82.対破壊特化型戦獣(2)
ずっと続く繁栄には確実な『未来』が待ち受けている。━━聞こえは良いが、それは単なる漠然とした事実に過ぎない。果てまで続く継続性よりも、彼女は未来に『幸せ』を求めていた。
奪われ続けるのは幸せではない。『未来に繋がる』事を免罪符に素材として見られる事を、その所為で自らの親を消費される事を幸せとは呼ばない。
己から奪うだけの国に、英雄は味方しない。
「ッッッあああアアア!!!」
キナリの身体が浮かぶ。止めどなく血潮が手を濡らす。か細く、白く、今にも折れかねない少女の四肢は、奇しくも秘めた怪力で目一杯に大きく、弧を振り抜いた。
『壊れた歯車』、自らをそう呼称したキナリ。彼はルリから日常を奪った。友人を奪った。そして親を奪った『繁栄』の信奉者だ。
向けるべき矛先を、貫くべき相手を彼女は此処に立つ前から決めていたのだ。
「……ルリ、チカラモチだったのか」
「トクサちゃんほどじゃないよ。
━━それよりもウスズミさん、リンドウさんを安全な場所へ」
……束の間の微笑みは即、反転する。握る槍の切っ先を振り払い、鋭さを伴う双眸でキナリを見た。
倒れる彼は動いていない。だが、代償の果てに狂い果てる事を選んだ彼が、不意を突いた程度の一閃で止まる筈が無い。
穿たれた右胸は朱に染まったが、ただそれだけだ。致命傷に値するその傷ですら、彼を殺したという理由には足らない。
「━━戦場である以上、安全な場所は無い。いずれにせよ何処かで、彼女の身体を火に晒すことになる」
「……ですよね」
正直な回答に彼女の視線が下がる。だが『待った』を掛けたのも、またウスズミだった。
「そこでだ、ルリ。君に彼女の守りを任せたい。僕達は兵士だが、君は『英雄』なんだろう? 唯一、安全な場所があるとするなら…それは君の『後ろ側』だろう」
トクサはこの戦争の対象だ。降り掛かってくる火の粉の桁が違う。
ラヴにとってリンドウは守る義理が無い。可能性ではあるものの、彼女達に戦友を殺されている為だ。
無論、ウスズミにも迫り来る全てを防ぐ程の実力は無い。
━━故に彼はルリに託した。
一度でも目の当たりにした規格。一つの国が産み出した、『かくあるべし』という理想の果てに作り上げられた限界の先。もし異なる未来があったならば、トクサの変わりとなって『決定力』として君臨したであろう、破綻者の力。
「……分かりました、リンドウさんは任せてください、班長」
ウスズミの指示、ルリはかつての第8班の光景を重ねて改めて、ウスズミを『班長』と呼ぶ。
既に手放した筈の日常へ回帰。英雄は人としての表情を取り戻したように、柔らかく笑った。
「ラヴとトクサ、そして僕は可能な限り彼奴を……っ!?」
しかし、理不尽にも『悪意』は迫り来る。直感が鳴らした警鐘に向け、反射的に自らの得物を振り抜いたウスズミ。その一太刀は確実に、何かを両断した。
弾丸ではない。かといって砲弾の様に人が作り上げた精緻な球体ではない。ままに砕かれ転がっていた『瓦礫』にしか見えない岩の塊。
一直線に、其処に立つ者達に向けて放たれた。強化外骨格を装備していなければ、間違いなくウスズミは命を落としていただろう。
「……ロマネスクもトんだ酔狂だな。愛国心の全くない者にソレを授けるなんて」
距離が縮む。姿が明瞭になる。
「……オイオイ、そんなのアリかよ」
呆れの中、込み上げるのは乾いた笑いだった。いつしかワカバの告げた演繹の結果を、ラヴはやっと溜飲するに至った。人の域を超える、無理矢理人の形に抑え込まれた『主張』の塊。それが今のキナリ・シュレッドだ。
彼等の視線の先にあるのは、一つの違和感。━━傷跡が、穴が、跡形もなく塞がれている。それだけではなく、血潮に染められた血液の色味すらも消し去られている。
それは比喩表現に非ず、彼は現実に『何事』もなくそこに在った。