113.終局(12)
「……なんでこうも、君が携わった奴等は僕を邪魔する…?」
「……………」
「かつての君は僕以上に歯車然としていた。思想も意志もなく、命令をこなすたった一つの選択肢しかなさそうな……そんな奴だったじゃないか。
故郷に生まれた以上、その国の反映を求めるのは当然の事だって…そう思ってたんじゃないのか?」
対峙する黒く染まったキナリと、色を失い欠けているウスズミ。首を横に振るうと、受け取った拳銃の口を地に下ろし、黙ったまま辟易とした面を上げる。
「……っ僕から言わせれば、君達の方が狂ってるとすら思うね…!責務を放棄して逃げ出して、沢山殺してしなせてさァ…!
それは何のためだったっけ? ……君がよぉく分かってるだろう?『空』だよ。あるかどうかすらも曖昧な、灰塵や雲海の外側にある、雲一つ無い青空ッ…!!」
段階を重ねていくように、キナリの言葉は連ねられるモノから『吐き捨てる』モノへと変わる。煩わしさを放出するかの如く強く天井へと突き出された腕は、『斥力』となって空気を押し上げる。
━━大きな大穴が空いた。しかし、それだけだった。曇天に僅かな形だけを残し、斥力は決して雲海を貫通する事は無かった。
「あるわけねぇんだよそんな『絵空事』はァ!!!
━━分かっただろ? 君はあんなモノの為に国を捨てて、人を死に追いやった!! 大人しく機械として振る舞っていれば良いだけの兵士が出しゃばるから、沢山死んでしまったよ!!」
「………………」
「罪悪感なんてモノは無いだろうねェ? 君からすればたった一人の女の子を救っただけだ、さぞかし素晴らしい美談だろうさ!
だが僕からすれば、君が全ての発端なんだよ!! 国の兵器を勝手に持ち出し、その上で幾らかの犠牲者を増やし、終いには一つの国を崩壊させた!!
その上でまだ狂ったように求めるのは『空だ』『空だ』なんだろう!?此処まで歩いてきた君の事だからそう宣うに決まっている!!」
━━ウスズミは返さない。答えを出さず、キナリの話をただ黙聴する。しかしその話はスオウの耳にも、トクサの耳にも、クロガネにも恐らくは届く。
「テメェッ…!!」
「待って」
いち早く逆鱗を撫でたか、トクサの側に居たスオウは届かなかった牙をキナリに再び突き立てようとする。…しかし、ウスズミを信頼する彼女はそれを良しとしなかった。
━━その様子を俯瞰して見守るのはクロガネ。ただ息を呑んで見ることしか、彼には出来なかった。
「………班長…」
「君一人のお陰で、アカツキは大変な事になってしまった。それに見合う価値もない、単なる幻想にトチ狂ってしまったお陰でねェ!!
何の価値がある!? 決定力によって故郷にもたらされる永劫の繁栄と引き換えにして得るただの空で、誰が潤うっていうんだ!?
答えてみろよウスズミィ!!」
「……キナリ、何故疑問に思わないんだ?」
「は…?」
気圧されること無く、口を開くウスズミ。
「『生物兵器』…それも人の形を成した、人としての意志と格を得た、人間とそう大差のない存在を。あんな巨大な黒犬へと変貌させる。その果てがこの蹂躙だ。
……君はそれを『おかしい』と思わなかったのか? 本当に君は合理的だと思ったのか?」
ウスズミは知らない。計画は一人の傲慢によって頓挫した事を、此処までの軌跡が、執念が、それに起因している事を知る由も無い。
『決定力の証明』という反骨精神は、『あるべき形へと戻す事』への快楽となり、歪んだ。
「ふざけるのも大概にしてくれよ友人。最初から人の形をしていようが不定形の泥みたいなモノだとしても、変わりないんだよ。兵器に感情移入なんて相応しくない。
人の形をしているなら相手を騙し易い。容易に心を開ければ土足で隙に踏み入る事も出来る。用が済めば全て壊せば良い。……合理的だと思ったって?当然じゃないか!」
片腕を失ったとしても、キナリにとって目の前に立つ男は計画を頓挫に追い込んだ張本人。答えと同時に、再び『裏界侵略』がウスズミを侵食━━否『侵略』を開始する。
「(……さっきよりも…弱い…?)」