84.対破壊特化型戦獣(4)
単純。明快。そして何処か幼子を彷彿とさせる程に馬鹿げた理由。
無垢。純真。巣に逃げ帰る虫を興味本位で殺す、一切の邪を排した悪意。
一国の防衛を担う長が此処に立つ理由は、一方的な正義でも責任によるモノでもない。『己の中にある指針を貫く』という、我が儘だった。
「……それだけ…か…?」
「勝ち時というのは至極楽しいだろう? 娯楽の少ないアカツキでもそれ位は心得ている」
煙の様に弱々しく消ゆるウスズミの声。鬼気迫る筈もなく、呆れの果てに叩き付けられたように言葉が溢れた。聞き返す必要性も無い。
「ただその逆……負けている時というのはつまらない。楽しくないことは面白くない。だからそれを回避したいのは、とても自然な事だろう?」
それ以外の理由を推察するまでもなく、彼の背景は空っぽだ。にも関わらず、慧眼と吟われた彼の眼差しは未だ健在で、何もかもが有らぬ方向へと屈折している。
無能では無い彼の在り方は大きな齟齬の発生した、『不和』そのものだった。
「『英雄』の設計思想からは良い着想を得る事が出来た。人は弾丸に容易く負けるが、英雄は負けを引き起こさずに『勝ち』を引き寄せる。それと同等の権能を保有しているからね。だから非常に……なんというか、惜しいね」
「結果としては設計思想をそのままに、結論に至る『過程』を変更して作り上げた。これならば勝ちを引き寄せられる、『決定力』となり得るだろう。アカツキの繁栄は約束される」
得意げに己が成功を語るキナリ。毅然とした軽い口振りで、確信を唄った。
━━違う、そんな事はどうでも良い。
「『面白くない』。━━たったそれだけの理由で、この戦争を引き起こしたのか……っ」
ローライトの空が黒く染まる。重く、苦しく、分厚く広がる雲は、いうなれば『終末感』の拡がる様。それがこの世界で初めて目の当たりにする、夜の姿。
それはきっと、目前に映る瓦礫が、硝子が、音を立てて崩れた営みの残骸が、『宇涼』の知る夜を戦争の渦中と連結させる。その内にも街を押し潰しそうだった。
「理由がそんなに大切なモノなのか?」
児戯に等しい理由一つで、狂った歯車は破壊を生み出した。止めるモノがあれば彼はそれを排斥し、砕き、溶かし、壊すだけだろう。
風だろうと、炎だろうと、今のキナリを壊すモノは無いと。……そう、分かっていたとしても。
「━━キナリィィィィィィッッ!!!」
今の彼を、絶対に許してはおけなかった。
ウスズミの咆哮と同時。踏み込んだ足が地を強く弾いた。
込められる限りの雷電を、外骨格に繋がれた兵器に込めると、怒りと同調したかの如く地面に裂目が走る。
……が、雷撃が勢いを増そうとも、先の結果は変わらない。斬擊も、突きも空気の壁らしきモノに受け止められる。
「くぅゥゥッッ……ッッつあぁぁァ!!!」
しかし、一刀を止めるには淡々とした事実では満たせない。ヒビの入った器の如く、注がれる怒りがウスズミを駆り立てる。
例えトクサと目が合おうとも、ラヴが介入しようとも、決して彼は攻撃の手を止める事はない。
「一点集中での攻撃ねぇ…そんな個人技でどうにかなる。そんな認識をされているのかな?」
━━彼の目付きが突如、変容した。
見えない『壁』がウスズミに迫る。迫った壁はそのままウスズミを押し出し、迸る電撃と共に壁へと叩き付ける。
「ッッ……」
「鬼気迫るのは構わない。ただ、それは傑作である僕……『破壊特化型蹂躙戦獣』への愚弄だよ」
吹き飛んだ距離は、少なからず銃撃戦の間合い以上にある。しかしキナリとウスズミの距離は、まさしく『ゼロ距離』と言ったところ。
『修復』、『斥力』、そして『瞬間的な移動』までも、キナリの内側から現れた。彼を構成する、彼の中で生かされている権能は、キナリの意志で全てを蹂躙するだろう。
「……愚弄、か。
━━その通りだよ、バカが」