝋燭の命が。
━━容易く、振り下ろされた太刀風の前に、遂に終えた。