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『アウト・オブ・灰塵世界』【完結】  作者: 久瀬 風助@鬼叺 連
【二歩目:陰中に蠢く謀り】
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11.困惑の中(3)




 「…僕を懐柔しようって、そういう魂胆かい?」



 しかし、クロガネからしてみれば理不尽な事この上無いだろう。


 言動に問題があるとはいえど、彼には彼を動かす道理がある。俺は土足でその領域へと上がり込み、こうして今、彼のデリケートな一面と対峙している。


 分かり切ったような口振りで『君は正しい』と言われても、救われる訳がない。むしろ『見下しやがって』と、そう思って然るべきなのだ。



 「反吐が出るよ……その口振り」



 大きな溜息と、震える声。落胆とも失望とも取れる、そんな声色。

 頭を抑えながら黒髪を強く掴み、痙攣する身体を必死に抑えようと、もう片方の腕で体を抱くクロガネ。心には一刻の猶予もないようだった。



 「何故、そう思うんだ?」



 けれどもその逆鱗に、『俺』は敢えて触れ続ける。



 「…トクサにそっくりだ。アイツはいつもライジュウ共に、そんな風に話し掛ける。まるで何でも分かっているように頼んでもいないのに勝手に内側に入り込もうとして…」


 「………」


 「とてつもない屈辱だ…。例えこんな所に堕ちたとしても僕はホーマ家の男だ!! ガンメタル・ホーマの治める名家の生まれなんだ…!!


それなのに…こんな掃き溜めにずっと居るよく分からないヤツにまで同情されて…終いにはアンタみたいなポッと出の凡骨にすら、分かったような口振りで諭されるなんて…っ!!」



 彼の内側に秘めていた不遜が表出する。言葉の帯びる毒気が、あからさまに夥しく増していく。膨張した嫌悪は彼の瞳に、大粒の涙となって零れ落ちる。



 「ずっと我慢していたんだな。クロガネ」



 脆さを見て、俺は確信する。クロガネは恐らく、此処に落ちてからずっと溜め込んでいたんだと。

 名家の生まれ故の、理解されない苦汁を溜飲し続けていたのだと。


 俺はそんな恵まれた立ち位置には居なかったが、彼の抱く劣等感には強い共感があった。



 「優秀で、約束された将来があって、羨ましいにも程がある。…でも、それ以上の責任や責務があって、生まれた時から特別だった。だから不遜にもならざるを得なかったんだろう?」


 「だから勝手に決めつけるな!! 僕はッ……」



 案の定、机を強く叩いて怒りを放出する。しかしその後、クロガネはすぐに言葉を詰まらせた。…言いたい事は手に取るように分かった。



 「抱いてるのは正当な怒りだって言いたいんだろう?…俺もそう思うさ」



 俺自身も、そうだったから。


 素材は全くといって良い程異なるが、抱いている感情は恐らく、似たり寄ったりな物なのだから。家柄の重責と特別感という二重の苦に挟まれて、己の正しさを優先したのが彼だとすれば、当たり前と責任の二重苦で、正しさを抱くことも許されず搾取されたのが俺だった。



 「だが表面上だけでも、取り繕うべきだった。何処までいっても、例え名家だろうと。歯車として動かなきゃならないのなら、正しい事実よりも薄ら笑いでその場を凌ぐ力だって、必要になるだろって俺は言いたいんだ」



 『そうせざるを得なかった』のなら、クロガネもある種被害者だ。ならば何処かしらで手を差し伸べなければ、変わる事は出来ないだろう。だからこそ、同意だけでなく、審判という手段も取る。今まで誰もしてこなかったのなら、俺が貧乏クジを引く。



 「…なんなんだよ…本当に…」









 …ふと、世界の解像度が変わる。少しばかり、言い過ぎたようだ。先程まで憤りを表出していた彼の顔は、瞳は、既に消沈してしまった。


 かくいう自分も、同じタイミングで消沈する。…ルリの時と同じように、『僕』の前に『かれ』が立った。押し退けた…というよりも、『俺に任せろ』と、肩を叩かれたように、自然とスイッチが切り替わっていた。



 「…えっと…まぁ、つまりはそういう事なんだ。嫌な気持ちにさせてしまってすまない」



 自分でも愕然とする程、歯切れの悪い言葉が口から漏れる。


 それを最後に、部屋には沈黙が瞬く間に広がり始める。…如何せん彼のやり方は、荒療治にも程がある。この後自分は、クロガネに何を話せばよいのだろうか。



 「そういえば、気になった事を言っていなかっただろうか。トクサがずっと此処に居るって言ってたけど…」


 「……………」



 反応を示さない。視線を逸らし、自分の問い掛けをスルーする。

…無理もない。あのやり取りの後、真っ当に質問に答えられる人は、さぞ胆力がある事だろう。


聞いた手前引く事も出来ない。会話を続けるために言葉を連ねる。



 「同じ部隊に居続けるのは常日頃よくあるという訳じゃないだろうが…それでも特別おかしな事という訳でもあるまい。なのに君は彼女をよく分からないヤツと、そう言ったよね」


 「………」



 沈黙は継続する。


 ……気まずい。この状況を端的に表すのなら、これ程当てはまる言葉は見当たらない。

 口腔内の渇きが浮き彫りになる。喉がへばり付く。何かをしていないと落ち着きそうもない。決して美味しくもないコーヒーを口に含みながら、無理やり喉の奥へと押し込み続け、気持ちを安定させる。


 嫌な汗が額を多い始める。ただでさえ息の詰まるこの空間の居心地の悪さを、腹の奥へと仕舞い込んだコーヒーのエグみが後押しし、自分を取り巻く不快感と気持ち悪さは頂に到達するのだった。



 「……軍が最初から、掃き溜めとしての部隊を作ると思うかい?」



 そっぽを向きながらも、クロガネは口を開いた。

血の気が引く感覚と共に、意識がクロガネに集中を始める。



 「いくら体のいい厄介払いが出来るからといって、わざわざそれ専用の受け皿を作るかって事だよ。掃き溜めは結果的に出来上がった。…経緯いきさつは知らないけどね」


 「確かに…。…実は僕も、此処に来るまで、聞いた事が無かったんだ。掃き溜めとしての役割以外にやっぱり何か…」


 「あれば尚更、掃き溜めとして活用するなんて思えない。自爆覚悟の特攻か何かしらの実験に利用した方が幾分価値は生まれる。


 この国で最も優先されるのは『繁栄』だ。衰退しか発生しない場所にリソースが発生するのであれば、本来なら切り捨てられて然るべきだろう?」



 此処に来る前、『戦獣調教部隊』の活動内容しかされなかった。その事実が、クロガネの抱いている違和感と結びつき、自分の中に定着する。掃き溜めとして存在するこの場所の存在意義、その不明瞭さは確かに何処か虚の存在するような気持ちの悪さがある事も、納得が出来た。


 続けて、クロガネはとうとう、僕の方を振り向いた。



 「…そんな結果的に存在している様な場所に、『トクサ・アグリース』はずっと居る。…それが僕には不気味でならない」


 「………。」






    『ギュイィィィィィ―――――ィィッ!!!』


    『ギュイィィィィィ―――――ィィッ!!!』


    『ギュイィィィィィ―――――ィィッ!!!』





 彼女に対しての違和感を跡形も無く吹き飛ばしたのは、けたたましく鳴り響く緊急アラートだった。




少しばかり書き方を変えての投稿です。やっと展開を進められる…。


此処まで読んでくださり、ありがとうございます。

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