86.対破壊特化型戦獣(6)
━━━━たった、一瞬。
「………ッ…?」
恐らくは、痛覚が神経の管を通過した。
人が生きる上で行われる処理の1つ、それだけの筈なのに一瞬だけ、針を噛んだかのような鋭さを感じ取った。その気付きと同時━━
「ッッぐがァ……!?!?」
ウスズミの身体は、荒れ果ての中心に伏した。
衝撃が更に神経を刺激する。逆撫でる。信号はカウントダウンとなって、刻み終えた後に文字通り彼を壊し始めた。
「 」
それは『言葉』に該当しない、『思考』を介さない、全てにおいて反射と、正気を保つが故の防衛によって発生する外皮を引き剥がされた本能。
痛々しい嗚咽が嘆声に。嘆声が咆哮に変わる。押さえつける右腕は、原因だと言わんばかりに蒸気に似た赤い靄を放出し続けている。
「ウスズミ…? イタイのか……?」
駆け寄るトクサが肩に触れる。━━が、それをウスズミは余剰りにも過度に振り払う。激痛は瀬戸際で保たれる正気を迅速に、徹底的に蝕み、周囲に揺蕩う塵芥すらも凶器とした。
彼は今、全身を錆で覆われているに等しい。身体の痛覚はそのままに、『ボロボロ』と風化した箇所が剥がれ落ちている。━━形容するならば、それが今もなお彼に襲い掛かっている。
触れられれば身体が崩れる、しかし否定はしたくない。滲む汗と涙とが混ざり、苦痛に目を見開きながらも浮かべた笑み。彼女を心配させまいと、ウスズミは問いかけに答える。
「だい…丈夫だ…。……っっはは、失格かね…━━これじゃ」
「そんなコトない! ……ラヴ、ルリ、だれでもいいからウスズミを助けてくれ! しんじゃう…すぐにでも……!」
━━反応はない。そこに居る全員の視線は、トクサの付けた傷痕へと向けられている。
「…………嘘」
「助けたいのは山々だが……野郎まだピンピンしてやがる…ッ!」
視線の先で、砂塵が隆起する。
流血しながらも、地に足を付けるキナリが敵を見据えている。 ルリとラヴはウスズミの前に立ちはだかるが、事実として二人は眼前の怪物に気圧されていた。
その一撃には決死が込められていた筈だ。確実性が積み上げられていた筈だ。『此方が反撃の狼煙を上げる番』だと懸ける、重責や覚悟は間違いなく本物だった。
「……ピンピンだなんて、とんでもない。切り裂かれた痕はとても痛い。昔の僕ならば間違いなく死んでいた。
……そんな事はどうでも良い。トクサ、取り込んだな?僕の『修復』を」
━━けれども、足りない。
好機を拾い集め、時を待ち、今まで抑えていた兵器としての側面を解き放ったとしても、怪物を打ち砕く一撃にはなり得ない。
キナリの胸には三対となった爪痕の交差が荒々しく、痛々しく刻まれている。しかし、滲んだ血は『死』を彷彿させるのにも関わらず、ラヴの言葉通り平然と話を交わしていた。
……しかし、その話は不可解だ。
「……なにをいってる?」
トクサが取り込んだと、キナリはトクサを睨む。今まで表出した事ない、それ故に憎悪に染まった眼差しはトクサを後退りさせる。
知らないモノを追求された所で、選択肢に肯定が生まれるわけでも無く、ただ困惑を浮かべたまま返答することしか出来なかった。
「返せよ、それ」
眼差しはそのままに突き出された左腕。次第に近付くキナリとトクサとの間合いは、投石の間合い程度の距離となる。
━━彼の放とうとする『斥力』は、その間合いで放つには余りにも至近距離過ぎた。地を砕き、礫を置き去りした、目には見えない壁が形を為してトクサへと迫る。
「━━━━ッッ」