~ある怪物の終幕(1)~
アカツキ軍部にて、廊下を闊歩する者が居た。一歩一歩を強く踏む早い足取りを止める者は影すらもいない、金属と軍靴の擦れる靴音のみが、ただただ物寂しく空を切る。
「……毒が弱点ならば対策すれば良い。あの戦いは言うなれば試験運用に過ぎない……。欠陥があるならば埋めれば良い…圧倒していたのは事実……!
……僕が間違ってるなんて無い…決定力は絶対に必要なんだっ……!!」
その正体はキナリだった。侵食した黒色の流動体は成りを潜め、容姿こそ元通り。しかしその瞳の帯びている狂気は健在で、何を見据えているのかすらも察する事は出来ない。
譫言の様に呟く逆恨みと傲慢は止めどなく溢れ、キナリの抱く憎しみをより強く掻き立てる。
弱点への対策を筆頭に更なる調整が必要だった。自己改造型の動向も探らなければならない。彼の内には、まだやるべきことが残されていた。
━━自らの執務室の前、彼は扉に手を掛ける。
「……尚早な戻りだな、キナリ中将」
そこは自分の執務室の筈だった。それなのにも拘わらず、三つの人影が彼を待ち兼ねていた。
ターコイズ、ロマネスク、そしてガンメタルの、冷たい視線が、言葉を失うキナリに向けられる。彼が抱くのは依然として変わらぬ怒り。その矛先は、自らが座るべき位置に座するガンメタルへと向いた。
「……どういうことでしょう、ガンメタル中将。此処は私の執務室、そしてそこは師団長の席になります。……位階が同じだからとて、許されぬ狼藉だとは心得ていますか?」
荘厳な沈黙の後、ガンメタルは答える。
「否、と答えよう。
これは決して独断による狼藉では無い。君と違ってな。これから先にもたらされる繁栄を約束するモノと、元帥が決められた事なのだ」
「………は?」
「随分と酷な話だ。老骨となったこの身に更に鞭を打てというのが、私に伝えられた用命だ。
…しかし、致し方あるまい。君は自らこの国の決定力となった」
耳を疑い、キナリの癇癪は即座にガンメタルの目前で弾ける。キナリは冷静さを装うが、荒い吐息はそのままに怒りの波を抑えることが出来なかった。
「ガンメタル中将……それは大いに間違っている認識です。元帥にも伝えていただきたい。アマテラス師団長のキナリ・シュレッドは、まだ師団長の座を譲った訳ではない…!」
「そこに君の意識は介在しない。……あの時は止められなかったが…私達には『頼り』が残されていた。
━━ターコイズ、例のモノは起動しているか?」
「安定している。……投入するならば、ロマネスクに。権限は彼に一任している」
此処には…否。この国には既にキナリの味方は居ない。強い力を手に入れたとして、欲は底無し。前の見えぬ沼に自ら潜航し、彼はそれを面白がった。果てには命も大地をも、彼は弄ぶに至った。
崇高だと、善行だという自己陶酔。蓋を開ければそれは狼藉だった。それは悪辣だった。
ならばそれ等には罰を。報いを。
「━━此処が行き止まり……ゴールだぜ、お前の」